世界の終わりと
文字数 2,162文字
朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。
ああ、いよいよかぁと思う。
明日になって、また朝テレビをつければ「あと六日になりました」と言うのだろう。
カウントダウンが始まったのはひと月前くらいか。
あたしは朝ごはんを食べながら、ひと月前は何を思っていたかなと考えた。
うーん。思い出せない。
いつも通り目が覚めて、何にも考えずに朝ごはんを食べていたんじゃないかなと思うのだけど。あ、テレビ見て、「カウントダウンなんてやるんだ」ってちょっぴり世界の終わりを意識したかもしれない。でもそのあとはいつもの生活に戻ったはずだ。
だって世界の終わりが来ても、今日やることは何も変わらないのだから。
「テレビを見るのはいいが箸も進めろよ」
一緒にごはんを食べていた先生に注意された。
「はあい」
「おまえ、明太子食べないの? だったらおれにちょうだい」
隣から箸がにゅっと伸びてきた。
「ちょっとやめてよ! 好きだから残してたの!!」
「こら、静かに食べなさい。行儀悪いぞ」
毎回懲りずにおかずの横取りにチャレンジする精神はすごいと思うけど絶対あげない。
好き嫌いはない。出されたものは全部食べる。先生にも褒めてもらった、あたしの良いところだ。
「もっとたくさんいたら、ガミガミ怒られないのにな」
それには同意する。二人しかいないんじゃずっと見張られてるようなものだ。だけどそれは仕方ない。
「どこの地域もそうだって言ってたじゃん」
いわゆる少子化というやつだ。
「まあな。おれのせいでもおまえのせいでも先生のせいでもないわな」
「多い方が勉強もごはんも楽しいと思うけど、あたしはあんたと一緒で楽しかったよ、あ、先生も大好き!」
本心だ。
「ありがと。おまえいいやつだな。おれも楽しかったよ」
「そう言ってもらえて光栄だ。もう少ししたら体操始まるぞ」
先生はごちそうさまと言っておぼんを持って立ち上がったので、あたしたちも急いでご飯の残りを掻き込んでごちそうさまと手を合わせた。
世界があと七日で終わると告げられたところで、やっぱりやることは昨日と変わらない。体操して、勉強して、ご飯食べて、寝て。
それは明日も明後日も同じだ。
ほら、テレビだって毎日同じプログラムだ。カウントダウン以外は特別変わった放送はない。
来たる日は、ゼロ日はどんな日になるんだろうと思うことは思うけど、なるようになるしかない。あたしが慌てても仕方ないのだ。
先生もあいつもきっと慌てない。
そうして朝のニュースで六日、五日、四日、三日、二日とカウントダウンしたけど、ほんとーに何にも変わらない一日が過ぎて行って。
今日は世界の終わりの前日。
あと一日、となった。
もちろん三人で朝ごはんを食べて。
そしたら。
「今日は一日ゆっくりしろ。体操も勉強もないぞ。もう終わりだ。おまえたちはよく頑張った」
先生がいつもの口調でそう言った。
勉強ももうないのか。
急にすることがなくなっちゃった。
ゆっくり、って。何をしたらいいのだろう。ゴロゴロすればいいのかな。
明日のために準備することなんて何もない。先生も、何も持たずに何もせずに待てばいいのだと言った。
「おれ、ちょっとぶらぶらしてくる」
「そう。あたし、読みかけの本読むことにする」
世界が終わる前の日。
あたしたちはいつものように会話をして、それぞれ好きに時間を過ごした。
朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと0日になりました」と言った。
いよいよだ。
今日、世界が終わる。
「先生、今までありがとうございました」
最後だから、やっぱり挨拶はするものだろう。
終わりだと思うと、なんだか感傷的になる。終わり、っていう言葉はすごい力を持っていたようだ。
最後の最後で知ったわけだけど。終わりだけに。……って何言ってるんだろ、あたし。
「こちらこそだ。ありがとう」
先生があたしとあいつに頭をぽんぽんとしてくれた。たった二人の生徒で先生は楽しかったのかな。昔はもっとたくさんいたって言ってたけど。たくさんの笑い声やケンカとか、先生の怒鳴り声とかあったんだろうな。
「今までのこと全部忘れちゃうんですね」
「みんなそうだから」
勉強したこととか、おしゃべりしたこととか、お箸の持ち方だとか。
二人のこと、とか。
もう二度と会うことはない。
「おれさ、名前聞いちゃったんだよね」
「え? うそ!?」
先生は呆れた顔をして、あたしは裏切られた気分になった。きっと昨日だ。ぶらぶらするって言ってたし。……まあそりゃ、いいけどさ。聞かないでおこうねって約束したのに。
「あたしは楽しみを取っておく派だから」
「だよな。おれは好きなものは一番に食う派」
そこはお互い譲れない。
「よし、それまでだ。もう終わりだ」
先生の言葉で、目の前が一瞬にして真っ暗になった。目を瞑ったわけでもないのに真っ暗。
何も見えない。
そう。
世界の終わりだ。
「元気に育つんだぞ」
真っ暗な中で先生の声が遠くに聞こえる。
そう。
今日でこの世界は終わり。
そして。
今日から新しい世界が始まる。
あたしたちは。
ママの子宮を出て、新しい世界に生まれるのだ。
終
ああ、いよいよかぁと思う。
明日になって、また朝テレビをつければ「あと六日になりました」と言うのだろう。
カウントダウンが始まったのはひと月前くらいか。
あたしは朝ごはんを食べながら、ひと月前は何を思っていたかなと考えた。
うーん。思い出せない。
いつも通り目が覚めて、何にも考えずに朝ごはんを食べていたんじゃないかなと思うのだけど。あ、テレビ見て、「カウントダウンなんてやるんだ」ってちょっぴり世界の終わりを意識したかもしれない。でもそのあとはいつもの生活に戻ったはずだ。
だって世界の終わりが来ても、今日やることは何も変わらないのだから。
「テレビを見るのはいいが箸も進めろよ」
一緒にごはんを食べていた先生に注意された。
「はあい」
「おまえ、明太子食べないの? だったらおれにちょうだい」
隣から箸がにゅっと伸びてきた。
「ちょっとやめてよ! 好きだから残してたの!!」
「こら、静かに食べなさい。行儀悪いぞ」
毎回懲りずにおかずの横取りにチャレンジする精神はすごいと思うけど絶対あげない。
好き嫌いはない。出されたものは全部食べる。先生にも褒めてもらった、あたしの良いところだ。
「もっとたくさんいたら、ガミガミ怒られないのにな」
それには同意する。二人しかいないんじゃずっと見張られてるようなものだ。だけどそれは仕方ない。
「どこの地域もそうだって言ってたじゃん」
いわゆる少子化というやつだ。
「まあな。おれのせいでもおまえのせいでも先生のせいでもないわな」
「多い方が勉強もごはんも楽しいと思うけど、あたしはあんたと一緒で楽しかったよ、あ、先生も大好き!」
本心だ。
「ありがと。おまえいいやつだな。おれも楽しかったよ」
「そう言ってもらえて光栄だ。もう少ししたら体操始まるぞ」
先生はごちそうさまと言っておぼんを持って立ち上がったので、あたしたちも急いでご飯の残りを掻き込んでごちそうさまと手を合わせた。
世界があと七日で終わると告げられたところで、やっぱりやることは昨日と変わらない。体操して、勉強して、ご飯食べて、寝て。
それは明日も明後日も同じだ。
ほら、テレビだって毎日同じプログラムだ。カウントダウン以外は特別変わった放送はない。
来たる日は、ゼロ日はどんな日になるんだろうと思うことは思うけど、なるようになるしかない。あたしが慌てても仕方ないのだ。
先生もあいつもきっと慌てない。
そうして朝のニュースで六日、五日、四日、三日、二日とカウントダウンしたけど、ほんとーに何にも変わらない一日が過ぎて行って。
今日は世界の終わりの前日。
あと一日、となった。
もちろん三人で朝ごはんを食べて。
そしたら。
「今日は一日ゆっくりしろ。体操も勉強もないぞ。もう終わりだ。おまえたちはよく頑張った」
先生がいつもの口調でそう言った。
勉強ももうないのか。
急にすることがなくなっちゃった。
ゆっくり、って。何をしたらいいのだろう。ゴロゴロすればいいのかな。
明日のために準備することなんて何もない。先生も、何も持たずに何もせずに待てばいいのだと言った。
「おれ、ちょっとぶらぶらしてくる」
「そう。あたし、読みかけの本読むことにする」
世界が終わる前の日。
あたしたちはいつものように会話をして、それぞれ好きに時間を過ごした。
朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと0日になりました」と言った。
いよいよだ。
今日、世界が終わる。
「先生、今までありがとうございました」
最後だから、やっぱり挨拶はするものだろう。
終わりだと思うと、なんだか感傷的になる。終わり、っていう言葉はすごい力を持っていたようだ。
最後の最後で知ったわけだけど。終わりだけに。……って何言ってるんだろ、あたし。
「こちらこそだ。ありがとう」
先生があたしとあいつに頭をぽんぽんとしてくれた。たった二人の生徒で先生は楽しかったのかな。昔はもっとたくさんいたって言ってたけど。たくさんの笑い声やケンカとか、先生の怒鳴り声とかあったんだろうな。
「今までのこと全部忘れちゃうんですね」
「みんなそうだから」
勉強したこととか、おしゃべりしたこととか、お箸の持ち方だとか。
二人のこと、とか。
もう二度と会うことはない。
「おれさ、名前聞いちゃったんだよね」
「え? うそ!?」
先生は呆れた顔をして、あたしは裏切られた気分になった。きっと昨日だ。ぶらぶらするって言ってたし。……まあそりゃ、いいけどさ。聞かないでおこうねって約束したのに。
「あたしは楽しみを取っておく派だから」
「だよな。おれは好きなものは一番に食う派」
そこはお互い譲れない。
「よし、それまでだ。もう終わりだ」
先生の言葉で、目の前が一瞬にして真っ暗になった。目を瞑ったわけでもないのに真っ暗。
何も見えない。
そう。
世界の終わりだ。
「元気に育つんだぞ」
真っ暗な中で先生の声が遠くに聞こえる。
そう。
今日でこの世界は終わり。
そして。
今日から新しい世界が始まる。
あたしたちは。
ママの子宮を出て、新しい世界に生まれるのだ。
終