長かった一瞬

文字数 1,231文字

 『あなたは飛べる!』

 コトバではなく直感が裕一の頭の中に入って来た。

 “!? ”

 自分の身体が勝手に体操選手の床運動のように前の方へ回転しながら飛んでいた。自分が見ている物が回っていると思っていたが、宙を舞っているのは女子生徒でなく裕一の方だった。  
 
 『さあ、その子をしっかり捕まえていて!』

 “ !! ”

 アッという間に目の前にせまる女子生徒の後姿を、両腕を思いっきり開いて裕一は夢中でしっかりと抱きしめた。と同時に二人の身体全体に勝手に急ブレーキがかかり、女子生徒を後ろから抱えたまま裕一は前方の車道に放り出されそうになった。

 「ウォォォーッ!」

 そこを裕一はなんとか気合いで踏ん張った。道路との摩擦で革靴の底からゴムの焦げた臭いがした。

 『あと少しだけ頑張って!』

 二人の動きが一瞬だけ完全停止した正にその時、二人の方へ車がクラクションを鳴らしながら猛スピードで向かって来た。二人の鼻先を車がかすめる瞬間、強力なゴムに引っ張られるように二人とも勢いよく後方へ跳ね飛んだ。これらのことが起きたのは、実際のところ、ほんのわずかな瞬間のことであった。

 ナゾの力に翻弄されたあまりの勢いのせいで裕一と抱えられた女子生徒は路上に倒れ込んでしまった。
 
 「その女の子は大丈夫か?」

 「あなたは頭を打っていない?」

 「あの車危なかったわね! 先生に言っとくからね(怒)」

 周りにいた聖エルモの生徒たちが裕一を取り囲み口々に話しかけてくるが、裕一の方は女子生徒を抱えた込んだまま呆然自失の状態だった。

 その集団の中から裕一たちの前へ一人の銀色の髪の女子生徒が歩み出てきた。

 「すみません、今の事故を目撃した人は集まってくれませんか?」

 12~3人の生徒たちが自分たちの目の前で起きたことについて口々に何か言ったり話し合ったりしながら集まった。

 「皆さん、集まりましたか? 今の出来事について私たち目撃者全員で話し合いたいことがあります。ちょっと静かに聞いてください」

 集まった生徒たちに銀色の髪の女子生徒は訳ありげに大声で話しかけて静かにさせ、自分へ注意を向けさせた。もともとはまじめな生徒たちは言われたとおり、その場をリードする銀髪の女子生徒の声に耳を傾ける。

 あたりを見回してから銀髪の女子生徒はオークのヤドリギを手にしてその場の全員へ向って何ごとかを詠唱した。

 『…… あなた方は今、目の前で起きた出来事を全て忘れてしまいました』

 するとその場に集まった生徒たちは皆、まどろんだ目になって何ごともまるでなかったかのようにその場を散り去って聖エルモの方へ向かって行った。

 「女の子の命に関わることとはいえ、キミに急に大変なことをさせちゃってごめんなさい。本当はキミが目覚めるまでいて一緒にいてあげたいけど、それはできないの… 本当にごめんなさい、先に行かせてもらうわね…」

 『……』

 銀髪の女子生徒は一言二言つぶやいて、裕一たちに頭を下げてからその場を後にした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み