第1話

文字数 2,127文字

 僕がついた小さな嘘。幼い僕が罪悪感に包まれ息をするのもやっとでついた嘘。僕には堪らないほど幸福なことで、気がついたら止められなくなっていた。

 僕は生まれながらに一人だった。両親は僕のことを顧みず、獣のようにその日、その時を楽しむために生きていた。何日も続く空腹、連日行われる過激な教育、18時から5時まで続く永遠を思わせる暗闇。常人なら発狂するであろう環境で育った僕には怖いものなんてなくなっていた。
 僕の生きる意味ってなんだろう、生きるってなんだろう。自問自答を続け僕はついに結論に至った。”弟”が欲しい。僕は現在の環境でも生き続けることができるだろう。しかし、このままでは人としての魂を失い、食べる、寝る、犯す。単純な欲求に従いさまよい歩く獣に成り下がってしまう。同じ感情を共有でき、自分よりも弱く、脆い存在。守りたい、守りたい、守りたい。これが僕に残された最後の欲求、実現可能。

 カーテンが締め切られ、薄明かりが入るだけの室内には2つの人影があった。
「おはよう、智樹」
「おあよう、ともきくん」
 乱れた髪を整えることなく抱き合って挨拶し合う人影。片方は12歳ほどの少年、もう一方は6歳ほどの幼子。互いに体温を確認しあっているようだ。
「俺、先に朝食の準備してくるから智樹は先に顔洗ってきな」
「わかった〜 」
 部屋は2人暮らしにしては広い3LDK。青年は幼子を見送ると台所に向かう。
「うーん。卵の賞味期限が近いから卵焼きとウィンナーでも炒るか」
 卵を2パック冷蔵庫から取り出し、ボールに割り出した。両手で割っているためか5分ほどで割り終えると出汁などを加え混ぜ始める。鼻歌を歌いながら行なっていると、廊下からドタドタと大きな足音が聞こえてきた。
「ともきくん! 顔洗い終わった! 」
「智樹、まだ前髪濡れているじゃないか、もう一度拭いてきな。終わったら食器を準備してくれ」
「わかった! 」
 幼子に注意をし、熱されたフライパンの上に卵を入れる。この家の卵焼きは出汁をよく効かせるために形を成すことはなくスクランブルエッグのようになってしまう。作り終え、幼子が並べた食器に盛り付けていく。皿が4枚、子供用の器が2つに餌バチが2つ。皿のサイズに違和感がないことからこの家は6人家族で動物を2匹飼っているのだろうか。
 皿をお盆に乗せ終えると、少年が炊飯器、幼子がお盆を持った。
「それじゃ、みんなのところに運ぼうか」
「うん! 」
 2人は”僕から俺への成長”と書かれた部屋のドアをあけ、入室した。
「やあやあ、おつかれ。様子はどうだい? 」
「何も変わりはないよ」
「そうか」
 室内には4人の人影があり、大きな檻を囲むように四方に立っていた。全員が少年と同じような顔をしており、檻の中には裸の男女が入れられている。
「そら、餌の時間だ。味わって食べるんだぞ」
 乱雑に投げ入れられた餌バチにがっつく男女。男が自分の分を食べ終え女の分を奪い喧嘩をするなど痛ましい光景だ。
「いい加減、作ってくれないかな弟」
「もう待ちくたびれちゃったよね」
「まあまあ、今に始まったことじゃないだろ。食べ終えたらいつものやるぞ。今日は誕生日だからいつもより早く終わらせないと」
「「「はーい」」」
 檻を蹴り、端に追いやると中央に食卓を置き6人仲良く食事を取り出した。

「はい、それじゃいつもの始めまーす。一列に並んでくださーい」
 少年の号令で6人が並び終えると、背の順になっていた。
「始めー」
「パパ、ママ。ぼく、弟が欲しいな」
「パピー、マミー。隆くんの弟がすごく可愛かったから、ボクも弟が欲しい」
「お父さん、お母さん。僕も弟と仮面の男ごっこしーたーいー! 」
「父さん、母さん。お金のことを気にしているなら大丈夫だから。子作りに専念してくれ」
「親父、お袋。可愛い息子の願いだぜ。実現してくれよー」
「父、母。頑張ってくれよ。まだ生殖能力を失っていないことはわかっているんだぞ。」
 少年の合図で取り囲み一人ずつ中の両親に願いをぶつけていく。しかし、両親は身を縮こませ震えているだけだ。監禁から丸6年、すでに発声する能力を失っていた。
「またダメなのかよ。はあー、今日も晩飯抜きね。解散。」
 少年が手を叩き退室を促すとそれぞれ自分の食器を持ち退室していく。

 今日は4月1日少年の誕生日だった。机の中央に置かれた誕生日ケーキを囲むように6人が並んでいる。机の上には包丁と6人分の皿が置かれていた。
「願い事とともにロウソクの火を消してね」
「うん、わかっているよ。僕は、この世に生を受けて、本当に、生まれてきてよかった」
 満面の笑みで少年が言い火を吹き消すと、室内に光が溢れ出し瓜二つの少年が現れ、ケーキを踏み潰した。
「はあ、またダメだったか。」
「まあ、また新しい家族ができたんだし」
「来年に期待しようね」
「ケーキ食べたかった」
「う、う。ケーキ」
「願いことが叶わないと食べられないからね」
 ケーキが食べられなかったことを嘆くものがいる中、少年は新しい家族に手を差し出す。
「それじゃ、これからよろしく。智樹」
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