権威の形
文字数 1,850文字
「余の権威は、生きている間のみなのか?」
王の間でぼそりと呟かれたその言葉は、誰に拾われるものでもなく、しかし、その場に居合わせた臣下の耳にはっきりと届いていた。
臣下たちは、一様に黙す。
余計な一言で何かを思いつかれてしまっては困るからだ。
ただでさえ、暖かくなって来て豊穣を願う祭りを執り行う準備などをしなければならないし、大王の結婚式の準備などもある。
当然、通常の執政業務もある。
目が回るほど忙しいのにこれ以上何か増やされてはたまったものではなかった。
(またぞろ、大王が何か仰っておられる・・・死してなお権威など、神同然とも言われる大王が何を心配することがあろうか)
大王の傍に控える重臣は、そう思ったが口にはしない。
「ふむぅ・・・何か・・・」
そう唸る大王の側には、各地の報告が書かれた石版がある。その一つを大王は、手にし、書かれた文に目を通し、
「良 いことを思いついた」
ぱっと顔を上げた。まるで妙案が思い浮かび、実現間違いなしだというようだ。
「余の権威を示す、それも死後も永久にするならば、墓を大きくすれば良いのだ。そして、埋葬する装飾品も数多くし、ひときわ豪勢なものを作り、一緒に納めれば良い。こうすれば、後の世でも余の偉大さが示され、讃えられるに違いあるまい」
今度こそ、その場に居る全員が作業していた手を止め黙り込んだ。目線で誰がその意見を阻止すべきかを押しつけ合う。神も同然の大王に意見をするのだ。ただでは済まされないことはその場に居る者全員が理解していた。故に、誰もが嫌だと押し合いへし合いしている内に一人の人間の元へ視線が集まった。注目されたは、大王の後方に控えている重臣だった。
彼は、集まった視線に鋭く、
(嫌ですよ、全く、なんで毎回私なのですか)
と返しつつも短く息を吐いた。方々からの縋るような視線は霧散する様子がない。彼は、もう一度小さく短く息を吐くと徐 に口を開いた。
「・・・王よ。発言をお許しいただけますか」
「よい、許す」
「畏 れながら、幾ら墓を大きくしたところで、我が王の偉大さを示すには不十分だと思われます。また、一緒に埋葬する装飾品を豪勢にしたところで、それは王の権威ではなく王の散財さを示すものとなりましょう」
大王の目が鋭く細くなる。空気がひやりと真冬のように冷えていくような感覚をその場の全員が感じた。
大王は、神にも等しい存在だ。人々は畏れ敬い讃えなければならない。大王の言うことに意見するなど、考えるだけでも死を意味しかねないというのに、大王の後ろに控える重臣は平然としてやってのけた。
「・・・ほう、では、主 は何とすれば余の権威を示せると思うておるのか」
冷ややかな声が響く。返答次第では、重臣であってさえも即刻処刑するとでも言いかねない、そんな声だ。
しかし、重臣は、その声に怯えることなく、真っ直ぐと王の後ろ姿を見据えながら声を発した。
「はい。私 めの考えを申し上げる前に、まず、我が王は民に慕われておられます。現に、今でも民の窮状を変えんが為に多くの施策をなさっておいでです」
「・・・そうだ、それが余の当然の責務であり、務めなければならぬものであり、余が護るべき民の為であるからだ」
大仰に王が頷く。冷え切った空気が少し和らいだような気がした。
「そう、それが、我が王。我が王は、王なくして民あらず、民なくして王あらずでございますれば。墓を大きくするなどより、死した民も王と供に新たな旅路へ逝 けるようなものを造る方が、余程、我が王の権威を示すことができましょう」
重臣は、自信満々に言い切った。少しして、おぉ、とそこかしこから感嘆の声が上がった。それは良い案だ、確かに我が王らしいのではないか等とこれ幸いと今まで黙していた臣下たちが喋る。
大王は、しばらく目を閉じ黙していた。
ややもして。
徐に口を開いた。
「---確かに。主の言う通りであろう。余は民あっての余である。無論、ここに居る我が臣下たちの助力あってこその余ですらある。ならば、主の案は一考に値しよう」
瞬間、冷えていた空気が一気に穏やかな温かい空気に変わっていった。
そうして造られたのは、一艘 の大きな船形の埴輪。
王の力を示す刀や王の権威を示す杖などの象徴はもちろんのこと、民の暮らす家や馬も次々と造られたという。
そして、時が経ち、大王が崩御した。
多くの民が大王の死を悲しみ、嘆いた。そして、それぞれが造った埴輪や船形埴輪、家や馬の埴輪を持って大王の墓へ共に埋葬されたという。
王の間でぼそりと呟かれたその言葉は、誰に拾われるものでもなく、しかし、その場に居合わせた臣下の耳にはっきりと届いていた。
臣下たちは、一様に黙す。
余計な一言で何かを思いつかれてしまっては困るからだ。
ただでさえ、暖かくなって来て豊穣を願う祭りを執り行う準備などをしなければならないし、大王の結婚式の準備などもある。
当然、通常の執政業務もある。
目が回るほど忙しいのにこれ以上何か増やされてはたまったものではなかった。
(またぞろ、大王が何か仰っておられる・・・死してなお権威など、神同然とも言われる大王が何を心配することがあろうか)
大王の傍に控える重臣は、そう思ったが口にはしない。
「ふむぅ・・・何か・・・」
そう唸る大王の側には、各地の報告が書かれた石版がある。その一つを大王は、手にし、書かれた文に目を通し、
「
ぱっと顔を上げた。まるで妙案が思い浮かび、実現間違いなしだというようだ。
「余の権威を示す、それも死後も永久にするならば、墓を大きくすれば良いのだ。そして、埋葬する装飾品も数多くし、ひときわ豪勢なものを作り、一緒に納めれば良い。こうすれば、後の世でも余の偉大さが示され、讃えられるに違いあるまい」
今度こそ、その場に居る全員が作業していた手を止め黙り込んだ。目線で誰がその意見を阻止すべきかを押しつけ合う。神も同然の大王に意見をするのだ。ただでは済まされないことはその場に居る者全員が理解していた。故に、誰もが嫌だと押し合いへし合いしている内に一人の人間の元へ視線が集まった。注目されたは、大王の後方に控えている重臣だった。
彼は、集まった視線に鋭く、
(嫌ですよ、全く、なんで毎回私なのですか)
と返しつつも短く息を吐いた。方々からの縋るような視線は霧散する様子がない。彼は、もう一度小さく短く息を吐くと
「・・・王よ。発言をお許しいただけますか」
「よい、許す」
「
大王の目が鋭く細くなる。空気がひやりと真冬のように冷えていくような感覚をその場の全員が感じた。
大王は、神にも等しい存在だ。人々は畏れ敬い讃えなければならない。大王の言うことに意見するなど、考えるだけでも死を意味しかねないというのに、大王の後ろに控える重臣は平然としてやってのけた。
「・・・ほう、では、
冷ややかな声が響く。返答次第では、重臣であってさえも即刻処刑するとでも言いかねない、そんな声だ。
しかし、重臣は、その声に怯えることなく、真っ直ぐと王の後ろ姿を見据えながら声を発した。
「はい。
「・・・そうだ、それが余の当然の責務であり、務めなければならぬものであり、余が護るべき民の為であるからだ」
大仰に王が頷く。冷え切った空気が少し和らいだような気がした。
「そう、それが、我が王。我が王は、王なくして民あらず、民なくして王あらずでございますれば。墓を大きくするなどより、死した民も王と供に新たな旅路へ
重臣は、自信満々に言い切った。少しして、おぉ、とそこかしこから感嘆の声が上がった。それは良い案だ、確かに我が王らしいのではないか等とこれ幸いと今まで黙していた臣下たちが喋る。
大王は、しばらく目を閉じ黙していた。
ややもして。
徐に口を開いた。
「---確かに。主の言う通りであろう。余は民あっての余である。無論、ここに居る我が臣下たちの助力あってこその余ですらある。ならば、主の案は一考に値しよう」
瞬間、冷えていた空気が一気に穏やかな温かい空気に変わっていった。
そうして造られたのは、一
王の力を示す刀や王の権威を示す杖などの象徴はもちろんのこと、民の暮らす家や馬も次々と造られたという。
そして、時が経ち、大王が崩御した。
多くの民が大王の死を悲しみ、嘆いた。そして、それぞれが造った埴輪や船形埴輪、家や馬の埴輪を持って大王の墓へ共に埋葬されたという。