第2話

文字数 1,438文字

 アンドルーが目覚めた時、土門は彼の枕元に腰を下ろし、窓の外を眺めていた。部屋の
入口には相変わらず歩哨が一人、監視を続けている。
 ゲリラたちの不味い食事には辟易したが、ジャングルから調達してくる果実や狩りの獲
物、また飼っている豚や鳥など、量の面では問題ない。鳥囲いの中で放し飼いになってい
る種々の鳥には土門の知らない極彩色の鳥がおり、臭くて蒸し暑くて泥と埃にまみれ、殺
伐としたこのゲリラのキャンプで唯一の慰めになっていた。
 アンドルーははっきりしない意識の中で視線を漂わせながら言った。
「ここは? あんたはいったい?」
「あんたは誘拐されたんだよ。ここはゲリラの秘密キャンプだ。俺は医者で、あんたを診
るために連れて来られた。はっきりと言っておくが、俺はゲリラの一味じゃない」
 身を起こそうとするアンドルーの肩を押さえながら土門は言う。
「まだ横になってた方が良い。ここはあんたみたいな高貴なお方が健康的な生活を送れる
場所じゃないんだ。それに出歩こうったってその右手じゃあな」
 右手を上げようとしたアンドルーはその手が手錠でベッドに繋がれていることを知る。
「じきににあんたのオヤジさんが身代金を払ってくれるだろうさ。そうすれば生きて帰る
ことができる」
 気休めのつもりだったが、アンドルーは笑みを見せて安心したようにうなづいた。この
男は相当な御坊ちゃん育ちなのだろうと思う土門であった。

 アンドルーの健康管理を任された土門は、そのままゲリラたちのキャンプで軟禁状態に
置かれることとなった。その後、ビアレ卿との人質返還交渉でシヨラたちはアンドルーの
身代金として五〇〇万ドル相当のダイヤモンドを要求。この国ではそれを金に換え、武器
を調達するのも容易なのだろう。実際、政府もビアレ卿たちダイヤモンド産業に携わる者
たちの言いなりに近いのだから無理もない。
 果たしてビアレ卿がこの要求を呑むのかどうか、反撃を警戒するゲリラたちが事の進展
に緊張の毎日を送っている中、土門はホアンが見た通りのキレ者で、部下たちは元より、
武器や食料の配備まで見事に管理していることに気付いた。漏れ聞いたゲリラたちの話だ
とホアンは掴み取った銃弾の数をその重さで正確に何発とまで見極めることができるとい
う。こういう逸話からしてゲリラたちが、頼りにする以上にホアンを畏れていることがわ
かる。土門はホアンがこのゲリラのキャンプから生還するための鍵だと確信した。

「ここから無事に戻れたら、あなたにお礼をしないといけませんね」
「頼むよ。五〇〇万ドルもあれば十分だ」
 アンドルーに土門が応える。二人がそんなジョークを交わすようになったのも、発熱は
治まったとはいえ、外に出ることは許されず、入口と窓の外には銃を手にした歩哨が立ち
塞がっている部屋で、アンドルーの慰めになるものは土門との会話だけだったからだ。
 アンドルーは生物学を学び、恩師であるウルリヒ・ロウクィン教授にこの未開の国に残
る自然環境を紹介するために父の許に戻って来たのだが、その矢先に誘拐されることにな
ってしまったのだ。
 アンドルーが言う。
「でも、教授は僕のことはそんなに心配してないだろうな。研究第一で屈託のない人だか
ら…」
 身代金を手にしたらゲリラたちが何をするかわからない状況で、アンドルーの方も随分
と屈託がない。土門はアンドルーに愛想笑いを向けながら脱出の手を考えていた。
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