第1話

文字数 1,994文字

 大きなトンネルではない。人が二人かろうじて同時に通れるほどの高さと幅のトンネル。そのトンネルには、様々な噂がある。億万長者になれる。異性にモテるようになる。超能力が得られる。そんな眉唾物の噂から、実際に行きたかったライブに行けた。テストで満点を取れた。好きな人と結ばれたといった同級生達に起こった不思議な出来事まで。僕の通っている高校で実際に起こった事として、学年全体で(まこと)しやかに共有されている。

 僕は街から少し離れた、今では人が近づかなくなった山の中腹にある例のトンネルの前に来ていた。レンガで作られたそのトンネルは、ほとんどが苔に覆われ、出口が見えないほど暗闇に包まれていた。立入禁止の看板とバリケードを越えて、いよいよトンネルの入口に足を踏み入れる。喉を鳴らして唾を飲み込む。
「うん…、少し緊張してるみたいだ」
 初夏の暑さだけでなく、緊張で手が少し汗ばんでいるのが分かる。そもそも、僕は何かにチャレンジするような勇気を持ち合わせているタイプじゃない。例の噂も、同級生たちの話を盗み聞きして知ったくらいだ。
 僕には友達と呼べる人はいない。空気のごとく、ただそこに所属しているだけの生徒だ。成績も平凡。運動も得意でも下手でもない。 では、なぜそんな僕がここにいるのかというと、人に言うのも恥ずかしいくらい単純な理由からだ。変わりたい。みんなと仲良くなりたい。あまりにも普通で、誰からも好かれることも嫌われることもない存在。それが今の僕だ。
 高校生になってからこの街に来た僕には、すでに作られた空気やグループに入り込む事が出来ずにいた。そんな自分に飽き飽きして、でも自分から同級生に話しかける勇気もなく、真偽も怪しい噂に頼るしかできず、今ここに来ている。そもそも、そんな勇気があれば、もうすでに友達と呼べる存在がいるはずだ。そんなことを考えながら、初夏でも少し肌寒いと感じるトンネル内を、足元しか照らさない頼りない懐中電灯と共に歩み始めた。
「全然、出口が見えないなぁ」
 不安が増してきた時、突然目の前が真っ白な光に包まれた。ぐわっと体全体が引っ張られるような感覚が襲ってきて、瞑っている目に少し力が入る。 実際には体が全く動いていないことに気づいて、恐る恐る目を開けると、そこには懐かしい面々が揃っていて、懐かしさからなのか、それとも瞼に力を入れすぎたからか、少し目がにじんだ。

(たすく)くん、久しぶり」
 そこには、かっくん、りょうくん、だいちゃん、はじめくんの中学まで一緒だった友達が揃っていた。
 四人とは、高校に進学する時に離れ離れになって、一年振りくらいに会う。四人には、都会の高校に入ってから友達が一人も出来ていない事が恥ずかしくて、連絡を取っていなかった。
「みんな、久しぶり」
 久しぶりに会えて嬉しいはずなのに、僕は返事をしながら少し俯いてしまった。
「たっくんは、相変わらず陽だまりみたいに暖かいね」
「ほんっと、人畜無害そうな顔してんな」
「いやいや、だいちゃん。それ褒め言葉じゃないよね」
 みんなで笑いながら、お互いに小突きあっている姿は、心がギュッとなるようだった。

「匡と会ったらさ、またみんなで遊ぼうって話してたんだぜ」
 屈託なく笑うかっくんの姿が眩しかった。「みんな、変わらないな。僕は、ちっとも前に進めてないのに」なんて考えていると、かっくんとはじめくんに手を取られ、前に進むと見慣れた地元のカラオケに来ていた。
 しこたま歌った後、馴染みのコンビニで買い食いしながら地元を歩いて、一気にあの頃に戻ったように楽しかった。
「何があったか知らないけどさ、やっと笑ったじゃん」
 最初に会った時の恥ずかしさや気後れしていた気持ちはどこかに吹き飛んで、ただ心から楽しんで笑ってしまっていた。
「たっくんはさ、そうやって笑ってたら良いんだよ」
 まるで、僕の心の不安を見透かしたように、はじめくんが言うので、僕の小さな心はドキンとしてしまった。
「みんな、ありがとう。僕、そろそろ戻るよ」
「おいおい、まだ俺たちの再結成は始まったばっかりだろーがよ!まだバーガー食ったり、はじめの家でゲームやったりしてねぇじゃん」
「そうだねー、地元の祭りとか文化祭とか、もっと一緒に行きたいとこ、行こうよ!」
「そういや、担任の田淵、結婚するらしいぜ」
 みんなの温かい声が、僕の決意を鈍らせそうになる。
「ずっとここに居たいな」
 言葉が口から出ていたのか、心の中で留まってくれていたか分からない。 だけど、僕は帰ることにした。帰って、本物のみんなに報告したいんだ。ちゃんと前に進めたよって。

 気づくと、トンネルの前に戻っていた。
 足に砂利の感覚が戻って来た時、僕はもう駆け出していた。
 僕に必要なのは、たった一歩の勇気だって気づいたから。

「おはよう」
 少し戸惑う同級生と僕の新しい学校生活が始まった。
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