第1話

文字数 1,923文字

一ヶ月仕事を遅刻せずに乗り切ったら新作のお酒を買う。
それが俺の日々の楽しみだ。
新作の酒の感想ブログを書いていく。
『ちょっと甘すぎて後味のフルーツ感がわざとらしかった、でも夏場とかにはいいかも』
酷評のあとはどんな酒でもちょっと褒めてあげるのが俺のやり方だ。ほぼガソリンの味がしても俺が車だったら嬉しかったとフォローをいれてあげるくらいだ。
さて、そんなこんなで酒をエンジョイする日々をおくっていて、何か変だと気づいたのは、会社の飲み会で酒好き仲間が乾杯のいっぱいにウーロン茶を選んだ瞬間だった。
普通乾杯といえばビールのはずだ。いやべつに他の酒でもいいけどさ
ウーロン茶はないだろ。
一時的に健康診断かなんかでひっかかって禁酒しているのだろうかとその時は思った。
しかし……飲み仲間の田中はその後も

「やっぱ仕事終わりのウーロン茶最高だなあ!」
「こうも暑いと喉をスカッとさせたくなるからミントティーだろこんな時は」
「んー肉がうまい!こんな肉とチーズにはやっぱ煎茶だよ」
「いやいやいや」

俺はさすがに声をかけた。そろそろ酒飲み過ぎで余命数ヶ月なんだろうか?そのくらい無理をしすぎじゃないだろうか……しかし最後に白湯を頼んだ田中は、どうにも無理をしている様子はなく純粋に酒のない食事を楽しんでいた。
飲み会が終わりー……。

「……?」

妙な気分で首を傾げ、帰りコンビニによると
お酒売コーナーが何故かどこにもなく、冷やされているのはただのお茶で、缶ビールかな?と思ってもサイダーだけだった。ノンアルすら置いていない……店員に声をかける。

「酒ってどこにある?」
「サケ……?魚?焼き魚しかないけど」
「いや、だからアルコール……」
「消毒用の?薬局いったら?」

話が通じない。わざとやっているのかと思ったが横にいるチキンを揚げている店員も、俺を見て何を言ってるんだこいつは、という顔をしていた。

俺は走り回り、居酒屋が密集している通りや、洋酒専門店などをのぞくが、ない。それらの店はすべてなくなっていた。

「はぁ……?なんでどこにも『酒』がないんだ……?」

俺がそう虚空につぶやくと、トントン、と肩を叩かれる。
黒いスーツに、高いヒール、金髪の美女。

「え、なに急に誰っすか?」
「単刀直入に言うと私はあらゆるお酒と呼ばれるものの……擬人化よ」
「ぎ、擬人化?!そんななんでも擬人化する
なにかハマりたてのオタクみたいな……」
「現にこの世のどこにもお酒、がなくなっていたでしょう?」
「さあ……近所までしかみてないから隣町とかいったらふつーに酒売ってるかもしれないけど……」

でもまあ、近所のあらゆる酒が消えたことは
信じられない状態ではある。買って帰りたいのに不便だ。

「あなたが酒の擬人化だとして、なぜ俺の前に?」
「あなたは、誰も求めてないのに新作の私をレビューしつづけた。相当な酒好きとみて声をかけたのよ、で、この世から私はこのまま消えたほうがいいかしら?そりゃあなたは欲しがるかもしれない、けれどいざ私を忘れたあなたの友人はー……幸せそうじゃなかった?」
「ああ、まあ顔色も良くてあれなら健康診断ひっかからないだろうな」
美味しそうに白湯をのむ田中はキモかった。
「そう、酒なんて健康に悪いし、酒のせいで暴力や殺害など過ちも起きてる、人類には扱えない禁忌だった、忘れるべきだと思わない?」
「ん……まあ言われてみればそうかもしれないけど
でも扱う人間がだめなだけであって、酒そのものはいいと思うんだよな、そのおかげで仲良くなれた人もいるし、少しなら健康に良いし
間違いが起きたからって禁止してたら、キリないよシャーペンで人を刺してシャーペン禁止してたらキリないじゃん?」
「酒をかばうために結構喋るわね」

俺と美女が道端でそのまま語り続けていると、後ろから走ってくる足音がした。
どたどたと遅い、デブの足音、田中だ。

「……思い出した!思い出したよ!忘れちゃいけないものを!俺達の愛した酒という存在を!肉の時にお茶じゃ油っこさを流しきれるわけがないんだ!」

田中……!酒を思い出してくれてよかった。俺一人世界で酒クズの想いを抱えながら、苦しむことになるのかと。酒の擬人化はそんな俺達を見て目を閉じる。

「そんなに愛してくれてたのね、ありがとう」

え、そんなことでいいんだろうか?というか酒の愛を語るなら、もっと世界中にソムリエとか居るけどな。

…………まあ、夢だったのだろう。後日ふつーに酒のCMをみながら缶ビールを飲み、田中に電話をかける。田中は言う。
「風邪ひいちゃってさ何飲んでも喉痛いよ
こんな時はビールだよな
あと昨日和菓子もらったんだけど何と合うかな?ワイン?」

どうやら今度は酒以外の飲み物が消えたらしい。やれやれである。
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