第1話

文字数 4,894文字

 本日、名探偵と呼ばれる俺、宮間 忠司(みやま ただし)の人生の中で一番に悩ましい謎が発生した。
 ことの発端は今朝の教室でのことだ。
 俺はいつものように学校に登校。自分の席に着き、スクールバックから教科書やノートを机に入れようとした。だが、何やら違和感がある。
 机の中をのぞき込むとそこにあるはずのないものが存在していた。
 そう、その正体は一通の手紙。俺の机に入れられていたのだった。
 一体、誰からの手紙だ? まさか果たし状……
 恐る恐る手紙の差出人名を探すが、手紙のどこにも見当たらない。
 仕方なく、封をするために手紙についていたかわいらしい犬のキャラクターのシールをはがし、中を開けて一枚の便せんを取り出した。
 折りたたまれた便せんを広げ、中を確認する。

 宮間くんへ

 今日の放課後、午後4時。
 視聴覚室に来てください。
 大事な話があるので。
 待っています。

 内容はいたってシンプルだ。
 だがしかし、差出人の名前が書かれていない。
 これ、本当に誰からの手紙だ?
 放課後に待っているという内容。一見、告白したい相手を呼びだすラブレターのように見える。
 だが、俺は全然モテるタイプではないし、自分に告白をしてくるような女子も思い浮かばない。
 以上の点から、僕はある結論を導き出す。
 これは友達のいたずらに違いない!
 人生初のラブレターにうろたえる俺の姿を面白がるために仕掛けたトラップというわけだ。
 ふふ、完璧な推理だ。ミステリー作品をこよなく愛し、数々の事件を推理し続けてきた俺によればこんな謎、すぐに解決できてしまう。
 さすが、学校一の名探偵の俺なだけある。
 すぐに友達に真相の確認にいこう。もちろん、さりげなくだ。


「羽田(はだ)。今日さ、俺が登校してくる前に俺の席でうろうろしてるやつとか見なかったか?」
 俺は友達の中でも一番仲のいい羽田に声をかけた。
 まぁ、一番といっても俺の友達は羽田くらいしかいないのだが……
 天才はいつの時代も孤独。そんな俺が唯一、心を許している相手が、この羽田という同級生なのである。
「ん? 何。またいつもの名探偵モード?」
「失礼な。モードではない。俺はいつでも周りに頼られる学校一の名探偵だ」
 首をかしげて尋ねる羽田に、俺は胸を張って答えた。
「周りに頼られるって……そんなところ一度も見たことないけど」
 痛いところをつかれる。そうだ、まだこの名探偵に依頼が来たことは一度もない。
「ごめんごめん。意地悪なこと言って。僕は宮間の推理力、頼りにしてるから」
 やわらかな笑顔を浮かべて言う羽田。
「そうだ。いつでも相談していいからな。何でも解決してやるぞ」
「うん。そのときはよろしく。ところで、さっきの続きなんだけど」
 そうだった。俺としたことが話が脱線してしまった。例の手紙の話を聞いていたのだった。
「確か、うちの学級委員長が宮間の机に何か入れているのを見たよ。何だかそわそわした様子で」
 学級委員長……
 あぁ、あのいつもおさげ髪で丸い眼鏡をしているさえない感じの女子か。
「それは本当か」
「うん。間違いないと思う」
 俺は真っすぐに羽田の目を見つめる。
 彼の目に好奇の色は浮かんでいない。
 真剣で嘘偽りのない目だ。
「……そんなに見つめられると何か照れるんだけど。宮間」
 さっと目をそらしてうつむく羽田。照れからなのか耳まで真っ赤に染まっている。
「悪い、羽田。実は俺、お前のことを疑っていたんだ」
「え!?
 顔を紅潮させながらこちらに瞬時に振り向く羽田。
 目は見開かれ、ぷるぷると震えている。
「ぼ、ぼぼ、僕は……!」
「落ち着け。まだ途中だ。羽田が犯人ではないことは今の話とお前の目で十分にわかった。俺の推理ミスだ。悪かったよ」
 羽田の肩を軽くぽんと叩き、素直に謝る俺。
「は、はんにん? え?」
 俺の謝罪に羽田は間の抜けた声で答える。
「何だ、わかってないのか。手紙の犯人だよ。俺は羽田がラブレターで舞い上がる俺の姿を面白がるために手紙を出したんじゃないかって考えていたんだ」
 羽田はその言葉に安心したのか、ふーっと深くため息をつき、言った。
「びっくりしたじゃないか。てっきり僕のこと、宮間に知られちゃったのかと思ったよ」
 ん? 知られちゃった?
「知られるって、俺はこの学校に入学したときから羽田のことは知っているぞ。何を言ってるんだ?」
「え、あ! うん、そうだよね。僕、本当に何を言ってるんだろうね。あはははは……」
 不自然な笑いを浮かべながら答える羽田。
「おかしなやつだ。羽田、お前は俺が唯一認めているパートナーで助手なんだからしっかりしてくれないと困るぞ」
「パートナー……」
 きょとんとした顔で羽田はつぶやくと、満面の笑みを浮かべて言った。
「そうだね! 宮間の助手として僕ももっと推理力と観察力を磨かなきゃだね!」
 とっても嬉しそうだ。
 名探偵にはやはり優秀な助手が必要だ。
 羽田の推理力はともかく、観察力は日頃の会話からかなり良いと踏んでいる。
 そして、俺のこの崇高な会話にもついていける貴重な存在。これからも大事にしなくてはだな。
「おう。俺も羽田のこと信じているからな」
 そう言ってすぐに気づく。
 あ、俺、信じるとか言ってさっきまで羽田のこと疑ってたんだよなぁ、と。
 ま、名探偵だってたまにはしくじるときもある。
 今後は気を付けるようにすればいいだろう。


「羽田が犯人でないとすると、やはり証言に出た学級委員長が怪しいな」
 俺は再び自分の席に戻り、一人で今までの状況を整理していた。
 学級委員長とは事務的な会話しかしたことがない。
 なのに、ラブレターのために朝早く学校に登校し、俺が教室に来る前に机に手紙をしのばせていった。
 彼女が俺に好意を抱いているというようなことも思い当たらない。
 う~む、謎だ。わからない。
 これは聞きこみ調査をするしかないか。


「飛山(とびやま)、ちょっと話いいかな」
 俺は極めて紳士的な態度で、学級委員長の親友である飛山に声をかけた。
「み、宮間くん? ご、ごめんなさい。今、時間がなくて」
「いや、あるだろ。さっきまでそこの女子共とくだらない会話をしていたじゃないか」
 そう反論した俺を周囲の女子共が不快感をあらわにした目で見てくる。
「え、あ、わかりました。少しだけなら」
 その重くいやな空気に耐えられなくなったのか飛山は俺の誘いにしぶしぶ乗るのだった。

「で、私に、何の用ですか」
 困ったような顔で俺に問いかける飛山。
「お前に聞きたいのは他でもない、学級委員長についてだ」
 そして、俺は今までの経緯を離す。
 朝、投稿して自分の席に着くと机の中に謎の手紙が入っていたこと。そして、その手紙を学級委員長がいれていたとの目撃情報があることを。
「これは確かな情報だ。お前、何か学級委員長から聞いてないか? 例えば俺にどう告白すればいいかとか、ラブレターを渡すならどう渡そうかとか」
 一瞬、間が空いて飛山が口を開いた。
「はぁ? ラブレター!? 告白って、真美(まみ)があんたなんかに!? ありえないんですけど」
 普段はおとなしい飛山がものすごい剣幕で否定してくるので、俺はその迫力にひるんでしまった。
「っ、な、何だ。ありえないとは言い切れないだろ」
「言い切れます。真美のことは私が一番知ってる。だから真美があんたを好きだなんて絶対にない」
 声を荒げて真っ向から言い切る飛山。
「だ、だとしたらだな、何で委員長は俺に大事な話があるなんて書いた手紙を机に入れたんだよ!」
 そうだ。彼女が俺の机に手紙を入れたのは事実。
 俺への告白でないなら、あの手紙は何なのか。
「はっ、そんな手紙、本当にあるの? 妄想しすぎで頭おかしくなったんじゃないの?」
 駄目だ。こいつじゃ話にならないな。
「分かった。もういい。お前にはどうやら俺の話す内容が難しすぎたようだ」
「理解したくもない。もう話かけないで」
 何て冷たく酷い言葉だ。
 俺は飛山からの聴取を切り上げ、その場を去っていった。


 手紙を出したのは学級委員長。だが、彼女が俺に好意をもっているのはあり得ない、か。
 うんうんとうなりながら、俺は自分の席でまたも状況を整理する。
「宮間くん」
 ふいに声をかけられ、俺は顔を上げるとそこには意外な人物が立っていた。
 学級委員長の小峠 真美(ことうげ まみ)だ。
「あの、手紙読んでくれた?」
 何ということだ。まさか、差出人から声をかけられるとは思っていなかった。
「もちろん、読んだよ」
 すると、彼女はほほえみながら
「よかった。ちゃんと伝わっていて」
と、答えた。
 こ、これは……やはり、告白!!
「絶対、書いてある約束守ってね。じゃないと私、困っちゃうから」
 俺は爽やかな笑顔で答えた。
「もちろん。絶対に行くよ。当然だろ」


 放課後、俺は初めての告白に緊張で心臓がバクバクになりながら視聴覚室へと向かう。
 まさか、本当に委員長が俺のこと好きだったとは。
 彼女だけは俺の真の魅力に気づいていたのだな。
 ぱっとしない子だと思っていたが、なかなか見どころがある。
 それに、あぁも露骨に好意を向けられると気持ちが揺らぐ。
 案外悪くないかも、というか付き合ってもいいんじゃないか?
 ドキドキと緊張で浮かれまくりの俺。
 告白で頭がいっぱいで、謎については頭からすっぽり抜けてしまっていたのだった。

ガラッ
「真美、お待たせ」
 俺は視聴覚室の扉を開け、決め顔をする。
 だが、そこに彼女の姿はなかった。
 代わりにいたのは俺の担任である木崎先生。
 新任の先生で若く、スタイルも良い女性の先生で男子からとても人気のある先生である。
 そんな先生がこちらを呆れた様子で見ていた。
「宮間、お前遅いぞ。早く入ってきて前に座れ」
 どういうことだ? 何故、先生が?
 俺、委員長に告白のため呼びだされたんだよね?
「あの、ま……いえ、委員長は?」
「あ? いるわけないだろ。彼女にはお前にここに来るように書いた手紙を渡すよう言っただけだぞ」
 え? じゃあ、あの手紙を書いたのは先生?
 ということは……

「先生、俺のこと好きなんですか」

 俺の名推理が炸裂し、室内を静寂が支配する。
 そうか、そういうことか。全てが繫がった。
 先生が俺を好きでこんな周りくどいことをしていたのか……
 納得する俺を見て、先生はため息をつくと立ちあがり、ゆっくりとした足取りで俺の真ん前まで来た。
 こ、これは、熱い抱擁を交わす流れでは!
 しかし、期待していた展開は訪れず、代わりにされたのは、
バシッ
強烈なデコピンだった。俺の美しきおでこにクリーンヒット。
「お前はアホか! 呼びだしたのはこれのためだ」
 目の前にある用紙が差し出される。
 それは俺の書いた進路希望調査票だった。
「全部の希望が世界一の名探偵って。こんな進路希望初めてみたぞ!」
「え? じゃ、告白じゃないんですか?」
「当たり前だ。改めてきちんとした進路を聞くために呼びだしたんだよ。まったく、どうしたらそんな風に思えるのやら……」
は、ははははは……
 俺の乾いた笑い声が響く。
 あぁ、どうやら今回の推理は大はずれしてしまったようだ。まさか進路調査の件での先生からの呼び出しの手紙だったとは。実にまぎらわしい手紙だった。
 でも、なかなか良い線はいってたんじゃないだろうか。聞きこみ調査や状況整理でいつもより謎に迫れた気がするぞ。ふふふ。
 ま、まだまだ世界一の名探偵になるまでの道のりは遠いけどな。

 さてさて、明日はどんな謎が俺を待っているのか。
 それは明日になってみないとわからない。
 すべては神のみぞ知る、だ。


完 
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