第1話

文字数 1,911文字

僕が殺した友達の話をしよう。

ここに寝転ぶと、船の角度が39度に見えるんや。
と言ってケイが笑うので、僕は読んでいた小説から目を上げて、彼を見た。
暑い日で、僕達はケイの部屋で麦茶を飲みながら、だらだらと過ごしていた。
「お。やっと、こっち見た。何の本、読んでるん?」
僕が「動物農場」の表紙を見せると、ケイは、あからさまに顔を顰めて見せた。
「オーウェル?知らんな。オーイェイやったら知ってるんやけど」
それから、ケイは再び窓の外を向いて、言った。
「船がな」
「うん」
「こっから見ると、すごい小さく見えるから。あれに乗って、いつか、ぐんぐん遠くまで行ける気がしてくる」
「近くからやと、あかんの?」
今にして思えば下らない質問をしたものだ。けれどケイは困った顔をしただけで、僕を笑いはしなかった。
「まあ、やっぱり現実は色々難しいからな。せやけど、こっから見える景色が世界の全てちゅうのも寂しいやんか」
ケイの言う通り。その頃の僕達は、歩いて一周できる程の小島に住んでいて、そこが世界の全てだった。
僕とケイの違いは、僕は島での生活に満足していた一方、ケイは、それを受け入れていなかった事だ。
今にして思えば、この時が、僕がケイを殺そうと思った始まりの時だった。

それから1ヶ月後の嵐の日、僕は激しく揺さぶられて、目を覚ました。
焦った顔で、先生―僕達は島の大人を皆、そう呼んでいた―が僕を覗き込んでいる。
僕が目を覚ましたのに気付くと、先生は「ケイを知らないか」と、僕に尋ねた。
枕元の時計は、午前4時をさしていた。
「いいえ。知りません。ケイが、どうかしたんですか」
「姿が見えないんだ。ケイは君と仲が良いから、こっちに来てるのかと思ったんだが……。知らないならいいんだ。いや、起こして悪かったね。寝ていて構わないよ」
こんなに人が動き回っている中で眠れるわけない、と思いながら、僕は頷いた。
しかし予想外に疲れていたのか、先生が立ち去った後、僕はすぐに眠ってしまった。
夢を見たような気もするが、曖昧模糊として、思い出せない。
沖合で転覆している船が見つかったのは、嵐が過ぎ去った昼過ぎだった。
船は波に洗われて何の痕跡も無く、ケイの姿は、どこにも無かったらしい。
念の為に、島の内外で様々な捜索が行われたが、ケイは未だに見つかっていない。

愚かで可哀想な、愛すべきケイ。
彼は島から出ようとすべきではなかったのだ―この、罪を犯した少年達の島から。
僕は9歳の時、井戸に毒物を撒いて、大勢の人を死なせた。
ケイは爆弾魔で、11歳の時、ラッシュアワーの駅やショッピングモールを幾つも爆破したのだという。
僕達は捕まって裁判にかけられたが、この国で、僕達のように幼い凶悪犯(大人は、僕達をそう呼んだ)は過去に存在しなかったらしく、僕達をどうするか、かなりの議論が巻き起こったようだった。
その結果、新たに制定されたのが、いわゆる『少年隔離法』―僕達を離れ小島に閉じ込め、死ぬまで出さないという法律だった。
僕は、別にそれを不服に思わなかった。
だが、ケイは島の外側にある華やかな物を恋しがり、いつまでも島に馴染もうとしなかった。
彼にとって、爆弾で人々を死傷させた過去は、これ程の罰に値する罪では無かったのだ。
放っておいたら、いつか、もっと愚かな手段で島から出ようとしただろう。
ケイは爆弾作りの腕前こそ一級品だったが、性格は幼く甘えん坊で、目先しか見えていなかった。
あの嵐の日、彼は「一緒に逃げよう」と言う僕を疑いもせず、簡単に背中を向けた。
僕は、ただ彼を崖から海に突き落とすだけで良かった。
落とされた後までも、ケイは、何が起きたのか分かっていないようだった。
ケイは、必死でもがきながら僕に手を伸ばしていたが、やがて波にさらわれて見えなくなっていった。
船が沖へ流されたのは、全くの偶然だ。
もしも誰かに「ケイを殺したのか」と問われたなら、僕は肯定するつもりだった。
しかし、先生達が出した結論は、「嵐に紛れて無謀にも出奔しようとしたケイの事故死」だった。
『少年隔離法』適用第一号である僕が新たな殺人を犯したと、世間に知られたくない先生達が、真相に気付きつつも隠蔽したのか。あるいは、世間が僕達になど興味は無かったのか。
結局、僕は今も変わらず、この島で暮らしている。
ケイは最後まで僕を友達と信じていただろう。……僕だってそうだ。生きている限り、僕はケイを絶対に忘れない。
だが、僕は彼を島から出すわけにはいかなかったのだ。
僕達に悪意は無く、僕達がしたのは、好奇心で蟻の群れに石を落とすような行為だったけれど。
それでも、蟻の仲間達が復讐に来たのならば、僕達はそれを甘んじて受け入れなければならない。
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