第4話 初恋と呼んでもいいのかな①

文字数 626文字

 それから十二年が経った。大人になった私は薬ポーチが手放せなくなっていた。

 大学を出て、社会人になったけれど、結局私は"ここ"から動くことが出来ず、口下手なままで会社でうまくやっていけなかった。そしてある日、私の身体は本当に"部屋"から動けなくなった。会社に向かおうとすると、足がいう事を聞かなくなった。
 適応障害。そう診断された。それから通院をして少しマシになって、また別の会社で勤め出したけれど、やっぱりうまくはいかなくて、部屋から出られなくなった。そうして、私は心配する姉に連れられて、今年の四月にうつ病の病人として、桜前線と一緒に帰郷した。引越しや面倒な手続きは全て姉がやってくれた。
 帰ってきたものの、田舎から出たことのない父も母も精神病に対する知識は薄く、姉も結婚して実家には居なかったから、実家はとても居心地が悪かった。心配して連れてきてくれた姉の手前、実家を出て行くということは出来なかったけれど、落ち着くということはなかった。それが私が日中図書館通いを始めた理由。本当にひどかった時期と比べると外出できる様になっただけ快復したと自分自身は思えたけれど、日中図書館で暇を潰す無職への両親や周りの目は冷ややかだった。

 今日もまた夏の青くて暑い陽を浴びて、河原を図書館へと向かって歩いていた。ロードバイクに乗った高校生が私を追い越して行く。土曜日だから午前の部活終わりなのだろうか。彼が過ぎた後、風に乗って制汗剤の柑橘系の甘い香りが漂った。
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