第1話

文字数 1,039文字

   三点                   

 三つの点があって、それがたまたま目と口の位置に並んでいたりすると、すぐ顔に見えてしまう。ジャガイモの窪み、パンに塗ったジャム、川の中の石、なんでもいい。三つというのが重要らしい。シミュラクラ現象というらしいが、すぐ顔にしてしまうのは生き物の本能なのだろうか。
 近所の公園に、どうしても顔に見える木があって、通るたびに見てしまう。枝が切られた跡が二つと、幹にあいた穴が一つ。見事に顔を形成している。口を丸く開けた、ちょっと驚いたような顔なのだが、雨の日は、滂沱の涙にくれる悲嘆の顔になる。ときには無表情、ときには変に間伸びしている。その日の気分によって、木は表情を変えるのだ。あまりに顔なので、通り過ぎるときに心の中で挨拶をする。
 レストランで食事をしたときのことだ。白いテーブルクロスに大量にパン屑が散らばった。ふと見ると、パン屑の塊が、偶然にもニコちゃんマークを形作っている。店員が小さな銀のちりとりを持ってやってきた。あたかも雪原に橇を走らせるかの如く、軽快にちりとりを滑らせ始めた。私はニコちゃんをじっと見ていた。ちりとりが、ついにニコちゃんに迫ってきた。店員はどうするのか。ちりとりは躊躇した。一瞬止まった。だがそれはあくまでも一瞬であった。無情にも、ニコちゃんはあっというまにちりとりに吸い込まれていった。
 ちりとりが一瞬でも止まったことで、私は店員がニコちゃんを認めたことを知った。顔だったので、おそらく躊躇したのだろう。
 なんでもすぐ顔に見えてしまう、と友人に言ったら、正常だよ、と言われた。顔に見えない場合、脳のある部分が働いていない可能性があるという。人の顔の判別が難しくなる病気があるらしい。
 そうか、正常なんだ、と思いながらも、またもや毛布のひだの窪みに顔を発見した。さっきからどうも落ち着かないと思ったら、このせいだったのだ。修道女のような顔だが、毛布の表面で祈りの表情を浮かべられても困る。
スープに浮かんだコーンやニンジンの具まで顔に見える私は、どうやら顔認証システムが人より過度に働くらしい。きっとこじつける癖があるのだろう。
文豪の小説で、天井の木目が老婆や鬼の顔に見えて怖いから仰向けに寝ない、というのがあった。正岡子規も、病いの床で、移り変わるランプの炎の中にさまざまな人の顔を見ていたという。まあそういうものなんだろう、と思いつつ、テーブルに落ちた水滴が顔になる前に、指で素早く伸ばしてしまう。
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