第1話

文字数 1,991文字

 初めは私の定められた運命へのちょっとした抵抗のつもりだった。

 ある日、女子校時代からの唯一の友達に誘われ、当たると評判の占いへ行くことになった。
 地元のターミナル駅から十分程歩いたそれらしい路地裏に、黒いクロスのかかった机と大きな水晶玉、背のない丸椅子というこれまたそれらしい構えのお店があった。かくなる上はそこに佇む五十代くらいの女性の格好がそれらしいを超えてコスプレの域にすら感じる。あれでは占い師というより西洋の魔女じゃないだろうか。そう思うと、その女性の後ろに倒してある傘も不思議と魔法の杖に見えてきた。
「ねえ。本当にここなの?評判という割には他のお客さんどころか人ひとりいないみたいだけど……」
「おかしいわね。確かにここって聞いたんだけど」
 友達は何やらスマートフォンに向かってぶつぶつと呟きながらやや格闘していたようだったが、不意に画面を落として私に向き直った。
「まあ、いいじゃない。冒険よ冒険。お堅い家からお堅い家に嫁いだおかたい人生を送るあなたには冒険が足りないのよ。たかが占いじゃない。どうせお金だってたくさん溜め込んでるんでしょ」
「いや、そういう問題じゃ……」
 そう言葉では言いながらも、心は否定しきれないところがあった。
 青春とは程遠い学生時代を過ごしたのち、親の紹介で出会った人と結婚。それから家庭に入ってもう直きに十年が経とうとしている。
 最近はふと家でひとり家事をこなしている時、自分のこれまでとこれからの人生を憂うような気持ちになることがあるのも確かだ。
 何より、私とはまるで正反対の性格をしたこの子に背中を押されて助けられたこともたくさんあったのだ。
「ね、行きましょうよ」
「うーん、わかったわ。あなたって高校生の時から何も変わらないわね。羨ましい」
「何よそれー。馬鹿にしてるでしょ。あーあ、いっそ見た目も16歳の頃に戻してってお願いしてみよっかな。なんかあの人魔女みたいじゃない?」
「わかるわ。私もそう思ってた」
 そう言って笑い合いながら、私たちは路地へと踏み出していった。


 そうしてわたしは16歳になった。
朝起きたらなってた。
 結局あの人は魔女だったし、あの傘は魔法の杖だった。
 何ならよし子が「魔女みたいですね」って聞いたらあのおばさん「魔女です」って自分で言ってたし。めっちゃ杖にぎって呪文唱えてたし。
 てか、わたしの16ん時こんなんじゃないから。もっとイモくさい感じだったし。絶対、あのおばさんの固定観念入ってるっしょ。魔女にしたって見た目ベタすぎたし。
 とりあえずわたしはよし子に電話することにした。今朝から既読にならん。ありえん。
 けれども、よし子は一向に電話にでる気配がないので、どこぞのメンヘラ女ばりのメッセージを追加で五つほど送信し、わたしは不貞寝を決め込むことにした。
『ねえ』『ねえってば』『無視しないで』『どうせ見てるんでしょ』『わたしどうしたらいいの、、、』
 我ながらこれはしんどい。

「――え!ゆりえ!」
 わたしを呼ぶ声がする。
 目を開け、そっと体を起こし、部屋の姿見を見た。
 いや、夢ちゃうんかーい。
「おい、ゆりえ!入るぞ!」
 声は近づいてくる。
 はいはーい、と呑気な返事と同じタイミングで部屋のドアが開いた。
「ゆりえ大丈夫か!具合でも悪いの……か……」
「あー、ダーリンか、おはよ。あれ、ダーリンなんて呼んでたっけ」
「……110か?119か?どっちが先だろうか」
「あ、やめて、三桁やめて。緊急性は多分低いから」
 ダーリンは画面から顔を上げ、改めてわたしと目を合わせたところでおそらくパンクした。わたしはフリーズしてる手元からとりあえずスマホを取り上げた。説明がつかん。
 ググるか、と思ってスマホを開く。てか顔認証いけんの謎すぎな。
 その時、よし子から電話が来た。


 結論から言うと何とかなった。
 占いに行ったあの日、魔法をかけられたその瞬間、よし子はカメラを回してた。バズるとおもったらしい。その辺のアンテナがもうJKレベル。
 そしたら急に私が気を失ったから、その魔女のことめっちゃ詰めたらしい。それこそ動画撮ったんだからなって。
 そっから逃げる魔女一晩中追いかけ回して、お昼頃魔女引きずってうちに来たわけ。バイタリティはもはやJK超えてる。少なくとも四十のそれではない。
 ただ、ぼんやり覚えてるけど、魔女なら若返りの魔法とかないんですかー?とか煽ったのもよし子だったと思う。ほぼ共犯。
 で、魔女には今後この辺の説明は全部なくてもうまいこといく魔法をかけてもらった。まだこのままでいたいと思ったんだよね。やっぱ、わたしも満更じゃなかったらしい。
 いろんなものが今までと違って見える。青春ってこんな色してたんだなって。感性も変わちゃったからなのかな。知らんけど。
 てか、そんなことより、旦那のビジュがいい。さんきゅ、四十の私。
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