第一話

文字数 11,245文字

今の世に怨霊や妖怪など居るといって、誰が信じるだろうか…
だが、全ては7年前のあの時より狂ってしまったのだ。


―1997年7月7日0時32分―
打ち棄てられた廃墟に、鋭い音が鳴り響く。
かつて、門としての役目を果たして居たその残骸を、少女はいとも容易く斬り捨てた。
懐より一枚の符を取り出して、それに向かって話しかける。
念話術、そう呼ばれる術の媒介として、札を使っているのだ。
「姉上、予定通り例の場所に辿り着きました。」
「さすがはウチの妹やな、けど安心するのはまだ早いで?」
「えぇ、此処へ辿り着くまでに少々やり合いました…、気を抜くつもりはありません」
そう言った少女の後ろには、異形の者だった残骸が散乱していた。
「ならえぇ、えぇか?今回の依頼はその廃校舎に最近出るっちゅう幽霊の調査や」
「はい、聞いております。これに対して我々の出した結論は…」
姉と散々話合った内容であるが、もう一度確認する様に、姉の言葉を待つ。
「それらしいのを見つけて、危険なモノならそれを調伏。せやね?」
「はい、目標と思われるモノは今のところ感じられませんが?」
少女は周囲を見渡しながら、紙形に向かって言う。
「ウチの見立てやと、怨霊が居るね…それもかなりの量や。」
「えぇ、しかし私や姉上で無いと感知できないものが殆どですね。」
少女の周囲には所謂「幽霊」が多数漂って居たが、少女は気にも留めなかった。
時々、目が合ったりもするのだが、少し睨んでやると何処かへ行ってしまう、とても人に害を為せる様な存在ではないのだ。
「ってことは、大きいのがどっかに居るね…、それを祓うのが今回の役目や」
「分かりました、必ずや任を果たして帰ります。」
「それとな…」
「はい?」
符をしまおうとしてたところで呼び止められる。
「偶然にもアレを封じた土地なんよ、そこは。できそうならそれの確保もや…」
「アレですか!?アレが此処に!?」
「気持ちは分かるけど、落ち着きや。ウチの記憶が正しければや。」
「了解、怨霊の調伏と例のものの確保に参ります。姉上、必ずや生きて貴女の下に。」
そう告げて、少女は符を懐にしまいこんで、夜の闇へと消えて行った。
















この物語は「運命」に導かれた一人の少年と

その少年がやがて出会うであろう

七人の退魔師達の物語である


「はぁ…はぁ…」
ここは御剣(みつるぎ)神宮。
鬼神を祭神として祀り、その神使(しんし…狛犬などに代表される神の使いを象った像或いは使いそのもの)も鬼と言う風変わりな、この地、冬京(とうきょう)で最も古い神社だ。
冬京、この地がそう呼ばれているのはこの日本から季節が無くなってから、この地が常冬の京となったからである。
そして、この日本から季節が無くなったのは、話せば数年前に遡る
数年前、妖怪が大量発生した際に、異国からの侵入、または異国への逃亡を阻む為、時をも歪める程の強固な結界をこの国に施す必要があった。
それ以来、この国は常に冬なのだ。
その冬京の最も古き神社御剣神宮の石段を息を切らせながら、一人の少年が駈けて行く。
彼の名は雪人(ゆきと)、姓を三冬月(みふゆづき)と言う。
この少年、一見すると少女の様な風貌を持つのだが、よく見れば「男」と分かる。
己の性を間違われる事を良しとしない故、悩みの一つでもあった。
「ふぅ~、やっぱ慣れないなぁ~」
情けない調子で名物踏破の感想を言う。
とは言え、本人が言うほど慣れてないものでもない。
この石段、なんと1000段近くあるのだから。
それ故か、御剣神宮には常連の者しか訪れない。
「玲奈(れな)さ~ん、いらっしゃいますか~?」
「雪人か~?今呼ぶから上がって待っといて」
「あ、神無(かんな)さん、今日は」
神無と呼ばれた羽織姿の女性が雪人を案内する。
「お、お邪魔します」
「ええて、ええて、そんな気ぃつかわんでも」
彼女、高杉神無はこれでも関西方の出身であるのだが、何故か方言などはイマイチ胡散臭い。
「玲奈~、雪人が来とるで~」
「何?雪人が?分かりました、すぐ行きます」
玲奈と呼ばれた少女が上の階から降りてくる。
高杉玲奈、神無の妹でこの神社の巫女をしている。
姉妹でこの神社を切り盛りしているのだ。
装束の上に千早を纏い、真っ直ぐに下した黒髪が映えるのが神無。
千早を纏わず、略装の装束を着て、髪を後ろで一つに結っているのが玲奈。
「お邪魔してます、玲奈さん」
「雪人か、今日はどうした?」
「はい、玲奈さんに視て貰いたい事がありまして」
「ふむ、どうやら私のしてた事は無駄じゃなかったらしいな」
先程部屋に居た時の事を言っているらしい。
「え?」
さすがにこれには雪人も驚く。
「準備は出来てる、私の部屋へ…」
「は、はい」
(いつ見ても、凄い部屋だなぁ)
部屋に案内されて雪人がまず初めに感じたのがそれである。
玲奈曰く「別に普通ではないか?」と言うが何処も普通ではない…
今は儀式の準備により一部異なるが、普段と変わらぬところだけを挙げるなら、まず数本の刀が目につく。
どれも曰くありの一品らしく「迂闊に触るなよ」と玲奈は言う。
他にはタンスに入り切らなくて放置している巫女装束。
だが、そのどれもが御剣神宮の巫女が着ているモノとは何処かが違う。
おおよそ、玲奈の性格から本人が着用するとは思えない、可愛らしい改良が施されてるモノだ。
玲奈は自分の性格をコンプレックスに感じており、可愛らしいモノは自分には似合わないと言うのだが、自分以外をそう認めると老若男女問わず、この手製の改造巫女服を着せたがると言う特殊な趣味を持っていて、恐らくここに放り出されて居るのは新しい『素材』を見つけたか、はたまた断られた数か。
先にも挙げた通り、雪人も玲奈からみた「可愛い」の例外に漏れず、何度か着用を薦められたが当然断った。
まぁ、つまり普通の家庭に生まれ育った女子とは何処か感覚が違うらしい。
「で、何を視て欲しい?いや、言わずとも分かる」
部屋に入って先に口を開いたのは玲奈である
「ふむ…、良くも悪くもなり得る、そんな類の卦だな」
雪人は最近、自分が観る不思議な夢について視て貰いに来たのだ。
ある日の帰り道、異形に襲われ殺される、そんな夢を。
一度であれば偶々見た悪夢で済まされるところを数日立て続けに見ているのだ。
その手の相談を誰にしたら良いか悩んだ挙句ここに来たのだ。
「良くも悪くも?」
「そうだ、お前の事の運び方次第…と言ったところか」
「そうですか…」
ならどうしたら…、そう思ったが言えなかった。
答えを聞いてはいけない気がしたのだ。
「そうだな、夜の一人歩きには気をつけろって事だ」
「はい、ありがとうございます」
「なに、このくらいならな…姉上」
玲奈は部屋の隅でそこらに散乱してる改造巫女服を取っては合わせてみている神無に声を掛けた。
「呼んだかぇ?」
「雪人をお願いします、私はもう少し部屋に」
「分かった~」
いつもの他愛ない姉妹のやり取りである。
促され、雪人を伴い玄関までやってきたところで
「あ、そだ雪人」
「はい?」
見れば神無は何かごそごそやってる。
神無の袖からは様々なモノが飛び出してくる。
一体何処にそれだけ持っているのだろうか。
そう雪人が思い始めた時に神無が目的のモノを見つけた様子で雪人に差し出した。
「これ持っとき、簡単な御札や」
「え、でも僕、授業ではそこまで習ってませんけど?」
「せやから、アンタでも使えるヤツ!それにそこんとこは明日教えたるわ。」
「はい、有り難く頂きます」
そう言って雪人は神無から御札を受け取り高杉家を後にした。
丁度入れ替わる様にして、玲奈が上から降りてくる。
「姉上、雪人は?」
「帰ったで」
「そうですか…」
そう言うなり玲奈は、また自分の部屋へと戻っていこうとした。
「待ちや」
「?」
呼び止められ神無の方を振り返る。
「何か?」
「ウチも行く」
「はぁ…」
部屋について元の位置に座すなり、先ほどまでの続きを始めた。
「なぁ、玲奈」
「はい?」
何かに気を取られながらの玲奈に気づいたらしく神無が声を掛ける。「本当は付いて守りたかったんやないか?」
雪人の事である。
「いえ、あれでよかったのです」
(言っても無駄か…ま、自分の所為とは言え、なぁ)
そう、玲奈が堅いのは半分は姉の神無の所為であり、もう半分は自分の役目ゆえである。
他の家に生まれていれば…と神無は常々玲奈の事を哀れに思う。
「なぁ、出ると思う?」
「そのつもりで雪人にアレをくれてやったのです」
アレとは神無が雪人に渡した、御札の事である。
「アレ使えるん?」
「即興で書いた符に威力を期待されますな」
「やっぱりな…」
符とは作者の霊力、書かれた文字、実際の使用者の能力によって威力が決まる。
雪人が持っていった物を例に取るなら、この場合作者は玲奈であり、言葉も大した字は使っていない、発動を簡略化する為である即ち、威力はほぼ雪人次第であるのだが、本人も言うとおり調伏…つまり祓いの経験が無い為、結果として玲奈が言ったよう「威力は期待できない」ことになる。
だが、玲奈は何かを隠している様子であるが、それは姉の神無にも読むことはできなかった。
(刀神(とうしん)の巫女様を相手に駆け引きは無謀っちゅうこったな)

玲奈に言われたこともあってその日は早々に家へと帰った雪人であるがやはり夢が気になる。
「あれは一体なんなのだろう…」
そして今夜も同じ夢を…
そんな不安が押し寄せるばかりである。
そんな時の雪人の対処法…それは
「弓の練習でもすれば気が紛れるかな」
三冬月家、高杉家に次いで冬京の地でも大きな家である。
数年前から雪人はこの家に、数人の使用人と住んでいる。
故あって両親は居ない。
そして、雪人には此処へ来るまでの記憶がない。
だが、玲奈は
「お前は今を生きている…、それだけで十分ではないのか?」
そんな玲奈の言葉は、正直頼りになる。
不器用な言い方しかできないがそれでも心が篭ってる。
そういう類の人間なのだ。

雪人は胴着に着替え弓を構え矢を番える。
高杉家にも道場があるが、三冬月家には弓場がある。
その辺のこともよく分からない雪人であるが
事あるごとにここに足を運ぶ。
古来より武術と言うものは己との戦いである。
そんな武術の性質が、気を紛らわすきっかけになるのかもしれない。まっすぐに的を見据え、静かに弦を引く。
(何も考えるな、的を撃ちぬくことだけを考えろ…)
放たれた矢は正確に、まるで的に吸い込まれるかの如く真っ直ぐ飛んでいく。
当たったところは…真ん中。
雪人は学園では武道部に所属している。
武道部とは、剣術、弓術、柔術は勿論、合気道、長刀術、果ては忍術まで。
つまりは、戦闘術全般に関する部活動である。
これも、退魔師養成施設認定第1号たる御剣学園の名物とも言えるだろう。
武道部には必ずいずれかの道の達人が1人は居て、弓に関しては学園では雪人の右に出るものは居ない。
冷たくも優しくあれ…、そう願って名付けられた子、雪人
これは冷たいと言うのは冷静であると言う事にも通じ、冷徹であると言うことにも通じる。
矢を番え、弦を引き、的を見据え、射る。
この動作の中にもその2面性はある…
落ち着いてゆっくりと構える時の心は冷静。
的…即ち仮想敵をしっかりと捕らえ、一切の迷いを捨て放つ心は冷徹
いつか、どちらかの心に傾いてしまった時、自分は鬼にでもなってしまうのではないか…
雪人は常々、修行の中で考える。
確かに、人としての心を失えば簡単に鬼や物の怪の類へと、人は変わってしまうだろう…
陰と陽、人と妖、そのどちらも多くてはならぬ。
そうでなくはならぬのだ、この国は。
「最近、考えすぎかなぁ、僕も。」
そう一言呟き、もう一度、矢を番え
的を射る。



当たったところは、的の外周
「良くも悪くも、迷う等と…らしくない。今日はもう寝るかな。」

―翌朝―

「…と様、ゆきと様…」
「ん?」
「雪人様!朝で御座いますよ!」
不意に掛けられた声に目を覚ます
「あ、あぁ…、絢華(あやか)さん、お早う御座います。」
「今日は珍しくお寝坊さんですか?高杉様がお見えになってますよ?」
絢華と呼ばれた女性は雪人に軽口混じりに用件を告げる。
彼女はこの家の使用人。その中でも特に古参の者である。
自分の家に居ながらここ三年より前の記憶が無い雪人にとっては自らの家で給仕してくれる者たちがいつから居るのかさえ理解できていなかったが、この彼女だけは不思議といつから居たのかを覚えて居た気がする。
絢華と言う名以外一切不明のこの女性。
姓を聞くと「絢華さんは絢華さんですよー?」とはぐらかしてしまうので、雪人もそれに倣う。
但し、この家から外に出る時は「三冬月の絢華さん」と言うことにしているのだ。
これは、姓が本当に無いのならと、雪人が自分の権限で決めてしまった事らしい。
着物に割烹着、絵に描いた様な家政婦姿の彼女は他の使用人より特に近しい為、こうして雪人の寝室までやってくることも珍しくない。
一度、具合を悪くしたときに気が付いたら添い寝をされていた時には流石の雪人も顔を赤くしながら怒った様だが。
「玲奈さんが?うわ、本当だ、こんな時間まで寝てしまうとは…」
「ふふっ、よほど疲れていたのでしょうね、その格好のままお眠りになるなんて」
言われて、自分の服装を確かめる。
確かに、胴着姿のままである。
まぁ、幸いにも着替える手間が無く登校時間には間に合いそうである。
雪人や玲奈の通う学校、御剣学園には制服の概念が無く、基本的には各々が着たい物を着るのである。
雪人は毎日違う柄の着物を着て学園へ通っているのだが、着物を特別な服装だと思ったことが無い雪人は特に自分の服装に拘らなかったが、洋服の着こなしが良く分からなかった為、殆ど着物で通う様になってしまった。
学園で特に仲の良い友人が何着か薦めてきたのだが、一度袖を通したキリ殆ど着ていない。
「ようやくお目覚めか?は~、今日もいい天気だなっと」
少々むくれた顔で爽やかな挨拶をしているつもりなのだが、不機嫌が顔に出てしまっているので口調にも不機嫌が出てしまう。
「玲奈さん、怒ってます?」
「いや、別に?」
別にと言いながらも顔を向けようとしない。
「意地悪…。」
「その様子だと、昨日はよく眠れた様だな?」
玲奈は雪人の服の着崩れてるところを指差した
笑う玲奈を横目に慌てて、そこを直す。
「もぅ、玲奈さん!朝っぱらからからかうのは止してくださいよ!」
「いやぁ、すまんすまん」
「あ~、コホン!」
やりにくそうに神無が咳き払いする
「あんなぁ…二人ともウチのこと忘れんでくれんか?」
「あぁ、すいません姉上。それより良いのですか?我々と一緒で」
「何がや?」
「いや、先に学校に向かっているべきなのでは?」
「あぁ、構へん。大まかな連絡は昨日あったばかりやから、今日はあんたらに付き合ったる」
神無は学園では神道科の講師である。
その為、講師達同士での連絡事などの打ち合わせの為に、生徒より早い時間に学園に着いていなくてはならないのだが、本人の言うように大まかな連絡事は昨日のうちに済んでいるのだ。
かといって、例え姉妹とその弟子と共に一講師が揃って学園へ行くなどと…
「まったく…姉上の悪い癖には困ります。」
「講師同士の話し合いなんてつまらんもん、特に他の科のとはな」
御剣学園は、神道科、陰陽道科、西洋魔術科、戦闘技術科の4から成る、退魔師養成施設第1号認定施設である
創立は2000年、妖の大発生があった1997年にそれに対抗する為の法、退魔師法が作られそれから3年で創られたのである。
退魔師法とは、同年の妖の大発生に対抗するべく作られた退魔師と言う職業を一般化し形式化する為に作られた法律である。
その根源は…
すべての退魔を志すものは、武器等の所持を許可するものとする。
但し、是を用い人畜を傷つけることを禁ずる。
また、大量破壊兵器の所持は禁ずるものとする。

この法の利点は時と場所を選ばず、手当たり次第の殲滅活動が行えることであるのだが、それまで築き上げて来た退魔師の在り方を否定するものであった。
だが、そうすることでしか、人類は滅びを免れる事は出来ないと、当事者達は仕方なく認めざるを得なかったのだ…
そう、全ては人の為に

「姉上、まさか、また西洋魔術科の講師殿と?」
「さすがにやらかしちゃないけどなぁ、昨日は口喧嘩で済んだし…」
「ぇ?それって…」
二人の話を聞いていて雪人の顔色が変わる
「いつものことや、気にせん方がええよ」
「気になりますって!!」
まぁ、何があったかは本人の言うよう伏せておこう
学園施設の関係で4科の教師は一つの部屋に控えているのだが、各々の思想と言うものが違っている為に、時たまそう言ったいざこざがあると言うことなのだ。
「さてっと、ウチは控え室へ行ってくるから、二人とも遅れずに席についときや?」
「私達に限ってそれはありませんから、安心してください。」
「あれ、でも玲奈さん、この前危なく…」
言いかけたところで口を塞がれる。
(あの時のことは言うな!確かに熱くなり過ぎたことは謝るが、お前と言えどそれ以上意言ったら容赦せんぞ!)
(わ、分かりました…)
「?」
「な、何でもありませんから、今日もお仕事頑張って下さいませ、姉上!」
「え、えぇ、こちらに構っていると神無さんこそ遅れますよ?」
「ん?そうか?ならええんやけど…」
「それでは、神無さん。また後で」
 「つまり、これが祓いの根源や。」
午後の授業の最後は呪術の基礎を学ぶものであった。
(昨日、神無さんが帰りに「明日やる」って言ってたっけ?)
「札を使ったり、塩を撒いたり、ひたすらに祈ったり…まぁやり方はそれぞれやな」
そう言いながら、神無はその仕草をして見せた。
そんなやりとりがありながら、今日も放課となる。
「さって、今日も終わったなぁっと。」
「雪人。」
帰り支度をしていると不意に声を掛けられた。
「あ、玲奈さん。」
「私は今日は用事があって、一緒には帰れないが、一人で平気か?」
「何ですか?急に」
普段の帰り道はお互いの馴染みもあってか、3人一緒に帰宅することもあるのだが、一人で帰ったり、別の友人と帰ったことも何度かある。一人で平気かと聞かれれば平気な筈だ。
「いや、別にお前を子供扱いしてるとかじゃなくてだな、昨日の占いの卦が少し気になるのでな。」
言われて雪人は思い出す。
『よくも悪くもなり得る、そんな卦だな。』
そう、昨日も夜道の一人歩きには気を付けろと言われたので早々に帰宅したのだ。
「何をどうしたらいいかは分かりませんけど、気をつけます。お気遣い有難う御座います。」
「なに、お前のことが心配になってな。」
不器用だけど優しい、玲奈なりの気遣いである。
付き合いの長い雪人だからこそ察することのできる気持ちである。

学校を後にし、暗い夜道を一人帰る雪人。
(なんだかんだで、結構遅くなってしまったな…)
日が落ち、辺りも暗く、そして人も居ない
人を不安にさせる、そんな類の状況である。
(神無さんが託してくれた御札がある…大丈夫、大丈夫だ!)
そう言い聞かせながら夜闇を突き抜ける。
<おおおおおおおおおお…>
「?」
何かが聞こえた、そして何かが駆ける音がした…
<うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお…>
「誰!?」
震えながら、うなり声と足音の主を探した。
「もしかして…魔物!?く、来るなら来い!お、お前なんか…」
この御札でやっつけてやる…そう言いたいが、やはり声にならない
その弱々しい挑発に乗ってか、遂に唸り声の主が雪人の前に姿を現す。
魔物、妖怪、呼び方は様々だがつまりは異形…この世の者ではない
それは、黒い塊に覆われた人型のモノであった。
「くそ、僕だって学園通いだ、お前なんかに…」
やられるものか…そう続けたいのだが肝心なところで詰まってしまう。
(玲奈さんなら、玲奈さんならこんな奴余裕なのに…)
そんなことを思っていても、無情にも異形との距離は近づいている
(くそ、どうすれば…そうだ、御札!)
「こ、このお!あ、悪霊退散!!」
思い出したように叫びながら懐の符を異形に向かって放つ
異形の目の前で符が炸裂する、殺ったか?
煙の中に、異形は居た。
先ほどとさして変わらぬ出で立ちで、いや所々に傷を負っているか
(ここまで…か)
「やはり、その符ではその程度か…」
「威力は期待しない、そうやったろ?」
「玲奈さん!神無さん!」
間一髪…かどうかはさておき、聞きなれた声に安心する
「やれやれ、仕事を終えて帰ってみれば、可愛い弟子の危機とはなぁ…」
「まったく、油断も隙もあったものではないとはこの事ですね、姉上。」
いつもの世間話でもするような調子だ。
あの二人は違うところに居る。
恐怖にすくんでしまっている雪人にはそう見える。
「これを使え、雪人」
そう言って玲奈は雪人に弓を差し出した。
「これは?」
「お前用に拵えた物だ、取っておけ」
「え、でも何故今これを?」
雪人は渡された弓をまじまじと見る。
それは、どう見ても戦に使えそうな立派なものである。
「お前の初陣を飾ってやろうと思ってな、嬉しいか?」
「初陣って?僕も戦うんですか!?」
「前に『守られてるだけは嫌だ。』そう言ったろ?」
「だからってこんな時に…」
「別に見ているだけでもいい、やれないのなら無理にはさせない」
こんな時ばかりは玲奈が強く見える、いや実際強いのだ。
玲奈と雪人の試合の戦績は100戦93勝7敗で玲奈が圧倒的に勝利している。
雪人は「剣じゃ、玲奈さんに勝てるわけありませんよ」と言うがそれでも何ゆえか7回は勝っているのだ。
しかし、その7回についても雪人は「今日は偶々うまくいっただけです」と控えめである。
いや、雪人の話だけでは強いかの判断はできないだろう。
まぁ、取りあえず強いのだ、と今は言っておこう
玲奈が異形に向かって斬りかかるが、黒い靄に剣を弾かれてしまう。
神無も、懐からいくつか符を投げつけてみるが、これもまるで効果が無い。
「姉上、こいつは…」
「うん、間違いないな」
二人して互いに頷き合う。
「あの、どういうことです?」
「そうだな、説明しておくか…」
「多分、この状況やと頼りは雪人やからな」
雪人は相変わらず分からない、と言った表情である。
「いいか、雪人。奴は並の化け物とは違う、まずそれは分かるか?」
「いえ、僕にはそこのところはさっぱり…」
そう、雪人はただ、玲奈と神無の二人が妖怪退治の様な事をしているとだけしか知らない。
多分、異形との遭遇もこれが始めてである。
「戦えないなら後ろに控えていて貰おうかとも思ったけどそうも行かないらしいな。」
「と、言いますと?」
「まず、さっき渡した弓だ。それが必要になる」
「ええ。」
弓に関しては雪人の得意分野である。
だが、それと何の関係があるのかはやはり理解できない。
「アレは邪気の塊だ、それを祓う為にその弓で奴を撃つんだ」
「でも矢が…」
「矢はお前の気で放て、それはその為の弓なのだからな」
雪人は考えている…、確かにいつも玲奈が守ってくれていた。
だから安心できた。
ならば、今も行けるのでは?
自分も戦うことができるのでは?
(守ってもらうばかりじゃ駄目だ、僕も戦おう)
「分かりました、自信はありませんがやってみます」
「いい返事だ…」
雪人は控えめな性である。
故に、自信があっても自信はない…そう言うのである。
そんな雪人の事を玲奈はよく分かっていた、それでいいのだ…と。
「来るぞ!」
「雪人、こっちや!」
「は、はい!」
玲奈は正面を取るように、神無と雪人はそれぞれ後を取るように相手との位置を取った。
「姉上!」
「まかしとき!」
玲奈の呼びかけに応じて懐剣を手に取った神無が異形の背中から一閃を見舞う。
相変わらず、手ごたえは無い。
背後からの攻撃に戸惑う異形、苛立ちながら振り返る。
だが、その振り返ったところで今度は玲奈が背中に斬りこむ。
そこで異形の動きは確かに鈍った。
「今だ、放て!」
「は、はい!」
雪人は弓に気を籠めた。
自分用に拵えたとは言われたが、実際に弓を構えてみると言われた事が頷けた。
まるで、長年使ってきたかのように自らの手に馴染んだのだ。
弦を引き、そこに矢がある様子を思い描く。
(あの闇を撃ち抜く矢を…)
やがて弓に一筋の光が現れる。
「当たれ!」

光の矢が夜の闇を翔けた。
その矢が異形を包んでいた闇に命中する。
<ぐおおおおおおおおおおおお!>
異形が鳴く、その声は恐らくこの世に住むどんな生物からも発せられることは無いだろう。
一つ鳴く毎に異形を包んでいる闇が散る。
それとともに、闇の中に居る異形の体も散っていく。

時は夜明け。
まるで先ほどまで戦っていた異形が夜の闇であったかの様だ。
ある退魔師の言葉であるが、時として異形の放つ闇が夜を遅らせていると言う説もあるのだが、まさかな…と3人は互いに頷きあった。「さってと、さすがに色々と説明せなあかんな」
「そうですね、もう雪人もこっち側の人間となる他ないでしょう」
説明?こっち側?何を言っているのだ、終わったのだからそれでいいのでは。
そんな考えが雪人の中にあった。
「あの、何の事ですか?」
「流石にこれだけ巻き込んでおいて何もなし…と言うわけにはいかないだろう?」
「ただ、知ればもっと戻れなくなるんやけどな」
つまり、真実を知らずに平穏な日々を送るか、真実を知って深い場所へと迷い込むかの2択である。
だが、これだけのことがあって何もなかった…などと思えるだろうか?
そうなると当然選択肢は唯一つ。
「教えて頂けますか?」
雪人は決意した、例え深い場所へ迷い込もうとこの二人と一緒なら乗り切れる。
そんな気がしたと言うのもあるのだろう。
「知れば戻れなくなるぞ?」
「構いません、それにこのまま忘れるだなんてできるほど、僕は器用じゃありませんよ」
「本当にそれでいいんやな?」
神無が再度確認を促す、即ちこれが最後の答えとなろう。
「はい、大丈夫です」
「それがお前の答えか…、分かったならば私達と共に来い」
「そうやな、これでお前も退魔師の一員やな」
退魔師になること、それが退魔師の学校御剣学園の生徒の目標である。
そして、その退魔師の一員として認められた時、今までの平穏な生活に別れを告げ戦いの渦中に身を委ねる事になること、それは学園の生徒になった時より承知の上であった。
だが、今こうして戦闘を経験し、退魔師に認められたと言うのに
いまいち実感が沸かないのは、戦いの世界そのものが現実離れしている所為かもしれない。
これもある退魔師の言葉なのだが「妖との戦いは常に幻想の中である」と。
「歓迎しよう、我ら御剣退魔師団へようこそ」
「団言っても、まだこれで3人やないか…」
「え、そうなんですか?」
団というより小隊と言うのが似合いそうな人数である。
「そ、そこはええと、これから増えるから問題無い!」
焦りながらに玲奈はそう言った
(そう、我が家に伝わる伝承では後5人、後5人の者と出会う筈なのだ)
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