第1話
文字数 3,385文字
昼休み、校内の廊下を友達の山崎康太と歩いていると、向こうから女生徒がやってきた。身長は165センチはあるだろうか?僕より少し低いくらい。艶やかな黒髪ロング。涼し気な目元が印象的なクール系美少女だ。
その美少女が、僕とすれ違いざまに耳元でささやいた。
「一週間後、あなたは死にます」
「え?」
驚いて僕が彼女を見ると、一瞬口角を上げて微笑んだが、すぐに真顔になって、通り過ぎて行った。
「今の高瀬先輩だろー?やっぱりきれいだよなー!」
康太が興奮気味に言ってくる。
「高瀬先輩?」
「おまえ知らないのかよ?二年の高瀬桜子先輩。美人で有名じゃん!」
「そうなんだ……」
確かに美人だ。しかし、今僕は、それどころではなかった。
なんなのだ、一週間後に死ぬって!?
第一志望の高校に合格して半年。先月16歳の誕生日を迎えたばかり。
僕は16歳で人生を終えるというのか?冗談じゃない。悪ふざけにもほどがある。
美人美人ともてはやされて、性格がひねくれてしまったんじゃないのか?
……それとも、本当に僕は、あと一週間で死ぬのか?
一抹の不安が心をよぎった。
放課後。
康太はサッカー部に入っているが、僕は帰宅部だ。
一人で駅に向かって歩いていると
「浅井類くん」
後ろから声をかけられた。落ち着いた上品な感じの声。
振り向くと高瀬桜子がいた。
「なんで僕の名前知ってるんですか?」
「あなた、かわいいって、二年の間で有名よ」
「そ、そうなんですか?」
「透明感のある肌、ふわふわで柔らかそうな髪、つぶらな瞳、それに……」
「あー!もういいです!」
僕からしたら、そういった面は、むしろコンプレックスでもあるのに……。
「そういう反応がまたかわいいのよね。なのに、あと一週間で死んじゃうなんて、かわいそうに……」
まだ言うか?
「それ!やめて下さいよ!」
「あら?本当の事よ?」
「からかわないで下さい!」
僕は彼女を無視して歩き始めた。
「ねぇ」
彼女が僕の側に寄って話しかけてくる。
「……なんですか?」
「思い出作りしてあげる」
「え?」
「だから、死ぬまでの一週間、一緒に楽しもう?」
そして彼女は、放課後や休日、毎日のように僕を連れまわした。まぁ、中間テストは終わってるから別にいいんだけど。
一日目、木曜日、カラオケ。きれいな彼女の歌声に、つい聴き惚れてしまった。
二日目、金曜日、映画館。クールそうに見えて、意外と涙もろいのだと知った。
三日目、土曜日、遊園地。高瀬桜子は、ゆったりとした白いニットのセーターにキャメルのロングスカート、ちょっとおしゃれな感じのスニーカーという出で立ち。初めて私服を見た。上品な雰囲気が彼女らしいなと思った。僕はといえば、紺のパーカーにジーンズ、履きなれたスニーカー。おしゃれの事は、よくわからない。
ジェットコースターに乗ろう、とあっちから誘っておきながら、恐怖におののいていたのが、ちょっとおかしかった。
四日目、日曜日、美術館。黒いワンピースが高瀬桜子の美しさを際立たせていた。靴も黒でローヒールのパンプスという感じ。彼女にきちんとした服で来て、と言われていたけれど、そんな服持っていないので、ブレザーとネクタイならいいだろうと制服で行ったら苦笑された。いろいろと絵の説明をしてくれた。高尚な趣味がある事を知った。
五日目、月曜日、バッティングセンター。彼女は何回かホームランを打って、そのたびにガッツポーズをしていたのが微笑ましかった。
六日目、火曜日、今日は両親の帰りが遅いから私が夕食を作ってあげるわ、と言われ彼女の家に行く事になった。
閑静な住宅街の中にあるその家は、広い庭のある、なかなか立派な一戸建てだった。
20畳はありそうなLDK。白い壁、黒いソファとやはり黒いダイニングテーブルが印象的だった。
着替えてくる、と言って彼女は自分の部屋に行ったようだったが、しばらくして戻って来た。
デニムのワンピースにローズ色のエプロン、髪は後ろで一つに束ねられていた。いつもと違う雰囲気。
「エプロンかわいいですね」
と僕が言うと、彼女は、ちょっと顔を赤くしたが、気が散るから出来るまでここに座っていて、と言われ、僕はリビングのソファに座らされた。
すごい大きなテレビが目に入った。65インチくらいか?僕の家や康太の所は43インチ。65インチなんて電気屋くらいでしか見た事がない。
「テレビつけていいですか?」
と僕が訊くと
「いいわよ」
と言われたので、つけてみた。すごい迫力だ。とりあえず料理が出来るまで、僕はテレビを見る事にした。
一時間ほどして出来上がったのは、カレーとサラダだった。きれいな器に盛りつけてある。
彼女の白くてほっそりとした左手の人差し指に絆創膏が貼ってあった。まぁ、その事には触れないでいてあげよう。
彼女は髪をほどき、エプロンも外していた。エプロン似合っていたんだけど、まぁ、いいか。
ダイニングテーブルに向かい合って座る。
味の方がちょっと心配だったけど、意外とおいしかった。
「この一週間で類くんが、まぁまぁ歌がうまいとか、バッティングセンスがない事とか、絵画の知識がゼロな事とか、いろいろわかって楽しかったわ」
食べながら彼女が言った。僕の思い出作りをしてあげると言っておきながら、結局自分が楽しんでいたわけだ。でも、その後
「類くんはどう?楽しかった?」
と、ちょっと不安げに訊いてきた。僕の反応も気になるらしい。
「楽しかったですよ」
と僕は言った。本当に。本当に楽しかったのだ。いろいろな表情を見せる彼女を見るのが。
「なら良かった」
と彼女は、すました感じで言った。
「結局、僕が死ぬというのは冗談だったわけですね?」
サラダのレタスを口に入れながら僕は言った。
「ううん、冗談じゃないわよ」
と彼女。まだその話は続くのか。
「僕、どういう風に死ぬんですか?」
彼女に訊いた。
「明日、放課後、学校の屋上に来て」
と、高瀬桜子は言った。
翌日の放課後。
僕は、高瀬桜子に言われた通り、学校の屋上に行った。
がらんとした屋上。風が少し冷たかった。
高瀬桜子が一人、フェンスの近くにいた。長い黒髪が風に揺れている。背筋が伸びた後ろ姿がきれいだった。
僕の気配に気付いた彼女が振り返った。目が合った。微笑みながら彼女は僕に近づいて来た。
そして言った。
「これから、あなたを殺してあげる」
え?殺す?僕は彼女に殺されて死ぬのか?
「こ、殺すって、やめて下さいよ!
彼女が僕のネクタイをつかんだ。もしかして、しめ殺されるのか?
「ちょ、ちょっと、待って……」
僕は必死で抵抗したが、次の瞬間、僕の唇を彼女が奪った。
一瞬、頭の中が真っ白になった。初めてのキス、しかも、こんな唐突に……。確かに、心臓射抜かれた。人の事、勝手に殺しやがって!
「こんなやり方、ひどいじゃないですか!」
彼女は、不敵な笑みを浮かべながら言った。
「だって、類くん、かわいいから、つい、からかいたくなっちゃって」
くそー!からかわれてばっかでいられるか!!僕だって男だぞ!
僕は、彼女の肩をつかまえると、強引にキスをした。
高瀬桜子は、驚いた顔で僕を見つめた。
今度は、僕が不敵な笑みを浮かべながら言ってやった。
「これで、あなたも死にましたね」
クールぶっても、意外とかわいい所があるのは、もう知っている。
彼女は真っ赤になっていた。
「ふ、不覚だったわ」
「自分からキスしたの何回目?」
僕は多少ぶっきらぼうに訊いた。
「初めてよ」
伏し目がちに彼女は言った。
「キスされたのは?」
と訊くと
「……それも初めて」
と俯 ながら言った。よくもまぁ、初めてのくせして大胆な事をしてくれたものだな。なめられたものだ、と思いつつも、不快ではなかった。
「付き合ってあげてもいいですよ」
と僕は言った。
「それは私のセリフよ!」
しおらしくしていたのに、突然むきになるのが彼女らしい。
「もう、どっちでもいいですよ、帰りましょうか?」
僕がそう言うと
「そ、そうね、帰りましょ」
動揺しているくせして冷静であろうとする彼女が、なんかかわいくておかしかった。
突然耳元でささやかれた一週間後、僕達は、殺しあって、お互い死んで、そして付き合う事になりました!
その美少女が、僕とすれ違いざまに耳元でささやいた。
「一週間後、あなたは死にます」
「え?」
驚いて僕が彼女を見ると、一瞬口角を上げて微笑んだが、すぐに真顔になって、通り過ぎて行った。
「今の高瀬先輩だろー?やっぱりきれいだよなー!」
康太が興奮気味に言ってくる。
「高瀬先輩?」
「おまえ知らないのかよ?二年の高瀬桜子先輩。美人で有名じゃん!」
「そうなんだ……」
確かに美人だ。しかし、今僕は、それどころではなかった。
なんなのだ、一週間後に死ぬって!?
第一志望の高校に合格して半年。先月16歳の誕生日を迎えたばかり。
僕は16歳で人生を終えるというのか?冗談じゃない。悪ふざけにもほどがある。
美人美人ともてはやされて、性格がひねくれてしまったんじゃないのか?
……それとも、本当に僕は、あと一週間で死ぬのか?
一抹の不安が心をよぎった。
放課後。
康太はサッカー部に入っているが、僕は帰宅部だ。
一人で駅に向かって歩いていると
「浅井類くん」
後ろから声をかけられた。落ち着いた上品な感じの声。
振り向くと高瀬桜子がいた。
「なんで僕の名前知ってるんですか?」
「あなた、かわいいって、二年の間で有名よ」
「そ、そうなんですか?」
「透明感のある肌、ふわふわで柔らかそうな髪、つぶらな瞳、それに……」
「あー!もういいです!」
僕からしたら、そういった面は、むしろコンプレックスでもあるのに……。
「そういう反応がまたかわいいのよね。なのに、あと一週間で死んじゃうなんて、かわいそうに……」
まだ言うか?
「それ!やめて下さいよ!」
「あら?本当の事よ?」
「からかわないで下さい!」
僕は彼女を無視して歩き始めた。
「ねぇ」
彼女が僕の側に寄って話しかけてくる。
「……なんですか?」
「思い出作りしてあげる」
「え?」
「だから、死ぬまでの一週間、一緒に楽しもう?」
そして彼女は、放課後や休日、毎日のように僕を連れまわした。まぁ、中間テストは終わってるから別にいいんだけど。
一日目、木曜日、カラオケ。きれいな彼女の歌声に、つい聴き惚れてしまった。
二日目、金曜日、映画館。クールそうに見えて、意外と涙もろいのだと知った。
三日目、土曜日、遊園地。高瀬桜子は、ゆったりとした白いニットのセーターにキャメルのロングスカート、ちょっとおしゃれな感じのスニーカーという出で立ち。初めて私服を見た。上品な雰囲気が彼女らしいなと思った。僕はといえば、紺のパーカーにジーンズ、履きなれたスニーカー。おしゃれの事は、よくわからない。
ジェットコースターに乗ろう、とあっちから誘っておきながら、恐怖におののいていたのが、ちょっとおかしかった。
四日目、日曜日、美術館。黒いワンピースが高瀬桜子の美しさを際立たせていた。靴も黒でローヒールのパンプスという感じ。彼女にきちんとした服で来て、と言われていたけれど、そんな服持っていないので、ブレザーとネクタイならいいだろうと制服で行ったら苦笑された。いろいろと絵の説明をしてくれた。高尚な趣味がある事を知った。
五日目、月曜日、バッティングセンター。彼女は何回かホームランを打って、そのたびにガッツポーズをしていたのが微笑ましかった。
六日目、火曜日、今日は両親の帰りが遅いから私が夕食を作ってあげるわ、と言われ彼女の家に行く事になった。
閑静な住宅街の中にあるその家は、広い庭のある、なかなか立派な一戸建てだった。
20畳はありそうなLDK。白い壁、黒いソファとやはり黒いダイニングテーブルが印象的だった。
着替えてくる、と言って彼女は自分の部屋に行ったようだったが、しばらくして戻って来た。
デニムのワンピースにローズ色のエプロン、髪は後ろで一つに束ねられていた。いつもと違う雰囲気。
「エプロンかわいいですね」
と僕が言うと、彼女は、ちょっと顔を赤くしたが、気が散るから出来るまでここに座っていて、と言われ、僕はリビングのソファに座らされた。
すごい大きなテレビが目に入った。65インチくらいか?僕の家や康太の所は43インチ。65インチなんて電気屋くらいでしか見た事がない。
「テレビつけていいですか?」
と僕が訊くと
「いいわよ」
と言われたので、つけてみた。すごい迫力だ。とりあえず料理が出来るまで、僕はテレビを見る事にした。
一時間ほどして出来上がったのは、カレーとサラダだった。きれいな器に盛りつけてある。
彼女の白くてほっそりとした左手の人差し指に絆創膏が貼ってあった。まぁ、その事には触れないでいてあげよう。
彼女は髪をほどき、エプロンも外していた。エプロン似合っていたんだけど、まぁ、いいか。
ダイニングテーブルに向かい合って座る。
味の方がちょっと心配だったけど、意外とおいしかった。
「この一週間で類くんが、まぁまぁ歌がうまいとか、バッティングセンスがない事とか、絵画の知識がゼロな事とか、いろいろわかって楽しかったわ」
食べながら彼女が言った。僕の思い出作りをしてあげると言っておきながら、結局自分が楽しんでいたわけだ。でも、その後
「類くんはどう?楽しかった?」
と、ちょっと不安げに訊いてきた。僕の反応も気になるらしい。
「楽しかったですよ」
と僕は言った。本当に。本当に楽しかったのだ。いろいろな表情を見せる彼女を見るのが。
「なら良かった」
と彼女は、すました感じで言った。
「結局、僕が死ぬというのは冗談だったわけですね?」
サラダのレタスを口に入れながら僕は言った。
「ううん、冗談じゃないわよ」
と彼女。まだその話は続くのか。
「僕、どういう風に死ぬんですか?」
彼女に訊いた。
「明日、放課後、学校の屋上に来て」
と、高瀬桜子は言った。
翌日の放課後。
僕は、高瀬桜子に言われた通り、学校の屋上に行った。
がらんとした屋上。風が少し冷たかった。
高瀬桜子が一人、フェンスの近くにいた。長い黒髪が風に揺れている。背筋が伸びた後ろ姿がきれいだった。
僕の気配に気付いた彼女が振り返った。目が合った。微笑みながら彼女は僕に近づいて来た。
そして言った。
「これから、あなたを殺してあげる」
え?殺す?僕は彼女に殺されて死ぬのか?
「こ、殺すって、やめて下さいよ!
彼女が僕のネクタイをつかんだ。もしかして、しめ殺されるのか?
「ちょ、ちょっと、待って……」
僕は必死で抵抗したが、次の瞬間、僕の唇を彼女が奪った。
一瞬、頭の中が真っ白になった。初めてのキス、しかも、こんな唐突に……。確かに、心臓射抜かれた。人の事、勝手に殺しやがって!
「こんなやり方、ひどいじゃないですか!」
彼女は、不敵な笑みを浮かべながら言った。
「だって、類くん、かわいいから、つい、からかいたくなっちゃって」
くそー!からかわれてばっかでいられるか!!僕だって男だぞ!
僕は、彼女の肩をつかまえると、強引にキスをした。
高瀬桜子は、驚いた顔で僕を見つめた。
今度は、僕が不敵な笑みを浮かべながら言ってやった。
「これで、あなたも死にましたね」
クールぶっても、意外とかわいい所があるのは、もう知っている。
彼女は真っ赤になっていた。
「ふ、不覚だったわ」
「自分からキスしたの何回目?」
僕は多少ぶっきらぼうに訊いた。
「初めてよ」
伏し目がちに彼女は言った。
「キスされたのは?」
と訊くと
「……それも初めて」
と
「付き合ってあげてもいいですよ」
と僕は言った。
「それは私のセリフよ!」
しおらしくしていたのに、突然むきになるのが彼女らしい。
「もう、どっちでもいいですよ、帰りましょうか?」
僕がそう言うと
「そ、そうね、帰りましょ」
動揺しているくせして冷静であろうとする彼女が、なんかかわいくておかしかった。
突然耳元でささやかれた一週間後、僕達は、殺しあって、お互い死んで、そして付き合う事になりました!