第1話
文字数 720文字
爆弾魔
永見エルマ
死んだ目をして、薄暗い街を歩く。頭上では街灯の光が揺らめいている。流れゆく地面を写すその勾玉のような眼には、正気は宿っていない。
歩いて革靴をコツコツと鳴らす。所狭しに並んだ家のどこかから大きな笑い声が聞こえた。そんな馬鹿声には耳も貸さず、小汚い路地裏へと入ってゆく。ただ目的もなく彷徨しているのだ。建物と建物の間から真ん丸の月に覗かれている。ふと目に入った建物脇の非常階段を登り始める。まるで血のような赤色に錆びついた階段は、少しも触る気を起こさない。途中どこからともなく現れた黒猫が後をついてきたので、ししっと手を振ると、黒猫はこちらを睨みながら夜の街へと姿を消した。
屋上へはすぐに辿り着いた。そこまで高さのある建物ではない。しかし、十分な高さではあった。青年は錆びた鉄柵に寄りかかり、胸ポケットから紙煙草を取り出す。それにライターで火を付けると、目一杯吸い込んだ。もう一吸いもせずに吸い殻をそこらへ投げ捨てる。
一息入れて夜の冷たい空気を吸い込み、呼吸を整える。思考を虚ろに、体を軟体にしてゆく。建物の隙間から流れてくる夜風が頬にあたり、心地が良かった。体が空中を漂っているかのような、妙な浮遊感に襲われる。
こんなものなのか。だが、これはこれで良い。
静かに覚悟を決める。屋上に備え付けの柵を跨ぎ越えると、数十センチ、自分の靴が収まるギリギリの幅に立った。上にはちらちらと申し訳なしに光る星々とそれを今にも隠そうとする夜雲が見える。蛍のような幽かな光は、確かに瞳には映っていたが、己の瞳には反射していないのだろうと感じた。
力強く拳を握る。今度こそ爆破できるように。
一歩、歩み出すように、右足を前に出した。
永見エルマ
死んだ目をして、薄暗い街を歩く。頭上では街灯の光が揺らめいている。流れゆく地面を写すその勾玉のような眼には、正気は宿っていない。
歩いて革靴をコツコツと鳴らす。所狭しに並んだ家のどこかから大きな笑い声が聞こえた。そんな馬鹿声には耳も貸さず、小汚い路地裏へと入ってゆく。ただ目的もなく彷徨しているのだ。建物と建物の間から真ん丸の月に覗かれている。ふと目に入った建物脇の非常階段を登り始める。まるで血のような赤色に錆びついた階段は、少しも触る気を起こさない。途中どこからともなく現れた黒猫が後をついてきたので、ししっと手を振ると、黒猫はこちらを睨みながら夜の街へと姿を消した。
屋上へはすぐに辿り着いた。そこまで高さのある建物ではない。しかし、十分な高さではあった。青年は錆びた鉄柵に寄りかかり、胸ポケットから紙煙草を取り出す。それにライターで火を付けると、目一杯吸い込んだ。もう一吸いもせずに吸い殻をそこらへ投げ捨てる。
一息入れて夜の冷たい空気を吸い込み、呼吸を整える。思考を虚ろに、体を軟体にしてゆく。建物の隙間から流れてくる夜風が頬にあたり、心地が良かった。体が空中を漂っているかのような、妙な浮遊感に襲われる。
こんなものなのか。だが、これはこれで良い。
静かに覚悟を決める。屋上に備え付けの柵を跨ぎ越えると、数十センチ、自分の靴が収まるギリギリの幅に立った。上にはちらちらと申し訳なしに光る星々とそれを今にも隠そうとする夜雲が見える。蛍のような幽かな光は、確かに瞳には映っていたが、己の瞳には反射していないのだろうと感じた。
力強く拳を握る。今度こそ爆破できるように。
一歩、歩み出すように、右足を前に出した。