第1話

文字数 1,881文字

 買い物を終えて車に戻り、助手席にレジ袋と長財布を投げ出した。ちょっと買い物しただけなのに財布の中身は空になってしまった。嫌なことがあったために、今月の暮らしは厳しい。
 スーパーの駐車場から前の道路に出ると結構混んでいる、ノロノロ運転だ。そこへ横手から外車が割り込んできた。危ないなあ、いい車に乗ってるからと言って横暴な運転するんじゃないよ、と独り言。あんな奴は罰金1万円だ、とぼやいてみる。その時、助手席の財布が、ブルっと震えたのには気づかなかった。
 そう言えば結構たくさん外車が走っているものだ。みんな高級な車に乗っているなあ、今の車なんて1台でオレの車なら5台は買えるぞ。でも同じ車が5台あっても仕方がないかと、ひとり突っ込み。いい車だなあ、それにしてもあんな高い車に乗ってるなんて、なんかムカつくぞ、と屁理屈をこねる。
 そうだ、オレのより高い車からは税金を取り立てて、オレ様がもらえることにしたら儲かるなあ、でもそれだと走ってる車のほとんどが対象になってしまう。よほどの高級車だけにしておいてやるか。すれ違うたびに千円もらうぞ、おー。
 ほらベンツだ、千円。次はレクサス、これも千円。今度はBMW、お次はアルファード、どいつもこいつも、ドイツ車も国産車も、高級車からはみんな千円だあ。ブルブル、ブルブル、助手席の財布が震えた。
 あれ、財布が動いたような気がする。何だあ、気味が悪いぞ。財布を手に取ってみると、なんと1万何千円か入っているようだ。おっと運転中なので、しっかりは数えられないけれど、買い物して残金はゼロだったはずなのに、どうなってるんだ。最近、物覚えが悪くなった代わりに物忘れがよくなったのか。いやいやオレがこんなに金持ちのはずがない。何か変だ。オレが変なのか、この財布が変なのか。
 信号待ちだ。隣には大きな外車が、前の車ぎりぎりに停車した。これはひどい、あからさまなあおり運転だなあ、乗ってる二人も人相が悪いし、こわいこわい。こんな奴らは罰金ものだぞと心で思う。隣の車は窓を開けていたので、二人の会話が聞こえてくる。
「おいお前、俺の財布から1万円札を抜いただろう、さっき見たときよりも減っている」。
「何ぼけたこと言ってる、運転してるのにそんなことできるかよ」。
「お前以外に誰が考えられるってんだ」。
 おやおや険悪な雰囲気だぞ。ただでもあおるような者があんな雰囲気で運転したらこわいなあ。ブルブル、おっとまた財布が震えた。横眼に見ると、中身がさっきよりも1万円増えているみたいだ。えー、これってもしかして。
 あっ、信号が変わった。隣の外車はキリキリと音を立てて急発進し、そのまま急に右折、あれっと思う間もなく曲がり切れずに道路わきのガードレールにぶつかった。あーあ、無謀運転してたからなあ、関わりたくないから、このまま帰ろう。
 と言うことは、オレの財布の中身が増えるのは、周りの車から財布の中身を取ってきているのか。そんなことがあるなんて。財布を掏られることは時々聞く話だけれど、財布が掏摸をするとは初耳だ。
 人のお金をかすめ取っているのか、私的な罰金を徴収しているのか、微妙だなあ。まだまだ取って来るのか、確かめなくては。おー、前からポルシェがやって来た、千円だ。財布を見ると明らかに千円札が増えている。
 オレが、罰金とかお金を徴収とか考えると、財布が掏摸を働くなんて。よくできた財布なのか、とんでもない犯罪財布なのか。それとも財布はオレの気持ちの代理なだけで、悪いのはオレなのか。なんか、もやもやするなあ。
 あっ、あれはフェラーリじゃないか。こんな田舎町に走りにきているのか、何を見せびらかしているんだあ。やっぱり高い車は嫌いだあ、罰金だあ。ブルブル。
 後ろめたくなったり、儲かるのが嬉しくなったりと、気分を上下させながら、アパートに帰って来た。部屋に戻って、結構膨らんだ財布の中身を点検する。4万5千円入っていた。え、4万5千円て、この間盗まれたオレのバイト代と同じじゃないか。長年使っていたオレの長財布が、盗まれた分を人から掏って取り返しただけだったのか。オレのことを思ってしてくれたことなのかもしれないが、やっぱりいけないことに思えてきた。財布に悪事を働かせるほど、オレのお金への執念が強いということなのか。
 次の日曜日、近所の神社で長財布のお祓いをしてもらった。4万5千円から祈祷料を引いた残金は、賽銭箱に入れる。財布はただの財布に戻ったみたいだし、オレもまたゼロからバイトしよう。正しく生きよう。ちょっとだけ清々しい気分になった。
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