海に続く窓辺から

文字数 419文字

夜に取り残された
現実という小さな窓から見える
砂浜の面影にたたずむ母は
いまでも見失い続けている

ぼんやりとした過去の虚像を
透き通るような青い海辺を目の前に
落とした貝殻を探しているかのよう
その顔はたまにしか笑わない

思えば兄の死から何年経ったのか
わたしは海のある家を捨て
海のない場所で新しい家を建てた
ここは決して波の音が聞こえない

だからかもしれない
世界はより鮮やかに
より繊細に過去の夢を見させてくれる
まだお互いに笑えていたあの日ですら

生暖かい風の匂いも
底に手が届きそうな透明な海も
葬儀の日に見せた母の涙も
どこまでも歩いていけそうな遠浅の

感情が追いつかないその向こう側
わたしは母を永遠の過去に取り残してしまっ
 たのかもしれない
朽ちていく美しさを忘れたくて

それでもたまに
どうしても見たくなるときがある
青い空が溶けてしまったかのような
どこまでも果てしなく広がる青い海の果て

そこにたたずむ
古ぼけた新聞紙を手にした母が
電球の切れた部屋でそっと目を閉じる姿を
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