第3話 勝ち越しの道は険しくて

文字数 1,913文字

 4回目の手術は、近所の病院で受けました。

 その先生、子供の頃から知ってるのですが、正直あまり好きな人ではありませんでした。
 胃痛で診察を受けた時も「癌かも知らんな」と一発冗談をかましてから、「嘘嘘、ただの胃潰瘍や。どや、びびったか?」と言って下品な笑い声をあげた先生。
 でもその分野では腕がいい、誰に聞いてもそういう答えが返ってきました。

 前回の反省を踏まえ、栗須はやっと言えました。

「先生が手術してくれるんですね」

 この言葉のおかげなのか、先生が執刀。手術は無事成功。
 これで2勝2敗の5分。

 でも先生。手術しながら高校野球の話、やめて。
 この業界、そんなに高校野球が好きなんかな。
 と言うか、今度手術する時は、高校野球のやってない時にしよう。



 ちなみにその日の夜。
 痛みが出てきますので、その時はこれを飲んで下さいねと、頓服と睡眠薬を渡されました。

 しかしそこで、栗須の頭はアホな企みに支配されました。

 頓服と眠剤で、多分痛みを忘れて眠れるんだろう。
 でも、それじゃあ面白くないよね。普通だよね。
 術後の夜なんてシチュエーション、そうそう経験出来ない訳だし。
 よし、やってみよう。
 アホの栗須はその夜、薬を飲まずに朝を待ちました。

「おはようございます。眠れましたか」

 笑顔の看護師さんに、栗須は言いました。

「いえ……全然寝れませんでした」

「え? どうして? なっ……なんで薬、飲んでないんですか! 飲んで下さいって言いましたよね!」

 薬を飲まなかった栗須は、朝まで痛みと戦う羽目になりました。いやいや本当、まさかここまで痛いとは思ってませんでした。
 途中、やっぱり飲もうかと何度も思いましたが、折角ここまで我慢したのに、今飲んだら台無しやん、と訳の分からない理屈が脳内を駆け巡り、結局一睡も出来ないままに朝を迎えたのでした。
 看護師さん、怒る怒る。無茶苦茶怖かったです。

 すぐネタに走ってしまう大阪人の性が、ここでも出てしまいました。




 続く5回目の手術は、救急車をたらいまわしにされました。
 どうやら栗須の状態がやばいらしく、どこの病院からも拒否されていたようで。
 最終的に連れていかれたのは、地元の救急救命センター。
 もう死ぬかもしれない、そんな人ばかりが入ってる病院でした。

 そこに運よく、日本で5本の指に入ると言われてる先生がいたそうで。
 栗須の身柄はその先生に委ねられました。
 結果は完璧。恐れていた後遺症もなし。

 これで3勝2敗。ついに勝ち越し!



 今回の手術の時、栗須は初めて「全身麻酔」なるものを経験しました。
 厳密に言えば2回目なのですが、前のやつは記憶に残ってないので、初体験と言っていいと思います。
 どんな感じなんだろう。体の状態はともかく、ちょっとわくわくしてました。

「はい、息を吸って下さい」

 と酸素マスクをつけられて。ゆっくり息を吸って。
 気が付けば次の日でした。
 言ってみれば、テレビの電源を引っこ抜いたような感じ。
 意識が突然、ブチンッと切れるような感じ。
 中々に面白い体験でした。




 6回目。手術は無事成功。
 4勝、と言いたいところなんですが。
 術後、ずっと違和感に悩まされました。

 呼吸が苦しい。何かが腐ってる匂いがする。

 ですが栗須。「まあ、こんなもんなんかな」と、いつものように適当でした。
 基本、あるがままを受け入れる性格ですし、なってしまったものは仕方ないと諦める生き方をしてきましたので。
 なるようにしかならないと割り切ってました。

 1か月後。
 耳が腫れてきて、近所の耳鼻科を受診しました。
 耳の処置は問題なく終わり、先生が「じゃあ薬出しとくから」と言った時、ついでと思い呼吸しにくいことを話しました。

「……そら苦しいわ。こんなん我慢しとったんかい」

 鼻を覗き込んだ先生が、そう言って大笑い。
 ピンセットを入れてしばらくすると、とんでもない爽快感が。
 出て来たもの。それは鼻の奥に突っ込まれていた脱脂綿でした。

 帰宅後父に報告すると、父は手術した病院にすぐ電話。
 翌日、病院の関係者が菓子折りを持って飛んできました。
 その人の話によると手術の時、看護師さんが栗須の鼻の奥を傷つけてしまい、出血したらしいのです。で、血止めとして脱脂綿を突っ込んだとのこと。
 ここまでは何の問題もない処置なのですが、申し送りに不備があり、そのまま退院してしまったのだということで。

 父は笑ってました。こういう時に文句を言ったりする人ではなく、ただミスをミスとして報告したかったんやと後で言ってました。
 と言うことで、手術自体は成功なのですが、勝ちには出来ないかなと。

 3勝3敗。また5分に戻りました。
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