第1話

文字数 1,987文字

莉奈(リナ)が片思い中の遼人(ハルト)の誕生日に渡すプレゼントを買いに行くと言う。
一緒に選んで、と懇願されて、私たちは今ゼビオに来てる。
私も遼人のことが好きだった。
莉奈はサッカー部の遼人が、普段の練習で使ってくれるように、とスポーツタオルを贈ることに決めたらしい。
私の遼人を想う気持ちを莉奈は知らない。
こんな気持ちのまま、莉奈を応援することはできない。それでも……
「ねえ、どうしよう? どっちの方が、遼人好きかなあ」
真剣な眼差しで、adidas とUMBROのタオルを見比べてる莉奈に、私は何も言えなくなる。
せめてもの抵抗で、遼人はPUMA派ってこと、知ってても私は黙っている。




「オレ17歳までには彼女できてる予定だったんだけど」
「誕生日いつ?」
「あと一週間」
「それは厳しそう」
「狙ってる人はいる」
「え、そうなんだ」
「気になる?」
「うん、まあ」
「素直でかわいい子だよ」
「そうなんだ」
「そっちは? いるの? 好きな人」
「いたけど、今いなくなった」
「何だよ? それ」
笑う二人。



「何でも好きなの頼んで」
PayPayのバーコードが表示されたスマホを振りながら、莉奈が私に言う。
あの日、莉奈はadidasのタオルを無事に購入し、嬉々として帰路についた。後日買い物につき合ったお礼に、お茶を奢ってくれる約束になっていた。
「私、気づいてた」
席についた莉奈はそう言うと、フラペチーノのクリームをすくう。
「ゆきなも遼人のこと好きでしょ」
応援がフリだったことがバレていたことに、私は言葉を返せない。
「ゆきなは優しいから。いいんだよ、狙っちゃって」
「狙うなんて、そんな。私、莉奈のことは本当に応援してたよ?」
「わかってる。ありがと。今日からはうちら、ライバルね」
「莉奈……」
遼人は誰にも渡さない、という言葉を、私は抹茶ラテと共に飲み込む。




「やべえ、あと五日なんだよな」
「誕生日? 彼女できたの?」
「それがなかなか難攻不落でさ」
「そうなんだ」
「そういやクラスの女子にオレらつき合ってるの? って聞かれた」
「ふうん、何て答えたの?」
「つき合ってるよって答えたかったけど、仲いいよって言っといた」
「ふうん」
「そっちは何て言う? もしつき合ってるのか聞かれたら」
「これからつき合うかもって言う」
「いいね、オレもそう言う」
「真似しちゃだめ」
「じゃあオレはオレのつき合いたい人って言うわ」
「初耳」
「久々だわ、この感覚」
「何が?」
「探り合いが一番楽しいよな?」
「何それ」
「鈍いんだよなあ」
「頑張れよ」
「頑張ってんじゃん、今」
「私そういうの、本気にするよ?」
「オレ本気だよ」
見つめ合う二人。




私も遼人への誕生日プレゼントを用意した。PUMAのリストバンド、ライバルとなった今では、正々堂々と準備すればいいのだろうが、莉奈には内緒だった。
高価なものではないので気を遣わせることはない、身につけてもらえたなら、私の方が常に遼人と共にいることになる、我ながらいいものを見つけたと思う。





「明日、ひま?」
「バイト」
「バイト終わりに店行っていい?」
「いいけど、何か用事?」
「用がないと行っちゃだめなのかよ?」
「そうじゃなくて、どっか行くならメイクと服装気合い入れなきゃ」
「入れなくていいよ、そのまんまで」
「てか、誕生日じゃん」
「そう、だから気合い入れんのはこっちの方」
「あー、彼女問題ね」
「切実なんだよ」





肝心の遼人の誕生日当日、私は遼人を呼び出すことができなかった。
莉奈はプレゼントを渡せたのだろうか? 抜けがけされていたら、と考え、私は震える手でラッピングされたリストバンドを握りしめる。





「本当かよ? やった! 誕生日までに彼女できた!」
「もう今日じゃん」
「いいの! ギリセー! 危なかったー、バイト終わりで疲れてんのに、ありがとな日菜」
「何もないよ? プレゼント」
「今くれたじゃん、OKの返事」
「それがプレゼント? そんなのでいいの?」
「天にも昇る気持ち」
「あはは、遼人大袈裟」
手を繋ぐ二人。




スマホの向こう、画面上に姿はなくとも音声通話だけで、うなだれている莉奈の姿がありありと浮かぶ。
莉奈はタオルを渡せなかった。
「もう病んだ。今日は風呂入って寝るわ」
「どんまい。ワンチャン渡せる時があるって」
自分自身にも言い聞かせながら、私は莉奈との通話を終える。
ひとまず莉奈にアドバンテージを取られずに済んだ。どうにか有利に事を進めなくてはならない。
遼人と話したことはない。どんな子かはよく知らない。ただサッカー部で、背が高く、イケメンだった。せめてひとりででも誕生日を祝いたかったが、ケーキを買うのは流石にキモい。私は皿にのせたロッテのチョコパイにロウソクを立てて火をつける。
今日も遼人のことが好きだった。彼は今何をしているのだろう。
ふうっとろうそくの火を吹き消す。ケムリが一筋、天井にのぼっていく。汗をかいて食べたチョコパイは甘じょっぱい味がした。
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