完話

文字数 2,907文字

 時間が存在しない永遠に変わらない想いがある。その蓋が開くと、また甘い感情に満たされる。しかし、それが今現在のものではないと気づく時、切ない思いに襲われる。いっそのこと忘れてしまえばいいのにと思いながら、決して失いたくない想い。

 彼女はあるおばあさんと住んでいる。そのおばあさんは彼女のことをスウィーティーと呼ぶ。彼女はその名前は嫌いではなかった。スウィーティーと呼ばれれば、必ず返事をする。おばあさんが初めて彼女を見た時、彼女の目を見てハッとした。遠い昔に見つめていた目を思い出させる。甘く切ない感情が体の奥の奥から湧き上がる。しかしスウィーティーは全く別の人間である。ストーブに薪を入れて火を焚くのが上手なので、おばあさんは彼女がとても気に入った。スウィーティーがうまく火を焚いてくれるので、おばあさんはいっぱい焼き菓子を焼いた。スウィーティーはどれもおいしいと言って食べる。スウィーティーはおばあさんと楽しくおしゃべりをし、よく笑うようになった。大きな声を出して笑う時もある。そんな時はおばあさんも一緒に大きな声で笑った。薪の木は、町外れに住んでいる青年が持ってきてくれて、おばあさんのところで割って薪にしてくれる。彼が来ると、おばあさんは必ず自分が焼いた焼き菓子とお茶をご馳走した。青年もおばあさんの焼き菓子をおいしいと言って食べる。今は、彼が来るとスウィーティーが焼き菓子とお茶を彼のところへ持っていく。スウィーティーが来ると青年はひと休みをし、お菓子を食べる。そして、スウィーティーと少しおしゃべりをする。青年はスウィーティーの目を見ても何も思い出さないが、キラキラ光る茶色の目はとても魅力的だと思った。いつまでも見ていたい、その目でいつまでも自分を見て欲しいと心の奥で願うようになった。

「スウィーティー、昨日兎を仕留めたんだよ。今納屋に吊るしてあって、今夜はローストしようと思ってるんだ。食べに来ないか?」青年はスウィーティーの目を見ながら聞いた。「その兎の心臓を、あなたが抉り取ったの?」スウィーティーの目に変化が起こったのを見逃さなかったが、どう答えるべきかわからない。素直な青年はこう答えた。「内臓を全部取って、吊るしておかないといけないんだよ。」

「あの子は肉は食べないよ」とおばあさんは青年に後で話した。それが青年には不思議でたまらなかった。おばあさんはどうしてスウィーティーが肉を嫌がるのか理由は知らないと言った。帰り道、青年は、なら畑で採れたカブを煮てご馳走しようと考えた。でも、スウィーティーは彼の家でご馳走になることはなかった。

スウィーティーは森を散歩していた。秋が近づき、リスやカケスが木の実を取っている。リスは高い木の上から容赦なく松ぼっくりを落としてくる。用心しないと頭に当たりそうだ。しかし、活気のある森は楽しく感じられる。そんな時、目の端でカケスではない鮮やかな青いものが飛んだ。心臓がドキッとした。そちらを向くと、鮮やかな青い鳥が飛んでいく姿が見えた。「行かないで。」彼女は追いかける。落ち葉を踏み鳴らしながら、追いかける。「私を待って。」青い鳥は木の枝に止まっている。まるで彼女に気がついて待っているかのようだ。鳥はふた枝ほど先を飛んで、振り返った。スウィーティーはまた追っかける。鳥はまたその先に飛んで振り返る。スウィーティーは追っかける。まるでふたりは戯れているようだ。スウィーティーは追いかけるふりをして木の陰に隠れた。すると青い鳥はピューと鳴いて、戻ってきた。隠れているスウィーティーを見つけると、またピューと鳴いて少し先を飛んだ。スウィーティーはまた追いかけるふりをして隠れた。鳥は鳴きながらスウィーティーを探す。しばらくふたりはそうやって遊んだ。スウィーティーは体が熱くなって汗をかいてきた。落ち葉の上に腰を下ろして、ひと息ついた。青い鳥は枝に止まって、そんなスウィーティーを見下ろしていたが、突然飛んで行ってしまった。スウィーティーは不安になって立ち上がり、「戻ってきて」と叫んだ。もう会えないかもしれない。力が抜けて落ち葉の上にしゃがみ込んでいると、しばらくして青い鳥は戻ってきた、白い花を嘴にくわえながら。鳥はスウィーティーがしゃがんでいるそばの切り株に止まり、くわえていた花を落とした。スウィーティーは鳥を驚かさないように、そっとひざまづきながら、手を伸ばしてその花を取った。近くで青い鳥を見た時、その目がよく見えた。透き通った青い目。会いたかった。鳥の目を見つめながら白い花を鼻に近づけると、いい香りがした。時間が止まってしまったようにふたりは見つめ合っていたが、青い鳥はまた高く遠くへ飛んでいってしまった。今度はもう戻ってきてくれないと、スウィーティーは感じた。

 おばあさんの家に戻り、おばあさんのところへ行って、スウィーティーは泣いた。おばあさんは優しくスウィーティーを抱いてあげた。スウィーティーが握っている白い花を見て、自分と同じように彼女は甘く切ない想いを心に作ってしまったのではないかと想像した。かわいい、かわいいスウィーティー。

 おばあさんが、まだおばあさんなんて呼ばれる日が来るなんて誰も想像がつかないくらい若い頃、キラキラ光る目の持ち主に出会った。彼とは、だんだん太ってくる月を5回見たような気がする。時間が止まってしまったような、甘い夜だった。月を5回目に見た晩は満月で、彼は月明かりを頼りに自分の国に帰らないといけないと言って、去ってしまった。今思い出しても甘い感情が体を満たす。そして、それが遠く手の届かないところと気づいた時、切ない想いが体を覆う。スウィーティーの目を見るまで、その宝箱は忘れられていたのに、彼女の目が蓋を開けてしまった。でも、おばあさんはスウィーティーを憎んではいない。人生なんてそんなものよ、かわいい、かわいいスウィーティー。おばあさんは優しくスウィーティーの長い黒髪を撫でた。

 薪割りを終えて帰る途中、青年は町である別のかわいい女の子に出会った。笑顔がとても似合う子だと思った。彼女の緑色の目は子供の頃に行った湖を思い出させる。その子は肉が好きだということも、青年は気に入った。その晩、青年は自分が仕留めた兎をローストして、その緑色の目の子と一緒に食べた。とてもおいしいと言ってくれた。ふたりはこれからずっと一緒にいようと決めた。その後、青年はスウィーティーの目は見ないようにした。しかし、ひょんなことで目を見てしまうと、心の奥がドキドキする。

 おばあさんが死んで、おばあさんの家にスウィーティーがひとりだけで住むようになっても、年を取り始めた青年は薪を割りに来る。スウィーティーの目は今でもキラキラ光っている。そんな目を見ると青年の心の宝箱の蓋が少し開いて、心の中で彼女の目のようなキラキラ光るものが舞う。時々、自分の息子や娘を連れて来る。スウィーティーはおばあさんに習ったおいしい焼き菓子を青年と子供達にご馳走する。誰もがおいしいと言って食べ、みんなでおしゃべりをし、時々大きな声で笑ったりする。
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