第1話

文字数 2,192文字

「ねぇ、ウチってどんな"エコ"してるの?」
夕飯の時、小学生の息子が私達に訊いてきた。
「エコ?」
「学校の宿題で、家でやってるエコなこと書いていかなきゃいけないんだよ」
なんとも今の時代らしい宿題だと思った。
「エコなんて、ウチは特別何もやってないんじゃない?ねぇ?」
「俺はやってるよ」
隣でご飯を食べている旦那に訊くと、そう即答した。
「何を?」
「ゴミの分別」
そうだった。
ウチの旦那は付き合っていた頃からゴミの分別にこだわりが強かった。
ペットボトルのキャップや缶のプルタブは当たり前。ボックスティッシュの取り出し口にある透明のペラペラしたヤツも当たり前のように剥がしてプラスチックと雑紙に分けるし、スーパーで買ってきたプラスチックトレイも、シールがキレイに剥がれない部分はわざわざ切り取ってでも分別する。挙げ句の果てには、私が一度ゴミ箱に捨てたものも、分別が気になるとわざわざゴミ箱から取り出してでも分けていた。
「あれってエコなの?パパの性格でしょ?」
「ゴミを分別は立派なエコだろ。燃えないもの燃やしたらダイオキシンとかで出るんだろ?分別は地球のためになるだろ」
まぁ、大きく括ればエコなのかもしれないけれど、どう考えても地球のためというよりも、自分のこだわりのためのような気がした。
「俺はさ、常に地球のこと考えて生活してるんだよ」
その先は言わなかったけれど、きっとあっただろう「誰かさんと違ってね」の気配を感じ取った私は、その上から目線の言い方にカチンときた。
「あっそ。私に言わせてみれば、パパはもっと節約した方が、地球のためになると思うけどねー」
だから、少し反撃してやることにした。
「してるだろ」
「してないでしょ!いつも洗面台の電気はつけっぱなしだし、歯磨きするときだって水出しっぱなしだし。トイレットペーパーは30cm位使ってるでしょ?ティッシュだって毎回2枚取ってるよね?車で出掛ける時だって、よく道間違えるから遠回りしてガソリン代の無駄だし、車で走ってる時間長くなれば、それだけ排気ガス撒き散らして地球汚してると思いますけどねー」
「それは…」
旦那は"ぐうの音も出ない"といった表情で、私を見ていた。
「要するに、パパは極端なのよ。一転集中でエコするよりも、少しずつでも広くいろんなことに気を付けて生活した方がいいと思う。家計のためにもね。家計が浮いた分、地球に貢献したことにもなると思うわけよ」
「いや、それは違うな」
見事に論破してやったと思っていた私に、珍しく旦那が言い返してきた。いつもなら面倒臭がって「はいはい」と引き下がるはずなのに。
「お前が言ってるのは節約であって、エコじゃない」
「一緒でしょう?!」
「いいや違う。俺は純粋に地球環境を守るためにゴミの分別をやってるんだ。地球がキレイになる以外に見返りなんてもとめてないんだ。でもお前の言い分は節約であって裏には家計を浮かせたいって"欲"があるじゃないか」
「欲があって何が悪いのよ」
「じゃあ聞くが、もしもガスも電気も水道も全部無料の世界だったとしたら、お前はそれでも俺に節約しろって言うか?ティッシュが無料で配られる世界で、お前は2枚も使うなって言うか?」
「それは…」
なんて嫌な言い方をするヤツだと、素直に思った。きっと今度は私が"ぐうの音も出ない"顔になっていたと思う。
私が言いたかったのは、お互い価値観が違うのだから気になる点が違うのは仕方がないことだということ。そこをお互いに注意し合っていけばうまくいくんじゃないかってことだったのに…。
「俺は、地球のために"無欲"でやることこそがエコだと思う」
「いーや、それは違うと思う」
本当なら、ここで私が「はいはい」と引き下がるべきなのだろうけれど、どういうわけか引き下がりたくなかった。なんとしても旦那に私の真意を伝えて納得させてやりたかった。
「見返りを求めたって、その結果地球のためになるんなら、それはエコだよ。そもそも地球をキレイにしたいって感情だって"欲"じゃん!」
「いや俺が言ってる"欲"ってのは、はそーゆー"欲"じゃなくてーーー」
そんなこんなで、ウチのエコ事情は、どんどん大きく、どんどん壮大な方向に脱線していったのだった。

数日後。
息子が持って帰って来たプリントが目に留まった。"あの日"のエコ討論した日の宿題だった。
結局、あれから私たちは討論に無夢中になってしまい、そもそも息子の宿題だったということを忘れてしまっていた。
申し訳ない気持ちで、私はプリントを見た。そこには、こう書かれていた。


①【僕の家のエコ】
・ゴミを分けてすてる
・エコについてはなしあう
②【調べてみた感想】
・お父さんもお母さんも、ぼくが思っていたのよりもエコのこと考えていておどろいた。でも、夜おそくまで電気をつけてはなしあいをするのはエコじゃないと思った。


「……深っ!」
まるで世界中の大人達に向けられたような息子の率直な感想に、私は自分の考えを旦那に納得させようと、だらだらと持論を垂れ流し続けていた自分が恥ずかしくなった。
仕事から帰ってきた旦那にプリントを見せると、同じような感想が帰ってきた。
「……何もわかってなかったな、俺達」
「……うん、そうだね」
私達はきっと、前よりもずっと"ぐうの音も"でない表情だったに違いない。
今の子ども達に大人達が出した宿題は、想像異常に難しいもののようだ。


おしまい




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