第1話

文字数 2,452文字


『みなさんこんにちは。今日は「バイオロボットBOKURA」の特集です!バイオロボットBOKURAって知ってますか~?少し前までは超富裕層しか手の届かない家族だったんですが、最近は企業競争も増えて価格の安い家族も出てきています。厚生労働省によると予定よりも普及が進んでいるのだとか。倫理面で未だに議論はありますが、やはり家族が増えることを望む人が多いということです』


『全国各地にバイオロボット用の学校が増えています。心身のメンテナンスや技術集約を行っているらしいです。あ、へぇ~!先生ってそういうことなんですねぇ……』





病室のホロテレビから流れる情報番組で、まさしく私の話題が出ていた。
「お母さん、何か口に入れる?」
「あんた誰ぇ」
「私だよ、ノアだよ」
ノアは価格帯の安いBOKURAである。比較的最近になって作られ始めたBOKURAで、元々高価なバイオロボット開発企業の下請け企業から派生した安価なラインナップだ。


ノアを育てた両親は離婚した。
母親は若年性アルツハイマーに侵されており、最近はノアのことも分からないときがある。早期発見で治療できたはずなのに、治療できないところまで進行してから気づいた。ノアは病気のことなど知らなかった。離婚して母親はストレスが溜まっているのだと思っていたし、先生にもそのように伝えていた。


「はい、お茶だよ」
「……」
「あ~」
一口飲んだあとは口元から溢れるようにお茶が流れ落ちた。母親の口元と首を拭きながら、着替えあったかなとノアは思った。



母親の状態が悪化してから半年が経った。ノアは学校に通いながら母親の病室に通っていたが、最近は学校にも行っていない。肌の金属化が進行してきたのだ。そろそろ身体を交換しなければいけないのだが、今の親子にはそんなお金はない。時間もない。学校に行けば母親から離されてしまうだろう。


「お母さん、そろそろ帰るね」
「いやだ~!お母さーん!お母さーん!」
「……」

ナースコールで看護士を呼んだ。
泣き叫ぶ母親を背にノアは帰途についた。






かつての持ち家は売ってしまった。今は狭く安い賃貸に住んでいる。住民に知り合いはおらず何を詮索されることもない。
「ふう」
生活保護は受けていない。父親から振り込まれる毎月の生活費で二人は生活していた。多くはないが二人で生活することはできた。

質素な夕飯を作って一人で食べた。ノアは安価なラインナップなので先生と毎日面会することはできない。ラインナップによってクラスが違うのだ。ノアは8組で、先生は1人、生徒は30人いた。8組は月に2回の面会が設定されていた。ノアの番はまだ少し先だ。

「困ったな」
母親の入院費用を支払うと生活費がカツカツだ。幸いノアはたくさんの物を食べる必要はないが、母親には少しお金がかかる。

ノアは制服の袖を捲って腕を見た。表皮はすっかり金属化している。金属化の進行を放っておくと錆が発生して死んでしまうらしい。学校で事例を見せられたことがあるが恐ろしい現象だった。
「どうしよう」
自分が死んだら母親が一人になってしまう。その一方で、介護にすっかり疲れてしまったノアは錆びてもいいかなと思っていた。それに、安価なラインナップとはいえ身体の交換にはある程度のお金がかかるのだ。
「……」
幸い金属化が進んでいるのは服で隠せるところだ。自己申告しなければ誰にもバレないだろう。

ノアは布団に横になって目を瞑った。
とある高級ラインナップのバイオロボットが書いた手記の一文を口に出した。

「いつか我々バイオロボットも、人間のように宇宙を手にするかもしれない……」

もうすぐクリスマスだ。久しぶりにケーキを買って食べようかと考えた。どのケーキにしよう。ショートケーキ、チョコレート、チーズケーキ、タルト…頭の中に次々と美味しそうなケーキの姿が過る。ああ、私が人間だったら太ることを気にしながら全部食べられるのに。


いつの間にかノアは寝てしまった。





「あんた誰ぇ」
「はいはい」
「ねぇ~。お母さーん」
「ノアだよ。なに?」
「お母さーん!」
「聞こえてるよ…」
「お母さーん!お母さーん!」
「……」


学校に行かなくなってひと月ほど経つ。先生からのホロラインが鳴るが、母親の調子が悪いから、少し看病に専念したいと伝えた。ホロラインで技術集約のための協力はするから許してほしいと言えばOKが出た。




ノアは、シャワーを浴びながらすっかり金属に覆われた自分の両手を見た。幸いまだ春先なので手袋で隠せた。身体を洗いながらチェックしていると、背中に茶色いものを見つけた。
「あっ」
ノアは錆び始めている。




「お母さん」
「お母さん」
「お母さん、お腹すいたー」
母親の状態は変化せず、ノアのことをずっとお母さんと呼んでいた。一方で、錆化の進んだノアも意識がはっきりしないときがあった。



一度発見したあと錆化は急速に進み、見えるところにもすぐ錆が発生した。顔に錆が出てしまい外を歩けなくなった。病院には体調が悪いと伝え、母親をよろしく頼みますとお願いした。


家にこもってから3日目。ノアは、布団から動けなくなった。金縛りのように身体が動かないのだ。
(私は錆びついてしまったのか)
口も動かない。自分がどういう姿をしているのかわからないが、おそらく授業で見たあの恐ろしい姿になっているのだろうと思った。瞬きすることもできなかった。
(怖い)
動かないほど身体が錆び付いてしまうと、すぐに中身もダメになると習った。
(お母さんとお父さんに会いたい)
指を動かそうとしたがギシギシと鳴るだけで動かなかった。
(クリスマスのケーキ美味しかった)
(たくさんプレゼントをもらった)
仲が良かったころの父親と母親とノアの姿、クリスマスツリーを囲んで三人でパーティーをした。温かい部屋で幸せだった。


お母さんがとても優しく笑っている。
ああ、幸せだな。

…そうか、全部夢だったんだ。
もしかして私が初めて夢をみたバイオロボットなんじゃない。
ねぇお母さん聞いてよ、怖い夢をみたんだよ。あのね…



(この幸せがずっと続きますように…―)



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