第1話

文字数 1,915文字

「かっとーばせー!勝彦!!」

9回裏、2アウト、満塁、一打逆転の場面。
地鳴りのような声援を受けながら俺はバッターボックスに入った。
バクバクと脈打つ心音。
思いっきり振りぬいた打球は天高く舞い上がって、ファーストが構えたグラブの中にすっぽり納まった。
ゲームセット。
これまで野球にだけ人生の全てを注ぎ込んできた青春が終わった。
高く打ち上げた夢は、地区予選の2回戦で、あっけなく墜落して終わった。
まるでファールフライのように。

-----------------------------------------------------------------------------------

野球を辞めてからの俺は最悪だった。
あの日から、高校には一切行かなくなった。
ケンカ、飲酒、喫煙、カツアゲ。
地元の半グレとつるむようになった俺は、家にも帰らなくなりどんどん荒んでいった。
真夜中のゲームセンターで酔っ払って地元の後輩からカツアゲしていたところを、やってきたお巡りさんに取り押さえられた。
アウト!
今度こそ本当のゲームセットだ。

-----------------------------------------------------------------------------------

警察官「お前、なんでこんな時間に酒なんか飲んでるんだよ。」
勝彦「・・・・。」
警察官「口がきけねーのかよ。お前、野球はどうしたんだよ!○○高校のエースで4番だったじゃねーか!知ってんだぞ!何やってんだよ!」
勝彦「うるせえな!もう終わったんだよ!」
警察官「馬鹿野郎!なに勝手なこと言ってんだ!まだ2アウトだろうが!」
ぽろぽろと大粒の涙が流れた。
警察官「カツアゲなんかするぐらいなら、お前もトンカツでも揚げてみろよ!」
差し出されたかつ丼を泣きながら貪り食った。

-----------------------------------------------------------------------------------

あれから10年。

警察官「強情な奴だな。お前、腹減ってるか?かつ丼でも食うか?」
深夜の取調室。
心を閉ざして口を割らない被疑者を落とす最後の武器がある。
かつ丼だ。
「おう、店主!大至急、かつ丼2人前だ!」
上質な豚ヒレカツ、サクサクの衣と、ふわふわの卵。
いや、それ以上にこのカツどんには人の心を動かす店主の魂がこもっている。
被疑者「俺が悪かったんです・・。」
人生を踏み外しかけたあの日から下町で苦節十年、どん底から這い上がってきた店主が構えた店は人情のとんかつ屋だ!

-----------------------------------------------------------------------------------

お客さんA「店主・・。オレ、もう駄目だよ。婚活ぜんぜん進まなくてさ。もう一生独り身かと思ったら、生きてる意味ないかなって・・。」
店主・勝彦「・・・・。」(無言でとんかつを差し出す。)
お客さんA「う、うまい!」
店主・勝彦「お客さん。ここは、“トンカツ”屋ですぜ。“コンカツ”なんて野暮な話はよしましょうや。」

受験生A「大学受験に失敗したよ・・。もう俺、自殺しようかな・・。」(受験生A、泣きだす。)
店主・勝彦「・・・・。」(無言でとんかつを差し出す。)
受験生A「う、うまい!」
店主・勝彦「さあ、そのトンカツで、来年の試験には“勝つ”!!だろ?」

野球少年A「大事な場面でフライを打ちあげちゃったんだよう。僕のせいで負けたんだ。もう、チームのみんなに合わせる顔が無いよう。」(野球少年A、泣きだす。)
店主・勝彦「・・・・。」(無言でとんかつを差し出す。)
野球少年A「う、うまい!」
店主・勝彦「フライアウトぐらいなんだ!俺なんかなあ、この10年間ポークもビーフもチキンも全部フライにしてきたけど、この通りピンピンしてるぜ!」

お客さんの笑顔を見るたびに、“美味しい”の一言を聞くたびに、俺は心の中に勝利の雄たけびを上げる。
美味しいカツに出会うため、美味しいご飯に出会うため、そして人のやさしさに出会うために、俺はこの店を開いた。
さあ、今日も幸せを求めて“勝鬨”、いや“カツ鬨”を揚げよう!
エイ、エイ、オー!

-----------------------------------------------------------------------------------

kazi「おお、美味しそうな店だな!」
店主・勝彦「へい、らっしゃい!!なにしましょうか??」
kazi「じゃあ、おろしそば定食一丁で!」

おしまい
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み