第9話
文字数 1,751文字
『さて、カタリナさん、聞いてたかな? イルはウチでも1,2を争う腕の持ち主なんだ。契約料、覚えてる? その3分の1はすでにもらったけれど、残りの3分の2と違約金。キミはすぐに払えるのかい?』
「あ、えっと、その……。家に帰れば、残りの3分の2は払えると思う。だけど違約金は、すぐには……」
カタリナは言葉を詰まらせる。イルと同じく、カタリナの頭からもお金のことは抜け落ちていた。
だいたい、自分は死ぬつもりだったのだ。金のことなど考えているはずがない。
ジェリコの言う通り、おびき出すために”オニ”のアルタイルを雇うのだって、まあ結構な金額だった。咄嗟に帰れば契約料の残りは払えると言ってしまい、それは嘘ではなかったが、この状況で帰れるはずもない。ましてや違約金として契約料の2倍なんて、とてもすぐには準備できない。それはすぐにジェリコに見抜かれ、
『ふむふむ。つまりキミは、現状無一文も同然ということだ』
彼の声がやけに嬉しそうなのは、気のせいだろうか。
『暗殺稼業じゃ銀行口座なんて作れないもんね。あったとしても、足を洗おうってときにそこから引き出したんじゃ、足がつく。家に帰るなんてなおさらだ。で、カタリナさん。キミはこの借金をどうするつもりなのかな?』
「う、それは……」
言葉に詰まるカタリナに、軽やかな声が語りかける。
『そんなキミに、改めて提案だ。せめて借金が返せるまででもいい。ウチで働いてみる気はないかい? 空間魔法の使い手はいつだって絶賛募集中だよ』
「でも……師匠にバレたら……」
『ああ、俺たち用心棒の心配をしてくれてるのかい? そんなものは全部なんとかしてくれるよ、イルが』
「俺かよ」
『よかったじゃないか、念願の後輩だよ。手取り足取り色々教えてあげなよ』
「まだカタリナは入るとは言ってないだろ。チッ、つーかなんだその言い方は」
『ふむ、それもそうだね。改めて聞くけどさ、カタリナさん、どうする? さっきから言うように悪い話ではないし、むしろ俺ならすぐに飛びついちゃうような話だけれど。それに、キミには借金がある』
「あ、アタシ……」
カタリナは俯いて唇を噛んだ。しばらくその口を閉じたり開いたりしていたが、やがてゆっくりと答えを言う。
「お誘いは嬉しいけど、こんな、虫のいい話……。暗殺者だったアタシが、用心棒になるなんて、そんな……師匠にもイルたちにも迷惑しかかからないよ。それに、アタシはもう何人も殺してる。そんなアタシが、許されていいはずないよ……。借金は、どうにかするから……」
手を胸に当て、カタリナはゆるゆると首を振る。
それを聞いたイルは、グッと眉根を寄せた。魔法陣から『ありゃ、そんなぁー。こんないい話を断るなんて、どうかしてるよ。それは馬鹿真面目じゃなくてただの馬鹿だ』と声が流れるのを無視して、カタリナの目を見て言う。
「――カタリナ。勘違いしてるみてェだが、お前は一生許されることなんてねェよ。お前が殺したのと同じ数だけ誰かの命を救ったって、それまでに殺した数が減るワケじゃねェ。そこを履き違えてンじゃねェよ。ただ、それでも……。人を殺したらその後人助けをしちゃなンねェってワケでもねェ。俺はお前は警備隊に捕まるべきだと思うが……ジェリコの言うことにも一理ある。それに、コイツがこれだけ勧誘してるってことは、たぶん素質でもあるんだろ。誰かを救ったって、罪が軽くワケじゃねェけど……それでもその手で守れるかもしれない命があるってンなら、そのために働いてみるってのも、死ぬよりはいい選択なんじゃねェか?」
「……」
「それにな。お前、さっきから師匠だとか俺らのことばっか言ってるが。お前自身はどうなんだよ。お前は今後どれだけいいことをしたって、罪が消えることは一生ない。だが、そういう前提で……それで、師匠とやらのことも俺らのことも気にしなくていいって言われたら、どうなんだよ。その魔法で、今度は誰かを守れるって言われたら。それとも、今後何をしたって自分が許されることがねェなら、誰かを助けるなんて無意味だって思うか?」
「……そっか。アタシは許されないし、罪が消えることもない……」
「あ、えっと、その……。家に帰れば、残りの3分の2は払えると思う。だけど違約金は、すぐには……」
カタリナは言葉を詰まらせる。イルと同じく、カタリナの頭からもお金のことは抜け落ちていた。
だいたい、自分は死ぬつもりだったのだ。金のことなど考えているはずがない。
ジェリコの言う通り、おびき出すために”オニ”のアルタイルを雇うのだって、まあ結構な金額だった。咄嗟に帰れば契約料の残りは払えると言ってしまい、それは嘘ではなかったが、この状況で帰れるはずもない。ましてや違約金として契約料の2倍なんて、とてもすぐには準備できない。それはすぐにジェリコに見抜かれ、
『ふむふむ。つまりキミは、現状無一文も同然ということだ』
彼の声がやけに嬉しそうなのは、気のせいだろうか。
『暗殺稼業じゃ銀行口座なんて作れないもんね。あったとしても、足を洗おうってときにそこから引き出したんじゃ、足がつく。家に帰るなんてなおさらだ。で、カタリナさん。キミはこの借金をどうするつもりなのかな?』
「う、それは……」
言葉に詰まるカタリナに、軽やかな声が語りかける。
『そんなキミに、改めて提案だ。せめて借金が返せるまででもいい。ウチで働いてみる気はないかい? 空間魔法の使い手はいつだって絶賛募集中だよ』
「でも……師匠にバレたら……」
『ああ、俺たち用心棒の心配をしてくれてるのかい? そんなものは全部なんとかしてくれるよ、イルが』
「俺かよ」
『よかったじゃないか、念願の後輩だよ。手取り足取り色々教えてあげなよ』
「まだカタリナは入るとは言ってないだろ。チッ、つーかなんだその言い方は」
『ふむ、それもそうだね。改めて聞くけどさ、カタリナさん、どうする? さっきから言うように悪い話ではないし、むしろ俺ならすぐに飛びついちゃうような話だけれど。それに、キミには借金がある』
「あ、アタシ……」
カタリナは俯いて唇を噛んだ。しばらくその口を閉じたり開いたりしていたが、やがてゆっくりと答えを言う。
「お誘いは嬉しいけど、こんな、虫のいい話……。暗殺者だったアタシが、用心棒になるなんて、そんな……師匠にもイルたちにも迷惑しかかからないよ。それに、アタシはもう何人も殺してる。そんなアタシが、許されていいはずないよ……。借金は、どうにかするから……」
手を胸に当て、カタリナはゆるゆると首を振る。
それを聞いたイルは、グッと眉根を寄せた。魔法陣から『ありゃ、そんなぁー。こんないい話を断るなんて、どうかしてるよ。それは馬鹿真面目じゃなくてただの馬鹿だ』と声が流れるのを無視して、カタリナの目を見て言う。
「――カタリナ。勘違いしてるみてェだが、お前は一生許されることなんてねェよ。お前が殺したのと同じ数だけ誰かの命を救ったって、それまでに殺した数が減るワケじゃねェ。そこを履き違えてンじゃねェよ。ただ、それでも……。人を殺したらその後人助けをしちゃなンねェってワケでもねェ。俺はお前は警備隊に捕まるべきだと思うが……ジェリコの言うことにも一理ある。それに、コイツがこれだけ勧誘してるってことは、たぶん素質でもあるんだろ。誰かを救ったって、罪が軽くワケじゃねェけど……それでもその手で守れるかもしれない命があるってンなら、そのために働いてみるってのも、死ぬよりはいい選択なんじゃねェか?」
「……」
「それにな。お前、さっきから師匠だとか俺らのことばっか言ってるが。お前自身はどうなんだよ。お前は今後どれだけいいことをしたって、罪が消えることは一生ない。だが、そういう前提で……それで、師匠とやらのことも俺らのことも気にしなくていいって言われたら、どうなんだよ。その魔法で、今度は誰かを守れるって言われたら。それとも、今後何をしたって自分が許されることがねェなら、誰かを助けるなんて無意味だって思うか?」
「……そっか。アタシは許されないし、罪が消えることもない……」