第5話 クラス=レイパー(性犯罪者)

文字数 3,618文字

「違う、こいつじゃあない……」

ゴブリンの洞窟、中には入らずに
木々の間からずっと様子を(うかが)っていたコーエン。

洞窟内から逃げ出して来た男、
その顔を見たコーエンは落胆の色を隠せない。

「まぁ、最初から見つけられたら
苦労はしないが……」

洞窟から出て来てまで
しつこく男の後を追い掛けるゴブリンが数体。

問題はこの男を助けるか否か。

レイパー(性犯罪者)として
ここに送られて来るぐらいだから、
自分の妹がされたような非道なことを
何人もの女性にして来た、
それは間違いないだろう。

それを考えると
この男も殺してやりたくなるが、
それではただの八つ当たりに過ぎない。

ジョーのように事情があって、
犯罪者としてここに送られて来た者が
他にもいるのかもしれない。


コーエンが逡巡していると、
男に襲い掛かろうとしていたゴブリン達が
次々と倒れて行く。

どこからともなく
颯爽と現れた巨漢の男が、
あっという間にゴブリン達を切り捨てたのだ。

逃げていた男は
目の前に居る巨漢の男に
助けてもらった礼を言った。

「あ、ありがとう、助かった……」

「ここのゴブリンは
数日前に近くの村を襲って、
討伐ミッションの対象になったんだよなぁ

なぁに、礼には及ばねえって……」

巨漢の男はそう言うや否や
逃げていた男の胸を大剣で貫いた。

「おめえも一緒に
ぶっ殺すんだからなぁ」

下卑た笑い声を上げる巨漢の男。

「……な、なんで」

刺された男は、口から血を吐き、
ずるずると崩れ落ちていく。

「なんでって、そりゃおめえ、
俺が罪人狩だからだよぉ」

再び下卑た笑い声がこだまする。


「あの男だっ! 間違いないっ!」

投獄された刑務所の中で、
決して顔を忘れぬように
憎悪を、怨念を込めて
ずっと写真を見続けていたのだから、
コーエンが間違える筈はなかった。

コーエンの妹ハンナの(かたき)
連続婦女暴行殺人犯・ロドリゲス。

「こんなに早く、奴に会えるなんてな
俺はついてるぜ」

その姿を見ただけで
逆上して理性を失いそうなコーエンは
自らに冷静になれと言い聞かせ、
天に向かって銃を撃ち、空砲を鳴らす。


「お前、
連続婦女暴行殺人犯のロドリゲスだな?」

巨漢の男は声の方を振り返った。
そこには銃を構えたコーエンの姿が。

「はぁ?? 何のことかなぁ?
俺はただのレイパー(性犯罪者)だぜぇ
人違いじゃあないのか?」

不用意に名前を明かさない狡猾さ、
わざとらしくしらを切るレイパー(性犯罪者)。

「俺の妹を、
ハンナを殺したのはお前か?」

「あぁ、妹だぁ?
覚えてねぇなぁ

こちとらここに送られるぐらい

いっぱい犯して
いっぱい殺してんだからよぉ

そんなのイチイチ
覚えてる訳ねえだろうがぁ」

不敵な笑みを浮かべ
敢えて相手を挑発するようなことを言う
レイパー(性犯罪者)。

「それによぉ
拉致ってこれから犯して殺そうとしてる女に
わざわざ名前なんか聞くと思うか?

おめえ、頭おかしいんじゃねえのか?

牛や豚みてえな家畜と一緒で
食われて殺される運命は変わらないんだからよ

名前とかそんなものはどうでもいいんだよぉ

おめえ、これから食おうとしてる牛や豚が
目の前にいたとしてイチイチ名前を聞くか?

名前を聞いてから、
これからお前を殺して食うからって
そう言うのかよぉ?

まぁ、殺されてから食われるか、
食われてから殺されるか、
そこに違いはあるけどよぉ」

下衆な笑い声を上げる妹の(かたき)

コーエンはこの男の下衆っぷりに
胸糞が悪くなり吐き気を催す。

この男が下衆なクソ野郎ということだけは
どうやら間違いがなさそうだ。


頭に血が上り正気を失ったコーエンが、
指を掛けていた引き金を引く。

響き渡る銃声。

だがそこに倒れていたのは
巨漢の男ではなくコーエンだった。

コーエンは後ろから撃たれた。
目の前に居るレイパー(性犯罪者)の仲間、
罪人狩達によって。

罪人狩の者達は
新たにミッションの対象となった
ゴブリン討伐でポイントを稼ぐ為、
集団でここにやって来ていたのだった。

たまたま偵察で先行していた巨漢の男が
新たな転移者をついでに始末して
片付けたに過ぎない。

早々に(かたき)に遭遇することが出来て
ラッキーだと思っていたコーエンだったが、
実際にはこの上なく不運なタイミングで
ここにやって来ていて、
最悪な状況で(かたき)と出会ってしまったのだ。


かろうじて急所は外れていたが、
コーエンの体からは
大量の血が流れ出している。

それでも渾身の力を振り絞って
コーエンが立ち上がろうとした時、
巨漢のレイパー(性犯罪者)
ロドリゲスの大きな手が、
頭を鷲掴みにして
そのまま片手でコーエンを持ち上げた。

「そういやぁ、
弁護士が言ってたなぁ……
俺のダチが復讐された、()られたって

そうか、おめえだったのか、
俺のダチを三人も殺りやがったのは

だったら、おめえを
ただ殺すって訳にはいかねえな

死んでいったダチのよぉ
恨みを晴らしてやんなきゃぁよぉ」

そう言いながら、
ロドリゲスは大剣で
コーエンの右腕を切り落とした。

コーエンの呻き声と共に、
血飛沫が吹き上がる。

「そういやあの小娘
『お兄ちゃん、助けて』って
ずっと泣き叫んでやがったなぁ

おめえもよかったじゃねえかよ

兄妹揃って仲良く
俺にいたぶられて
あの世にいけるんだからよぉ」

既に重症のコーエン、
しかしまだその目は諦めてはいない。

「ハンナのよぉ……
痛みや苦しみがどれだけだったか
今こうしてようやく分かったんだ
それについちゃ確かに悪くないぜ……

問題はここからどうやって
お前をぶち殺すかってことだけでよ」

その言葉にブチ切れたロドリゲスは
コーエンの体を蹴り飛ばす。

血を撒き散らしながら
ゴロゴロと地を転がるコーエン。

「じゃぁ、お望み通りよぉ
もっともっと苦しんでから
死んでもらうぜ」



遡ること数刻前、
早々に街へと辿り着いていたジョー。
思っていた以上に、
昨夜の野営地から近い所に
街はあったようだ。

街に着いてから
コンパネに来ていた通知を確認すると、
コーエンが向かった筈のゴブリンの洞窟、
そこに居るゴブリン達の討伐が
新たなミッションとして
追加されていることに気づく。

嫌な予感がしてならなかったジョーは、
スキルで数キロ先までを索敵してみる。

  ……マズいな、これは

洞窟方面に向かって行く大集団、
直感的にジョーは
それが罪人狩の集団であろうことを悟った。

コーエンの身を案じたジョーは
持っていたほとんどすべての有り金をはたいて、
街の入り口につながれていた馬を借りる。

  ……間に合ってくれよ

そこからジョーは
ただひたすら馬を飛ばした、
ゴブリンの洞窟を目指して。



ゴブリンの洞窟、
その手前で馬を降りるジョー。

このまま突っ込んでしまうと
おそらく自分は死なないであろうが
馬が死んでしまう。

そのまま索敵スキルを使って進むと、
大勢の人間が何やら
声を張り上げ笑っている。

そこには、右目を潰され、
右腕を切り落とされ、
残った腕も両脚も折れ曲って、
それでも妹の仇を討とうと必死で
地を這っているコーエンの姿が。

ボロボロになったコーエンの姿を見たジョーは
あの時以来感じることがなかった、
何かが壊れて行くものを感じた。

「誰だっ!? お前は?」

コーエンが追い続けていた
妹の(かたき)であるレイパー(性犯罪者)
ロドリゲスの声を無視して、
ジョーはそのまま歩を進める。

「……お前達に名乗る名などないってセリフ、
あれは漫画の中だけだと思ってたんだがな

まさか本当にいるとはな、
名乗ることに嫌悪を感じる相手が」

全身の血が煮えたぎり、頭に上って行く。
目の前が真っ白になって行くあの感覚。

「……こっちの世界に来てまで
人間を殺したくはなかったんだ

でも、お前達がド畜生でよかったよ……

お前達は畜生で、
人間じゃあないんだからな……
殺したところで問題はなさそうだからな」

ジョーは激情で我を忘れかけていた、
二十四人が死んで、自分だけが生き残った
あの時のように……。


――コンパネの能力リストに
ずっと表示されていて、
今まで使ったことがなかったその能力。

これまで死ぬことを望んでいたジョーには
それを使う気は全くなかった。

その能力を
ジョーが自らの意志で
はじめて積極的に使用する、
今回に限ってはその決意があった。

「……プロットアーマー、発動」

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