第1話

文字数 9,619文字

 中学生の彼氏ができた。ちなみに私は高校生。
 17歳、高2の私と14歳の中2の彼。
 どこで知り合ったかって?
 ごくごく単純。私の弟、太一の友達。
 中2になってクラス替えがあって、席が近いということで友達になったらしい。
 で、その友達の名前は琉架(るか)くんというのだけれど、まず顔が可愛い。そしてどことなく品がある。小さい王子様風というか……。
 がさつなうちの弟とは大違いで、なんで2人が友達なのか不思議なくらいで……。
 でも、なんか気が合うらしく、琉架くんは、たびたびうちにやってきて、太一の部屋でゲームをしたり漫画を読んだりして遊んでいるところに私がジュースとかを持っていく(うちは共働きなので母親も帰りは遅いのだ)と
「ありがとうございます」
って、ちゃんとお行儀よく言ってくれるのよ!
「いえいえ!」
 と私が言うと、ちょっと小首をかしげて、微笑んでくれるの!可愛すぎる!
 年下萌えとか、初めてなんだけど……。そんな自分に、私は、ちょっとあせってしまっていた。


 そんなある日のこと。
 太一が塾に行っている日に琉架くんがうちに来た。
「あー、今日太一塾なんだけど、知らなかった?」
 と、私は琉架くんに訊いてみた。すると
「知ってます。今日はぼく、芽衣さんに会いに来たんです」
 と、琉架くんは真顔で言った。
「え?私?」
 じっと見つめられて戸惑う私。
「あ、とりあえず上がって」
 そう言って私は琉架くんにリビングのソファに座ってもらった。
「オレンジジュースでいいかな?」
 私が訊くと
「あ、どうぞおかまいなく」
 ときたよ。いや、そういうわけにもいかないでしょ?
 私はオレンジジュースをグラスに注ぎ、リビングのテーブルに置いた。
 で、私はダイニングテーブルの椅子に座った。
 彼のきれいな横顔が見える。小顔で色白、ぱっちり二重で、鼻とか口とか、みんな可愛いし、それがすごくバランスよくおさまっていて、ほんとに整った顔してるんだよね……。
 つい見とれてしまう。すると
「芽衣さん、ぼくとつきあってもらえませんか?」
 琉架くんは私の方を向くといきなり言った。
「は?え?わ、私?え?なんで?」
 混乱しまくっている私に向って、琉架くんは、ちょっと頬を赤らめながら
「ぼく、芽衣さんが好きなんです」
 と、言った……。
「わ、私なんか、可愛くもなんともないし……。なんで私?」
「可愛いですよ、芽衣さん」
「わ、私って、ほら、なんていうか、目と目がちょっとその離れてるから魚顔とか言われたりしているし……」
「そこがぽわんとしていていいんじゃないですか。おっとりしている雰囲気も好きです」
 ぽわんとしているだの、おっとりだの、今まであまり言われた事がない。大丈夫か、この子。
「いやー、気持ちはうれしいんだけどね。そのー、私と琉架くんじゃ釣り合わないというか……」
 しどろもどろになって私が言うと
「ぼくじゃだめですか……?」
 と悲しそうな顔をして訊いてくる。
 その悲しげな顔がまたきれい過ぎて……。
「だめじゃないです、全然だめじゃないです!」
 と、つい口走ってしまった……。
 すると
「ありがとうございます!うれしいです!」
 と天使のような微笑みを浮かべて琉架くんはそうのたまった。
 はー……何ていう事を言ってしまったのだ、私は……。
 初めての彼氏が中学生……。想定外にもほどがある!
 ……でも清い交際なら大丈夫だよね。そうそう清い交際。そのうち琉架くんが他の子を好きになる可能性もあるしね。大丈夫!とても可愛い弟がもう1人できたと思えばいいのよ!
「私達のことは、他の人には秘密ね」
 と私は言った。
「わかっています。太一にも言いません」
 おー、意外としっかりしている。これなら大丈夫かも。
 琉架くんはポケットからスマホを取り出すと
「ID教えてもらっていいですか?」
 と訊いてきた。ま、IDくらいいよね、と思ったのでお互い交換した。
「ありがとうございます。これでいつでも連絡取れますね」
 と琉架くんは、ちょっと無邪気にうれしそうに言った。可愛いなぁ。
 そして琉架くんはジュースを飲むと
「ごちそうさまでした」
 と言い
「それでは、これからよろしくお願いします。今日はこれで帰ります」
 と言って立ち上がった。
「あ、うん、気をつけて帰ってね」
 と私が言うと、琉架くんは私のそばに来ると、ちょっとつまさき立ちして私の頬にキスした。
 え?
「ぼくはもう、芽衣さんの彼氏なんだから、これくらいいいですよね?」
 ちょっといたずらっぽい微笑みを浮かべている。
 え?清い交際は?弟設定は?
 あっという間に崩壊ー!?何?王子じゃなくて小悪魔?
 私、選択間違った?
 私が呆然としていると
「それじゃ、今度また来ますね」
 と言うとリビングから出て行った。
 何?何なのこれ?私はあっけにとられるしかなかった。

 初彼氏が中学生。しかも意外とませている……。ふじゅんいせーこーゆーって、どういうのだっけ。未成年同士なら大丈夫なんだっけ?
 夜。ベッドの中で、私はずっと眠れずにいた。これからどうしよう……。


 実際彼は器用だった。
 太一と一緒の時はごく普通の中学生。
 でも、太一がいなくて2人だけの時は
「今日は2人きりだね」
 と言って、不敵な笑みを浮かべてくるのだ。
 そんな彼を警戒して、私は2人の時はリビングで過ごすことにしている。
 でも、ちっとも落ち着かない。何か、何かしていないと……。
「そうだ、勉強教えてあげようか?」
 と私は言った。
  太一が勉強が苦手なので、テスト前とか結構私が教えてあげているのだ。でも
「あ、ぼく勉強得意なんで大丈夫です」
 と、あえなく却下……。
「そんな事より」
 そう言って、琉架くんは、私の髪を触ってくる。
「きれいな髪だよね。くせがなくて、つやがあって、サラサラで……」
「は、はぁ……。ありがとうございます……」
 なぜかびびって敬語になってしまう……。
「ぼくロングヘアが好きだから、このままでいてね」
 と、上目遣いでお願いしてきた。
「は、はい。わ、わかりました」
「いい子」
 そう言うと琉架くんは、私の頭をポンポンした。
 あんたいったい何歳よ!?
「こ、公園でも行こうか?」
 そうよ、密室にいるからこういうきわどい展開になるのよ!外なら大丈夫!私の方が年上なんだからしっかりしないと!
「公園ですか?」
 ちょっと不満そうな顔をしている。
「そうです。公園です」ここは譲れない。
「そうですか。仕方ないですね。ま、僕は芽衣さんといられるならどこでもいいですけど」
 そう言って素直に従ってきた。ちょっとホッとする私。
 

 そして私達は、家より少し遠い公園に来た。ちょっと近所の人には見られたくない……。
 でも、この公園は、遊具といえばブランコぐらいで、子供が一切遊んでいない……。
 逆にカップルっぽい人達がちらほらと……。
 え?逆にまずいんじゃない?私また選択間違った?
 とりあえず私達はベンチに並んで座った。すると、となりのベンチに座っているカップルがイチャイチャしだした。えー?まだ夕方なんですけど!?
「あー、なんか来たばっかりだけど、暗くなりそうだし帰ろうか?」
 どぎまぎしながら私は言った。
「せっかく来たのに?ちょっとくらいいいじゃないですか?」
 そう言って琉架くんは私の手をにぎってくる。逃れようとする間もなく、細くてきれいな指が、私の指と指の間にするっと入ってきて、いつの間にか恋人つなぎされていた。
「ちょっと!琉架くん!」
「いやですか?」
「……いやじゃないです……」
 もー!何を言ってるんだ、私は!私と同じくらいの小さな手。振りほどこうと思えば振りほどけるのに、されるがままになっている……。
「ぼく、幸せです」
 そう言って天使の微笑みを向けてくる。可愛いって罪……。ほんとにもう、勘弁して下さい……。
 そうこうするうちに、本当に暗くなってきたので、私達は帰る事にした。
「家まで送ろうか?」
 私は言った。こんな可愛い子、1人で帰らせて誘拐でもされたら……。
「ぼくは大丈夫です。逆にぼくは芽衣さんの方が心配です」
「私こそ大丈夫よ!じゃあ、本当に気をつけてね。まっすぐ帰るのよ!」
 私が念押しすると
「はい。ちゃんと帰ります」
 そう言って琉架くんは家に帰っていった。
 はー……疲れた……。ただベンチに座っていただけだったのに……。
 私が家に着く頃、琉架くんからスマホにメッセージが来た。
『今家に着きました』
 良かった。無事着いたんだ。
『私も着いたよ』
『安心しました』
 ほんと、どっちが年上なのよ。


「今日はホラー映画を観ましょう」
 周りに内緒で付き合い始めてからほぼ3か月。
 うちに来た琉架くんが言った。彼はDVDを持参していた。
「ホ、ホラー映画?」
 私が戸惑っていると
「怖いのは苦手ですか?」
 と訊いてきた。本当は大の苦手なのだけど、私はやせ我慢をして
「ぜんっぜん平気!」
 と強がりを言った。
 リビングのソファに2人で並んで座って観た。最初はあまり怖くなかった。これなら平気かな、と思っていたのだけれど……。
 途中から想像していたやつよりも、かなり恐ろしい展開になり、私は耐えがたくなって、ひたすら琉架くんの腕にしがみついていた。年上なのに、なんたる失態……。
「ほんと芽衣さんって、可愛いよね」
 そう言って琉架くんは、優しくハグしてくれた。
「すみません……」
「なんで謝るの?ずっとこうしていたいな……」
「そ、それはだめです!」
「はいはい。もう大丈夫?」
「はい、大丈夫です!」
「残念」そう言って琉架くんは、ちょっと苦笑した。
なんか最初に琉架くんを見た時より大人っぽくなっている感じがした。
「ね、ちょっと立って」
 言われるままに琉架くんがソファから立ち上がり、私も並んで立つ。すると。
 私よりも琉架くんの方が少しだけ背が高くなっていた。
「え?琉架くん今身長何センチ?」
「164センチかな……」
「164!」
 私が160センチだから、私より4センチも高くなっている。
 初めて私の頬にキスしたときは、少しだけどつまさき立っていたのに……。
「琉架くんって背伸びるの早い?」
「どうだろ?でも、なんか最近急に伸びた感じはあるかな?」
「そうなんだ……」
「もう顎クイも出来ちゃいますね」
 そう言って、琉架くんは私の顎に触れた。
「ダメ!ダメダメ!それはダメ!」
 私は断固拒否した。
「わかってますよ」
 そう言うと軽く頬にキスした。最早慣れた感じになってしまっている……。
 本当にこのままでいいの?本当に付き合っていていいの?
 彼はどんどん大人に近づいてくる……。


 私の戸惑いを琉架くんが察知したのかは知らない。
 でも、それから琉架くんは家に来なくなった。
 夏休みに入ったというのに太一がいる時も来ない。
 どうしたんだろう……。
 ホッとする反面不安にもなる。
 私はさりげなく太一に訊いてみた。
「最近琉架くん、うちに来ないね?」
「あー、あいつの家、お父さんが再々婚してさ、なんかいろいろ大変らしいよ」
「再々婚?」全然聞いてない。そんな事。
「なんかさ、最初のお母さんが琉架が5歳の時に交通事故で亡くなって、で、8歳の時に新しいお母さんが来たんだけど、なんかうまくいかなくて、10歳の時離婚したんだって。で、今月また新しいお母さんが来たらしいよ。それでバタバタしてるとか言ってた」
 太一はのんきな感じで言ったけど、それって大変な事じゃない。なんで私には何も言ってくれないの?

 私は琉架くんにメッセージを送った。
『初めて芽衣さんの方からメッセージもらえてうれしいです』
 いつもの琉架くんの感じだった。
『新しいお母さんの事、私でよかったら相談にのるよ』
『大丈夫ですよ』
『そうなの?』
『ちょっとコツがわかってきたので、そろそろ落ち着くと思います』
 コツ?コツって何?
 私は、何か引っかかるものがあったので、直接電話することにした。
『なんか今さ、コツとか書いてあったけど、ちょっと気になって……』
『新しい母親と仲良くするコツですよ。まぁ、最初の母親の時は、別に素で大丈夫だったわけだけど、2番目は赤の他人でしょ?どうしたら喜ぶかとか、どうしたら怒られないかとか、いろいろリサーチしないとならないじゃないですか?』
『リサーチ……』
『2番目の人は優等生な僕を気に入ってくれたので、ひたすら優等生で通しました。まぁ、自慢の息子でいれば満足というタイプだったので、ある意味楽でしたね。僕の得意分野なので』
『はぁ……』
『でも、今回の人は、なんかすごく自分に自信のないタイプで、ちょっと失敗とかすると、すぐに母親失格ね、と泣きそうになるので、そんな事ないですよ、と、その都度声をかけてあげて、ひたすら優しくしてあげて、まぁ、そうしているうちにだいぶ落ち着いてきたというか……』
『ひたすら……優しく……?』
『あ、妬いてくれました?大丈夫ですよ。ぼくが好きなのは芽衣さんだけですから』
 ふふ、という琉架くんの笑い声が聞こえた。
『そうじゃなくて!なんていうか、そういうのって父親のする事なんじゃないの?』
 と私は訊いた。
『あの人はあの人で仕事ばかりだし、そのわりにぼくに母親がいないとかわいそうとか言ってすぐ結婚したがるし、わけわからないですよ。それに、母親といる時間は、ぼくの方が長いから、やっぱりうまくいかないと居心地悪くなっちゃうし……』
『そうなんだ……』
 なんとなく納得しつつも、心の中にざわめきが広がる。
『私の……』
『え?』
『私の時も、こうすればうまくいくとか、計算で接してた?』
『それは……』
 琉架くんは無言になった。
『ごめん、切るね』
『芽衣さん!ぼくは……』
 琉架くんが言いかけたけれど、私は電話を切ってしまった。
 妙に大人びた子だと思っていたけど、そういう事だったのか……。


 今年は梅雨明けが遅いらしい。7月下旬なのに、まだ空はどんよりとしていて今にも雨が降り出しそうだ。
 私の心の中みたい……。
 そのうちぽつぽつと雨が落ちてきたので、私は部屋のカーテンを閉めた。


 翌日。琉架くんが久しぶりにうちに来た。太一は塾に行っている。
 家に入るなり琉架くんが言った。
「昨日の電話の事なんですけど……」
「うん。あ、とりあえずリビング行こう」
「あの、芽衣さんの部屋じゃだめですか?ぼくたち付き合ってるのに、いつもリビングですよね?」
「私の、部屋……?」
 私の部屋には当然ながらベッドがあるし、小悪魔風な琉架くんと2人になるのは、ちょっと抵抗があった。
 でも、琉架くんには複雑な家庭の事情があって……。
 いつもより、なんかしょげた感じの琉架くんがかわいそうになって
「いいよ」
 と言って部屋に案内した。
 
 ドアを開けると
「へー、ここが芽衣さんの部屋ですか。水色で統一されているんですね。ちょっと意外でした」
 と琉架くんが言った。確かにカーテンとか枕、ベッドカバーなどは全部淡い水色だ。
「まぁ、小学生の頃とかはピンクだったけど、さすがにね」
「そうなんですね。でも、くまのぬいぐるみとかあるところは、なんか芽衣さんっぽいですね」
 チェストの上にあるテディベアを見た琉架くんが言った。
「子供の頃におばあちゃんがくれたの。最近は全然会ってないんだけど、おばあちゃん好きだし、そのテディベアも大好きだったから。なんかずっと部屋にある感じなんだよね……」
 と私は言った。
「いいですね、そういうの……」
 少しだけ切なそうな感じで琉架くんが言った。
 私はどうしたらいいかわからなくなって
「あ、なんか飲み物取ってくるね」
 と言って部屋を出ようとすると
「待って」
 と言って琉架くんが引き留めた。
「何?」と私。
「傷つきました?」
「え?」
「昨日、電話、切られちゃったし……」
「あ、ごめん……。なんか、ちょっと混乱しちゃって……」
 私がそう言うと
「ですよね。でも、僕は芽衣さんに対して計算で接しているとかないですよ」
 と琉架くんは言った。
「本当に?」
「はい。本当に芽衣さんの事は可愛いな、と思っているし、それに本当に好きです。だからその気持ちのままに行動しています」
 笑顔で琉架くんは言った。
「……無理してないの……?大人に気に入られるように振る舞うくせがついてしまっているんじゃないの?私の前では無理しないで……」
 私がそう言いかけると
「本当は、さびしかったんです……。芽衣さんは、ぼくの最初のお母さんにちょっと似ていて……。だから、なんか、芽衣さんのそばにいたくて……」
「琉架くん……」
 と私が言いかけたところで
「みたいに言ってもらいたかったですか?」
 ちょっと申し訳なさそうに、でも、少しだけ笑いをこらえているようにも見える表情で言った。
「え?」
 ハグしてあげようとした私の手が宙に浮いている。
「ごめんなさい。ぼくには、もうそういう要求はないんです。そういうのは5歳で終了したというか……」
「はぁ……」
「そんなに記憶はないですけど、産みの親が、すごくぼくを可愛がってくれたから、そういう幼児的欲求は、その時点で満たされているんですよ。だから心配してくれなくて大丈夫なんですよ」
 さっきまでの、少し愁いを帯びた感じは完全に消えていた。意識して消したのか、そもそも私の勘違いだったのかわからない……。
「まー、ぼくは異質ですよね。だから、戸惑うのはわかります」
 琉架くんは、私のベッドに寝転がりながらそう言った。
「ねぇ。こっちに来て」
 誘惑するような目で私を見ながら私の両手を引っ張る。
「だ、だめだよ!」
 私は抵抗したのだけれど、意外と琉架くんは力があって彼の胸に飛び込むような感じになった。
「つかまえた」
 私を抱きしめながら琉架くんが言った。
「離したくないな。ずっとこうしていたいよ……」
「琉架くん……」
次第に私を抱きしめる力が強くなっていく。
「ちょっと琉架くん、痛いよ……」
 私は逃れようとするのだけれど、彼は離してはくれない。そして私の目を見て言った。
「1日中そばにいたい。ずっとずっと2人きりでいたい。2人だけで、2人だけでさ、どこか遠くに行きたい。ねぇ、そう思うのはぼくだけ?」
 悲しげな瞳が訴えかけてくる。
「琉架くんはまだ中学生でしょ?だから、まだそういうのは……」
 と私が言いかけると
「そんなの関係ないじゃない!芽衣ちゃんはどうなの?ぼくがいなくても、平気なの……?」
 すがるように私に問いかけてくる。
「平気じゃないよ。私も琉架くんが好きだよ」
 そう言って私は琉架くんの頭をなでた。
「子供扱いしないで……」
 震える声で彼が言った。彼は私から離れるとベッドにうつ伏せになった。嗚咽が聞こえる。泣いているの?
 大人と子供のはざま。親の愛を渇望しているのか、本当に私に対して激情をぶつけてきているのか。わからない。
 私だってまだ17歳だよ。どうしたらいいのかわからない。
「琉架くん大丈夫?」
 恐る恐る私は訊いた。
 彼は、はー……っとため息をつくと仰向けになり
「ぼくってかっこ悪いですよね。ごめんなさい。こんな取り乱すつもりなかったんだけどな」
 と独り言のように言った。
 彼はもう泣いていなかった。こうやって、自身と折り合いをつけながら今まで過ごして来たのだろうか?
「かっこ悪くないよ。辛い時は泣いていいんだよ?」
 私は起き上がりながらそう言ったのだけれど
「いやですよ。そんなの。冗談じゃない」
  彼も起き上がりながらそう言った。
 彼には彼の、幼いながらもプライドがあるのだろう。
「琉架くんは強いね」
 私は琉架くんを抱きしめた。
「だから!だから子供扱いしないでって言ってるじゃない!じゃないと、ぼくがぼくでなくなっちゃう……」
「いいんだよ、どんな琉架くんでも琉架くんなんだよ?」
「泣いてなんかいられないんですよ。泣いちゃったら、泣いちゃったら……何もかもいやになりそうで怖いよ……」
「怖くないよ。大丈夫」
「やめて!そういうの、やめて!」
「やめないよ!本当に大丈夫だから!思いっきり泣いてごらん?」
 私がそう言うと
「泣けたら楽なんでしょうね……」
 私の手をほどいて琉架くんが言った。
「琉架くん?」
「泣くだけ泣いて弱くなったぼくにあの家で暮らせと?余計に辛くなるじゃないですか……」
 彼は言った。
「そんな……」
 でも、だったらどうすればいいの?どうすれば彼を救えるの?
 救う?私なんかが彼を救えるの?こんな無力な私に到底出来るはずがない……。
 そう思うとなんだか悔しくて、そして悲しくて、自然と涙がこぼれた。
「芽衣ちゃん泣いてるの?」
 驚いたように琉架くんが言った。
「だって……。私には何も出来ないから……」
「そんな事ないよ、ぼくのために泣いてくれたんでしょ?ぼくの大好きな人がぼくのために泣いてくれる、それだけで十分だよ」
 と琉架くんは言った。でも……。本当にそうなの?あんなに辛そうにしていたのに……。
「想像してみたの……。帰りたくなくなるよね?無責任な事言って、ほんとにごめんなさい……」
「謝らないで!芽衣ちゃんがいてくれればぼくは大丈夫だから」
「本当に?」
「本当だよ。ぼくがちょっと感情的になり過ぎただけだから……」
「でも、でも……」
 私は琉架くんにしがみついた。
「芽衣ちゃんは本当に優しいね。大好き」
 琉架くんが私をなだめるようにしばらくハグしてくれた。
 ちょっと落ち着いた私はあれ?と思った。
「なんで私が慰められているの?」
「ほんとだね」
 そう言って私達は、少し笑った。
「ね、キスしてもいい?」
 少し甘えるように彼が言った。
「いいよ」
 そう言って私は目を閉じた。
 少し間があって可憐な彼の唇が、そっと私の唇にかすかに触れた。
「……なんか、意外と照れちゃうな……。ほんとぼくってかっこ悪いな」
 きまり悪そうな顔をして琉架くんは言った。
「中学生の初キスがかっこ良すぎたら逆に引くよ!」
 と私は言った。
「ぼくとしては納得いかないな。次は覚悟しておいてよ!」
 生意気そうな顔をして彼は言った。
「はいはい。わかりました」
「あ、そうだ、これからも芽衣ちゃんって呼んでいい?」
 もうさんざん呼んでおいて今更?と思ったけれど
「いいよ」
 と私は言った。
「じゃあ、ぼく帰るね」
 と琉架くんは言った。
「大丈夫?」
 私は急に現実に引き戻される。
「うん。芽衣ちゃんとキスできたから。今超ハッピーだよ?でね、家に帰ってからも、今まで以上にずーっと芽衣ちゃんの事考える。そうしたら、いつも幸せな気持ちでいられるし」
「そっか。私も琉架くんの事、いつも思っているからね」
「夢の中でも会えるといいね?」
 可愛らしい笑顔で琉架くんが言った。
「そうだね」
 私も自然と笑顔になった。


 そして、その数日後。うちにやってきた琉架くんは、顎クイから始まって、優しく、でも情熱的に唇を重ねてきた。2回目でこれですか?こちらが面食らってしまう……。
 そんな私の気持ちをよそに
「どう?どうだった?もっとすごいのも出来ちゃうけど?」
 と、テストで100点が取れた子供のようにはしゃいでいる。
「もう十分です!」
「えー?映画観たり本読んだりしていろいろ研究してきたのにな」
 と琉架くんは不満そうだ。
「こういうのは徐々にがいいの。せっかちは嫌われるよ?」
「ちぇっ。でも、確かにそうかもね?じらされた方が燃えるんだっけ?」
「そういう意味で言ってるんじゃありません!」
 本当に油断も隙もありゃしない。
「そうだ、お姫様抱っこしてあげる!」
 そう言って琉架くんは私を軽々と抱き上げた。
「琉架くんまた背伸びた?」
「どうだろ?芽衣ちゃんは軽いから、余裕だよ」
 端正な顔立ちの琉架くんに優しい眼差しで見下ろされて私はドキドキしてしまう。

 梅雨は今日で明けたらしい。
 いつもとは違う夏が今まさに始まろうとしている。
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