第3話

文字数 2,868文字

彼女の顔は人間のそれではなく、明らかにドラゴンのものなのだ。しかも、額からは二本の角が生えており、背中にも同様のものが見える。
そして、その手には身の丈ほどもある大太刀を握っていた。
「よくぞここまで耐え抜いた」
女は俺に向かってそう言った。
「え?」
「我が名は《天照》。魔龍の魂を護りし者なり」
「魔龍の……魂だと?」
「そうだ」
女はそう言いながら、手に持った大刀を一閃させ、魔龍の首を切り落とした。
「ぐおおぉ!」
魔龍は悲鳴を上げ、力なく落下していった。
それを見て我に返った俺は慌てて立ち上がり、落ちた魔龍の死体に近づこうとしたが、女はそれを制止すると俺の前に立った。
「待て。まだ終わってはいない」
彼女はそう言って俺を制した。
「しかし」
「見ろ」
言われるままに魔龍の方を見ると、切り落とされたはずの首が見る間に再生していくところだった。
「まさか」
驚愕する俺に向かって女は静かに告げた。
「あれが魔龍の不死性だ」
「そんな事が……」
「奴を倒すためには核を破壊するしかない」
「どうやってだ」
俺が尋ねると、彼女はしばらく黙っていたがやがて「魔龍の魂は冥府の扉の向こう側にある」と言った。
「なに?冥府の扉だって?じゃあ、あいつは死者の霊なのか?」
「いや、違う」女は即座に否定した。「奴は冥界の住人ではない。しかし、限りある生者の類ではない」
「どういう意味だ?」
「つまり、不滅の存在だ」
「……」
俺は息を呑んだ。
「嘘だろ?」
「事実だ」
女はキッパリと言い切った。
「ならば、どうすればいい?」
「あの者が命尽きるその時まで戦い続けるしかない」
「なんだよ、そりゃあ」
俺は肩を落とした。
「あいつを殺せる奴なんかいるわけないじゃないか」
「そう思うか」
「ああ」彼女は俺の目を見据えると、「ならばなぜ、貴様はあの者に挑んだ?」と言った。
「え?」
「勝てる見込みのない相手に挑むなど、愚かしいことではないか」
「そ、それは」
俺は答えられなかった。
確かにあの時は頭に血が昇っていて冷静な判断ができなくなっていたのだ。
「私も昔はよくそうやって死んだものだ」「あんたがか?」
「無論、一人で挑むことなどない」彼女はそう言うと微笑んだ。「仲間とともに戦った」
「ふうん」俺は興味なさげに返事をした。どうせ、この人も俺のことをバカだと思ってるに違いない。
「それでもなお、戦うことを厭わないか」
「どうしてだ」
「死を恐れぬ者は恐れを抱く者を凌駕するからさ」
「なんだ、それは」
「わからないならそれでよい」
彼女はそれ以上は何も言わず、俺の前を通り過ぎていった。
「どこへ行くつもりだ」
「魔龍の魂の封印を解きに行くのだ」
「何?」
「あの者はもはや目覚めることはあるまい。だが、このままではいずれこの世界は再び魔龍に支配されることになるだろう」
「なるほど」
俺は納得した。あの光輝く球体が消えたのは、そういうことだったのか。
「だが、それを止めれば、俺たちの勝利ということだな」
「その通り」彼女は振り返らず、そのまま歩き続けた。「ついてこい。案内しよう」
「よし」
俺は剣を拾い上げると、彼女を追った。
それから数分後、俺は魔龍の亡骸の前で立ち尽くしていた。
「ここが魔龍の心臓部にあたる場所だ」
女はそう言うと、魔龍の死体に触れた。
「これから魔龍の魂を解放する」
「できるのか」
「無論」「一体、何をする気だ」
「簡単な事よ」
女はそう言うと、魔龍の身体に開いた穴に手を突っ込んだ。
「おい!」
思わず声を上げたが、女は構わずそのまま腕を奥へと伸ばした。
その手が止まったと思った次の瞬間、信じられないことが起きた。なんと、魔龍の身体全体が淡く輝き始めたのだ。
それと同時に、魔龍の身体にぽっかりと開いていた大きな傷口がみるみると塞がっていった。
まるでビデオを逆回しにしたかのように、瞬く間に修復されていく。
「こいつぁ……一体何だよ!?」
俺の言葉に答えることもなく、女はただその様子を見つめていた。「俗っぽく言えば人の業よ。ありていに言えば、欲望と戦乱に明け暮れる世界の因業、そう。闘争因果というべき抽象概念の具体化。それがこいつ。お前は人間の愚かな戦いの歴史そのものに剣で挑もうとしているの。愚かなことよ。例えば強盗殺人の被害者遺族を剣で慰められる?復讐心を煽るだけ。復讐の連鎖を剣で断ち切れると信じているならこいつに挑めばいいわ。」
俺は¥目をそらすように首を横に振った。「できないね」
「そう、だから誰も彼もが諦めて忘れて生きていく。でもね、それが一番残酷で卑劣で許せない行為であることは間違いないわ。」
そう言って横を通り過ぎると、部屋の隅に放り投げられていた剣を手に取り、鞘から抜き放った。刀身まで黒い剣だった。
そしておもむろに魔龍の死体に歩み寄ると剣を振りかぶった。
俺が止める間もなく振り下ろされた剣によって魔龍の肉体が真っ二つになった。
俺は呆気に取られてその様子を眺めていたが、すぐに我に返り止めに入った。「何してやがんだ!」
俺は女の腕を掴んで止めた。「こんなところで、何考えてやがる!」
「離しなさい」女は冷ややかな目つきのまま、俺の手を振り払った。
「いい加減にしろ!」俺は女の胸ぐらを掴んだ。「これは遊びじゃない!下手すりゃ死んでたかもしれないんだぞ!」
「死ぬ?私が?冗談でしょう」女は鼻を鳴らした。「私は不死の戦士。不死の怪物。死を超越したもの。不死王アルヴヘイム。この程度のことで死んだりするものですか」
「ふざけんなっ!!」俺は怒鳴って女を突き飛ばした。「何のためにここまで来たと思ってるんだ!?」
女はよろめきながらも体勢を整えると、大太刀を構えたままこちらを睨みつけた。
俺はその視線を真正面から受け止めた。
しばらくの間、沈黙が続いた。
「……ごめんなさい」やがて女は目を伏せた。
どうやらわかってくれたようだ。俺は大きく息をつくとその場に座り込んだ。
女はゆっくりと大太刀を収めると俺の方に向き直った。
「……貴方の名前を聞いていなかったわね」「……レイヴンだ」
「そう……覚えておくわ」
女はそれだけを言うと、踵を返そうとした。
俺は慌てて立ち上がった。「待て」
女は足を止めるとゆっくり振り返った。「何かしら」
「まだ礼をしてもらっていない」
「お礼?」
「そうだ。まだ何も聞いてないし、教えてももらえていない。あんたは何者で、何が目的でここにいる?それに魔龍の魂の解放なんて本当に可能なのか?その不死の力とやらもどこまで本当なのかわかったもんじゃない」
「随分と疑り深いのね」
「あんたが俺を騙したせいだ」
「別に騙してはいないけれど」女は肩をすくめた。「まあいいわ」
そう言うと、女は俺に向かって手を差し出した。
「まずは私の目的から話すとしましょう」
「聞かせてもらうぜ」俺は差し出された手を握った。
女は微笑むと、話し始めた。
「私の目的は魔龍の魂を冥府の扉の向こう側から引き戻すこと。そうすれば魔龍は二度と蘇ることはなくなる。あの者はすでに死んでいる。それは紛れもない事実。しかし、魔龍の魂はあの者が命尽きるまで存在し続けるはずなのよ」
「なぜわかる?」
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