第1話

文字数 1,920文字

大発見したから来て。

突然、美森からそんな連絡がきた。
私はと言えば、何度目かになる企業からのお祈りメールに大きな溜息を吐いた直後で、どこか投げ遣りな気持ちでメッセージを返した。

――発見って何?
――来たら見せる。
――いつ行けばいいの?
――いつでもいいよ。ヒマだし。

今日は後一社分のエントリーシートを書き上げようと思っていたくらいで、他に予定はなかった。
悪いタイミングで来た突拍子もない美森からの連絡に、最初は少しイラッとしたが、冷静になればこの誘いは有難い。今日みたいな日は一人でいてもどうせ就活についてあれこれ考えてしまうだけだろうし、気の置けない友だちと会うのは良い気晴らしになるだろう。

――じゃ、6時ころに行く。
――りょーかい。

ある程度回数を重ねてしまうと、エントリーシートの作成は最早機械的な作業に近い。
どこの企業も形式は似たり寄ったりだからである。就活を始めたばかりの頃は企業によってもう少し内容を吟味していたものの、今書いているもので面接までこぎつけられることが分かると精査するのは止めてしまった。
予定通りにエントリーシートを仕上げ、時計を確認すると、まだ時間には余裕がある。
思い立って、私はジーンズから明るいオレンジのスカートに履き替えると、買ったものの使っていなかった濃い色のリップを塗り直した。企業受けを狙ったナチュラルメイクが続いていたから、それだけで何だか解放感を覚えながら、家を出た。

「よく来たね~、杏子」
「久しぶり、美森。……って、髪、赤にしたの?!」
「うん。今、いちごスイーツ専門店で売り子してるから、髪もいちごカラー」

同じ高校だった美森は製菓専門学校に進学し、四年制大学にいった私より一足先に社会人になっていた。いつか自分の店を持つのを目標に、今はお菓子屋さんを転々とし勉強している。

「ご飯まだでしょ? 作ったから食べよ」

お菓子作りはもちろん、美森は料理も美味かった。
間もなくテーブルに並べられたのは、炊き立ての真っ白いご飯、アサリの味噌汁、チーズと大葉の肉巻き、ブロッコリーの塩昆布和え。

「相変わらず美味しそう」

食欲をそそる香りが部屋に満ち、急激にお腹が減ってくる。

「杏子はそう言ってくれるから、作り甲斐あるんだよね~」

私たちは、「いただきます」と手を合わせた。
まず箸を伸ばしたのは、肉巻き。一噛みすると、とろとろのチーズと爽やかな大葉が肉汁に包まれる。
美味しいご飯というものは偉大で、人を無口にもするし、饒舌にもする。私の場合は後者で、食べながら「また面接ダメでさ~」「もう就活やめたいよ。やめられんけど」と軽い調子で溜め込んでいた鬱憤を吐き出していった。
美森も変に重い空気にならずに「マジ? 大変じゃん」「この味噌汁美味すぎない? 私天才」と、聞いてるのか聞いてないのか分からない適当な相槌をする。
おかげで、皿が空っぽになる頃には、お腹は満たされ、逆に心は大分軽くなった。けれども、これで終わらないのが、美森のご飯だ。
「そろそろいつものあれ行ってみようか~」
立ち上がった美森に、私は「待ってました!」と声を上げる。
今日はケーキかな、プリンかな?
美森ご飯の最後は、毎回デザートと決まっている。しかし、わくわくしながら待っていた私は、彼女が持ってきたものを見て首を傾げた。

「ウィスキー?」

それは、ラベルの貼られた酒瓶だった。

「うん。言ったでしょ、大発見したって。これがそれ」
「美森が買ってきたの?」
「買ってきたのは、カレシ。もう別れたから、元カレだけど」
「えっ、別れたの!? いつ?」
「一週間前。で、ここに置いてったこれどうしようかなって。それでね……」

美森は、とっておきの秘密を明かすように、瓶の隣にある物を並べる。
それは、チョコマカロンが添えられたバニラアイスで、何をするのかと思えば、美森はそれにウィスキーを掛け始めた。

「試しに掛けてみたら、すっごく美味しかったの。大発見でしょ?」
「何これ、すごく美味しそう……」

手作りバニラアイスの優しい甘さとアルコールの程よい刺激が口内で混ざり合うところを想像すると、涎が出そうだった。
さっきご飯を食べながら、ビールを買ってこれば良かったと思っていたから、なおさらだ。

「私、普段お酒ってあんまり飲まないから、別れなきゃこんな食べ方知らなかった。別れてみるもんだよね。だからね、杏子も今ダメだって思っても、きっと大丈夫」

言って、美森は私にアイスの入ったグラスの一つを手渡す。

「これを食べれば全部うまくいくって魔法かけといたから。さ、乾杯しよ」

グラス同士が静かにかち合う。
バニラと溶け合ったウィスキーを喉に流し込むと、私は自分の未来が少しだけ光を取り戻した気がした。



<終>
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