第1話

文字数 2,218文字

 突然だが、私の身長は190センチある。日本において、身長が190センチを越す人は10000人に6人の割合でしか存在しないというデータもあり、非常に希少性が高いことは明らかであろう。これを読んでいるあなたには、私の外見は見えないので信じ難いかもしれないが、これは事実である。確かに疑う気持ちもわかるけど信じてほしい。いや、信じないなら信じないでいいけど、一旦、お願いします。
 ここまで身長が高いと、初対面の人からの質問はおおよそ次のように限定されてくる。

「身長高いですね。何センチあるんですか?」
「学生時代は何かスポーツをやってたんですか?」
「(主に男性から)身長高いの羨ましいですね〜」

私は、このような質問に対し誇張もせず、ありのまま答えている。

「だいたい190センチですね。この前の健康診断ではぎりぎり190センチ下回ってたんですけどね(笑)え?ここまで身長が高いとモテるだろって?いや全然モテないんですよ(笑)」
「身長高いので、よくバスケかバレーやってたの?って聞かれるんですけど中高ともに軟式テニスをやってましたね。え?いや〜モテないですね」
「いやいや〜実際ここまで高いと不便なことばっかりで羨ましいところなんてありませんし、モテないです」
 あまりにも頻繁に同じような質問を受けるので、私はひらめいた。定型の質問に対してあらかじめ練りに練った面白い回答を考えておき、実際に想定した質問が来た時に、瞬時に、あたかも当意即妙かのように面白い返答を繰り出して、私の評価をぶち上げる作戦である。そして特筆すべき点として、この作戦が発動するのは初対面の方とお会いした時なので、対人コミュニケーションで最も重要と歌われる第一印象の評価を最大化させることが可能になる。
 この考えを思いついた時、私は自分の才能に嫉妬した。同時に、ノーベル賞にコミュニケーションのジャンルがないのを惜しく感じた。
 この作戦のキーポイントは、想定される質問に対し、どのような回答をするかである。まずは、最頻出である「身長高いですね。何センチなんですか?」への回答を考えてみることにした。しかし、これがなかなか難しい。
「何センチだと思います?」と質問を質問で返すのはどうだろうか。いや、これはうざい。合コンで、ぎりぎり20代だろうかと思わしき女性に年齢を聞いた時と同じような煩わしさを感じてしまう。「28歳とかですかね?あっ、この前30歳になったところなんですね。いや、お若く見えますよ、ほんとに。聞いてすいません」的な。
 では、あえて誇張してあり得ないほど大きな数字を言ってみるのはどうだろうか。いや、これもよろしくない。「634メートルです!」と言ってみたところで、相手方もリアクションに困るだろうし、仮に頭の回転の早い人が「スカイツリーと同じ高さじゃねえか!」と突っ込んでくれたとしても盛り上がる景色が見えない。「しーん」と沈黙がうるさい。
 煩わしくなく、一発で相手に浸透し、その場の盛り上がりがある程度想定できる言い回し。泡沫のように、アイデアが浮かんでは消えてを繰り返し、諦めかけたそのときだった(諦めかければ必ず「そのとき」が来る世の傾向に違和感が止まらないが、便利な言い回しであることには間違いないのでつい使ってしまう)。
 具体名は伏せるが、某アイドルグループの、黄色をトレードマークにした女性の話である。彼女は、彼女の身長の高さに触れられるたびに、決めた返答を心がけているらしい。その言葉が「錯覚です」だ。やられた、と思った。「錯覚」の言葉には、「身長そんなに高くないんですよ」のニュアンスを含むため、不快感よりも謙虚さが勝つ。また、「身長高いですね」→「錯覚です」の流れは言語的にもごく自然のように思われるため、違和感がなく、その場に一発で浸透し、大盛り上がりとは言えないまでも、ユーモアのセンスを感じさせる洒脱な雰囲気さえ纏っている。自分が発言しているシチュエーションを思い浮かべるたびに、直感は確信に変わっていった。しおりん、ありがとう。拝借させていただきます。
 しかし、若い女性アイドルと老け顔の20代男性が言うのとでは当然周りの反応は違う。

「え?錯覚なわけないですよね?」と正論を述べる方。
「結局何センチなんですか?」と質問と答えの整合性を指摘する方。
 「だからモテないんじゃないの?」と本質をつく方。いや、それは言い過ぎじゃないか。
 
 結局、「錯覚です」は雇い止めをして、頂戴した質問には真摯に、誇張をせず、ありのままの返答をするようにした。小手先の技は却ってコミュニケーションの阻害となることを悟ったためである。
 私の身長が平均程度ならば、このような会話の返答ひとつに思い悩む必要もなかったのであろうか。いや、そんなことはない。仮に私の身長が170センチだったとしても、また別の身体的、もしくは性格的特徴から発生する何かに思い悩むことになるだろう。
 ところで、これを読んでいるあなたも、自分の見た目や能力によって苦しんだ経験はないだろうか。
 芥川龍之介の短編『鼻』は、鼻が顎の下まで伸びている僧が主人公の物語である。鼻はあくまでメタファーであり、物語の根底に流れるテーマは、きっと誰もが共感できるものであると思う。自分にどこかコンプレックスがある人には、ぜひ読んでほしい作品だ。
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