第1話

文字数 1,989文字

人しれず、木星はため息をついた。
「どうしたい、男のくせに、ため息なんかついて」
人一倍好奇心の強い地球が、火星の頭越しに木星を見ていった。
「なんでもない」
木星はむすっとしてこたえた。
「なんでもないことないだろう。なにせあんたほどでかい星がため息をつくと、太陽系全体をゆるがすんだ」
「そうか、それはすまん。うーん」
「うなってないで、いってみな。およばずながら、力になるぜ」
「きみは、油断のならないところがあるが、切れ者だからな………話を聞いてくれるかい」
「いくらでもきくよ」
地球は耳をそばだてた。
「じつは、彼女のことなんだ」
と木星は、太陽系の中心を指さした。
「すい星のお嬢さんがどうかしたのか」
「ちがう、ちがう。もっとまんなかだ」
地球はそのまんなかにむかって、目をほそめた。
「おれのみまちがいでなければ、あれは太陽だけど。彼女が、なんだって」
きゅうに木星がもじもじしだすのを見て、地球は当惑気に眉をよせた。
そのときこちらにちかづいてきた木星の衛星が、「いょっ」と地球にむかってきさくに挨拶した。
「だれかとおもったら、イオじゃないか。ちょうどいいところにきた。あんたのあるじの様子が変なんだ。どこかわるいんじゃないのか」
イオは木星に気兼ねするように、小声で地球に耳うちした。
「主人は、恋に悩んでいるんだ」
「恋……」
地球は、さっきの木星とのやりとりを思いだすなり、はっと目を見開いた。
「まさか」
「そのまさかなんだよ。主人は太陽に恋してしまったんだ」
「それは、我々太陽系の惑星にとって、禁じられた恋だぞ」
「だからこそ、主人は悩んでいるんだ」
「しょせん、片思いだろ」
と、おもわず地球が口に出したとたん、木星上の雲が乱れて、ふだんは秩序だった縞模様が、たちまち無茶苦茶にゆれうごいた。
「主人がこうなったのも、あまりに太陽が美しすぎるからだ。衛星のおれとしても、せめて一度でいいから、それが主人の願望の、太陽の頬にキスさせてやりたいんだ。そのすてきなおもいでを、心の糧として、これからも生きつづけていけるようにね」
地球はイオの話にうなずきながら、木星のおちこんだ姿をながめた。ほんとうに、このままなにもしないでいたら、木星はすっかりやつれはて、ガスでできた体もいつかはしぼうでしまいそうにおもえた。
「しかし、いったいどうやって木星を、太陽にちかづけるんだ」
「おれにひとつ、考えがある」
地球は、イオからその考えをきくなり、本当にそんなことができるのかと最初は首をかしげた。が、それ以外にどんな案もないとあっては、その方法を実行するほか手だてはなさそうだった。
それを実行するにはまず、冥王星とコンタクトをとる必要があった。
ご存じのとおり冥王星は、もとは太陽系第9番目の惑星だった。そけがいつのまにか順惑星にダウンし、本人はたいそうくさっているという。その冥王星に一役買ってもらいたいという話をもちこんでいくと、かれはおおいに喜んで、やる気まんまん、口から絶対零度の息吹を吐きだした。それには地球もおどろきおそれ、月ともどもマイナス273度という冷気から逃げ回った。
この冥王星の息吹こそ、太陽と木星をちかづけるためには絶対必要だったのだ。
地球が冥王星をつれてもどってくるのを、すでにイオから話をきいていた木星はまちわびていた。冥王星の息吹に高温からまもられながら、太陽にちかづき、その頬にキスするという、生死を賭けたアバンチュールを決行するのだ。
その話はすでに、太陽系の全惑星にしれわたっていた。みんなは、木星の勇気を絶賛した。だれもが太陽に心をよせていたが、その気持ちを太陽に行動で伝えようとしたものはひとりもなかった。それを木星がやりとげようとしている。土星なんかは、その輪っかをうちわがわりにして、太陽にむかう木星に、声援がわりに風をおくってやったりした。
結論からいうと、太陽にキスするという木星のこころみは、冥王星の協力もあって、みごと成功した。それどころか太陽が、ひとつもいやがることなく、木星に頬をさしだしたときは、太陽系内におもわず拍手がわきおこった。彼女も、命をかけてちかづいてきた木星の心意気に感動して、いっそう熱く心を燃えあがらせたのかもしれない。
木星が歓喜したのはいうまでもなかった。もう死んでもいいとばかり、その場で燃え尽きようとしかけたのを、遠巻きにみていたみんなの懸命のよびかけに、我をとりもどしてゆっくりと、なおも冥王星の息吹きにまもられながら、太陽からはなれていき、もとの軌道にもどっていった。
「みんな、ありがとう」
木星はまわりのみんなにむかって心から感謝した。
このことみんなにはだまっていたが、太陽にキスしたとき木星は、口にやけどを負っていた。地球から天体望遠鏡でのぞくとはっきりみえる木星の大赤斑は、そのときにできたものだということを、あなたはしっていただろうか。




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