海で鍛えたカラダと天然の肉体美

文字数 3,445文字

 誰かを守る。
 それはシンプルなことじゃない。

 磯目(いそめ)はボクサーの友人・切永(きれなが)とジムを使わないトレーニングで健康維持をしている。

 切永(きれなが)は磯目がライフセーバーを辞め、それでも誰かを救える方法はないか聞かれた時に自分が働いている工場を紹介した。

 もちろんそれだけではやっていけないからと四国の海で海水浴場の店もやっている。

 磯目が海が嫌いになったわけでもライフセーバーに嫌気をさして辞めたわけでもないことを切永は知っていた。

 切永は四国のジムで活躍している等身大の男性ボクサーだが普段は何も喋らず、妻や磯目以外には仕事人として生活しているだけ。

 磯目は切永をライフセーバーから遠ざけた理由の原因と自身を責め、無料で磯目にボクシングテクニックを教える代わりに彼がもうライフセーバーに戻れなくなるかもしれないあの事件を忘れるよう、磯目が抱える海の因縁をなくすようにしていた。

 それが正しいとも良しとも思ったことはないのだが。


【かつての海】


 東藤(とうどう)は筋肉好きだった。
 女性関係でも相当な筋肉質でないと付き合えないといいつつモテてない人生はなかったほどの男性ならよくある本能を持て余さずにライフセーバーとして救助活動を行っていた。


 磯目(いそめ)は両親やきょうだいがいた家庭ではあったが可愛がられることもなく、家庭内差別も多くて実質独りで生きている見かけだけ家族は揃ってるだけの少年時代を送っていた。


 そばに居てくれた名前の知らない猫と犬だけが友達であり家族だったが磯目がライフセーバーを目指して一度上京した後は実家に戻ることなく、四国へと引っ越したので今でも磯目は名前を知らない猫と犬の元へ帰れないことを心残りにしていた。

 東藤とは出会った頃からとっくに自立してるしあれだけモテて金もあるのにやたら家庭を持つことを目的としていないからか、ライフセーバー仲間や女性陣からよく疑われていた。
 

 磯目は特に何も思わず東藤と接していて、よく昔見たアニメや漫画の話や学生時代の暗い愚痴もするぐらいにはお互い人には言えない悩みを海で誰かを救助する度に解消し、貢献(こうけん)した。

 ライフセーバー仲間達も二人が海と人を守る姿をみているからか愚痴は吐くが二人の頼もしさには惹かれていた。

「磯目。よくあの子供が溺れてるの分かったな。」

「川で遊んでいた時に泳げない昔の友人が溺れかけた時を思い出したからさ。
 それと同じとは言わないが海でも言えるとは。
 だから助けられたのさ。」

 それから二人は握手をし、拳をあわせた。
 ジムやプロテインに頼らない筋肉自慢も子供から高校生のライフセーバーから人気で女子高生のライフセーバーに至ってはいつも二人でいるイラストを渡してもらったくらいだ。

「いいなあ二人は女の子からもモテて。東藤さんはともかく磯目さんは暗い性格の俺たちからは唯一無二のヒーローですよ。」

 運動に自信がなく、家庭や学校に労働や勉強に悩まされSNSやテレビで話題になった東藤に憧れたおおよそ運動しなさそうと言われてきた現若手ライフセーバーも今では磯目のファンでもあり後輩でもある。

 どんな役割であれみな本来は人と共に活動し、助けたい気持ちがあるのかもしれない。

 磯目はそれがあったとしても愛がどれだけの欲望と孤立を産むのか知っているから恋も金も欲も捨て、筋肉に費やしてきたのだ。
 薄暗い人生を生きてきた磯目にとって水が関わる事故を減らすことが生き甲斐なのだ。

 そこである事件が起きた。
 ボクサー達が人間とは違う生き物に海辺で殴られるトラブル。

 ヤンキーの仕業かと東藤は睨んでいたが自分達の区画にヤンキーなど入れさせない。
 自分達も含め染髪(せんぱつ)には気をつかっている。
 そもそも今どきその程度でヤンキー呼びはしない。

 東藤の柔軟な部分は本能ではなく海を守るための計算もある。
 だから異性にモテていてもそれは出会った人達に海を汚させないようにする目的と遊びをしストレス発散をする東藤なりの趣味と実益を兼ねた配慮だった。

 だからかボクサー達格闘家も安心してこの海でトレーニングや海水浴をしていた。

 もしものこともあったが殴られたボクサー達の
 手当をすると人間の打撃とは違う傷があった。

 獣のような爪による切り傷と拳の一撃。
 そして殴られたメンバーは全国どころか海外でも実績のある人達だった。
 もちろんリングだからかもしれないが詳しくなくても筋肉をみて判断できる東藤、磯目達ライフセーバーはこのメンバーの強さを断言出来る。

 その中で一人が誰かにさらわれたと聞いて東藤と磯目は現場へ向かった。
 おそらく相手は人間じゃない。


「うおっ!」


 暗い浜辺で一人の男性が殴られている。
 ボクサーのメンバーでまだ経験が浅い者。

 足を引っ張られ、謎の殴り手にさらわれかけるところを東藤が殴り手を止めて磯目が迎え撃つ。

 ライフセーバーだから腕に自信はないが海と人を守るために殴り手と向かい合う。

 人なのかなんなのか分からない怪人。
 筋肉は毛でおおわれていないから肌が隆起していてめだっていた。
 しかし胸と腹、顔以外は毛だらけの怪人・・・いや、(ウミ)ジュウジンと呼ぶべき生き物は強い人間を狙っているようだった。

 東藤は腰が引けたボクサーを避難させようとするが磯目の戦いを目に焼き付けたいと東藤に願い、二人は磯目と海ジュウジンの戦いを眺めていた。

 磯目は喧嘩が強いのか海ジュウジンと互角に戦っていた。
 しかし海ジュウジンの一撃が半裸の磯目に当たり、カウンターで豪快な蹴りを海ジュウジンに食らわせた磯目はほくそ笑みながら気絶する。

 海ジュウジンは姿を消し、磯目は東藤とボクサーに運ばれた。

 それから磯目はライフセーバーを辞め、引きこもり生活をしていた。
 そこで磯目に助けられたボクサー・切永(きれなが)が彼のライフセーバー仲間達による願いだけでなく純粋な恩返しとして磯目に職場と副業を紹介し一緒に働いている。

 それが磯目の経緯(けいい)だった。


【再び現れた海ジュウジン】


 磯目はいつも通り切永のボクシングスタイルを練習していると東藤から連絡があった。

 磯目は無視しようとしていたが東藤からの音声メッセージを聞き逃さなかった。

「戻ってくれとは言わない。だけどおかしいだろ。
磯目はあのままやり返さない男か?
海ジュウジンはまた人間を襲おうとしている。
それにお前は正式にライフセーバーを外されていない。

時間が無いからここまでにする。
磯目!今度は相打ちじゃなくぶっ倒せ!
俺もそばにいるから!」


 気がつくと切永もそばにいた。

「磯目さん。俺、あんたのおかげでこの前の全国大会優勝したんすよ?
その次の海外ボクサーとの試合も勝つことが出来た。
あんたが俺をさらおうとした怪人にカウンターしてくれたことが全てのきっかけであの時あいつに殴られたみんながあんたを最強と言っている!

別に責めてるわけじゃないんす。

磯目さん、暗い過去を引きずっていても希望を見せてきたじゃないすか!
逃げ続ける人生も戦い続ける人生も、あるいは中間や他の選択肢も。
人生は一つだけじゃないことを磯目さんは知っているから戦ってくれたんじゃないんすか?」

 そうだった、かもしれないな。
 磯目は少しだけつぶやいて現場へ向かった。
 切永の運転で。

 現場にやってくると東藤が一人、海ジュウジンと戦っていた。
 そしてやってきた切永と磯目は加勢する。

「へへっ。信じてたぜ。」

「三人は反則じゃない。怪人の強さは俺がよく知ってるから。」

 遠く離れていても、逃げているように思われていても本当はずっと海と人を守るために揺れていた。

 ボクシングテクニックを素人ながら手にした磯目と喧嘩が強いことが判明した東藤と海ジュウジンはたがいに()えながら浜辺で戦った。





 それから傷だらけになりながらも怪人を二人は気絶させた。
 しかし怪人は足跡だけ残して消えていた。

「はぁ。はぁ。へっ、簡単には捕まらねえか。磯目。今の生活でもいいがこのまま俺たちに全て任せていいのか?」

 いいわけない。
 だが強制していないことにありがたさを感じた磯目は東藤と握手をかわし、

「戻るよ。
 ハードスケジュールになるけれど。」

「俺も手伝うからさ。ライフセーバー、続けようぜ!しかもお前は半分ボクサーみたいなものだからさ!」

 こうして磯目はライフセーバーに復職する。
 切永も東藤も磯目を手伝い、磯目を頼る。

 磯目は血や金だけではない人との繋がりと海の恐怖を忘れない。

 だからまたくるのならかかってこい。
 海ジュウジン!!
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