第1話

文字数 1,158文字

 新社会人として働き始めて、毎日が単調になった。学生時代は毎日遊んだり、講義を受けたり、バイトとしたりと日々が充実していた。そんな日々に別れを告げるように就活をした結果、念願のメーカーへ就職したもの僻地へ配属となってしまった。すると友人とは疎遠になり、毎日コンビニに寄るくらいしか刺激がなくなった。そして人見知りな性分であることもあいまって、休日することといえば家事と買い出し以外特になしという面白みの無い人間に成り果てていた。冬が繁忙期とは聞いていたが、毎日寒い夜道を歩いていると本当に気が滅入る。クリスマスシーズンを彩るためのイルミネーションも霞んで見えた。
 残業をしてきた帰り道、ふと足が止まった。駅前の隅から歌声が聞こえてくる。路上ライブをしている人がいるようだった。珍しい。こんなことをする人がいるんだ。思わず遠目で観察した。すると自分と同じくらいの年だろうか、パーマのかかった男の子がアコギの弾き語りをしていた。

毎日楽しいばかりじゃない
ずっと泣いている日もあった
気落ちする夜も輝くような朝も
最高だぜって笑う君は
僕のヒーロー
君との約束はただ一つ
心が動く方へ

その詞は、一編の小説のようだった。
いつの間にか私は彼の前で足を止め、歌に聞き入っていた。
その後いくつかの曲を披露し、その日のライブはまばらな拍手と共に終わった。柄にもなく、この人に感想を伝えたいと思った。
「あの、歌すごくよかったです。」
「ありがとうございます!感想もらえるの嬉しいです」
差し入れするのは初めてでよくわからなかったけど、寒かったから近くにあった自販機の缶コーヒーを買ってきた。初対面の人と間が持たせる自信が無いので自分の分を飲みながら話す。
「途中から聴いてたんですけど、誰かと約束する?みたいな歌の詞がいいなって思って」
「あー!あれはね、昔好きだった女の子のことを歌った曲なんですよ。」
「ずっとカッコよくて、今も忘れられないですね。」
しみじみと話す彼は自分よりずっと大人びて見えた。
「私22なんですけど、今おいくつなんですか?」
「えっ先輩じゃないですか。自分は20です。すみません馴れ馴れしくしちゃって」
「気にしないでください。」
だって、こんなに心が震えたんだから。
 応援するので!と言ってからというものの、私はたまに開催される路上ライブにすっかり通うようになっていた。今までライブなど行ったこともなかったが、生演奏の迫力にすっかり心を奪われてしまった。それから数ヶ月すると彼は、見事レコード会社にスカウトされメジャーデビューしていった。もうあの距離で会うことはないだろう。そう思うと少し寂しい気がした。
 一方の私はライブへ参加をきっかけに、さまざまな趣味を見つけた。趣味を介しての友人も作ることができた。彼のあの曲が、私を変えたのだ。
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