第1話

文字数 3,102文字


「ああ!クソが!」
 俺は怒り狂っていた。普段から怒りっぽいと他人から揶揄されることが多いがそれは自分でも自覚している。何かがあったと言うと約束していた女にドタキャンされたのだ。付き合っているわけではないし、付き合うつもりもないが溜まった欲求を発散できないと知った俺は道端であるにも関わらず大声で怒りをスマホにぶつける。
「ツイてねぇなぁ」
 誰に言うわけでもなく俺は独り言ちる。こうでもしなきゃ怒りが収まらない。おれは帰路につきながら誰か都合のつく女がいないか連絡先を確認する。
「そういえば、あの女はどうだろ?」
 少し前に出会った女は健気で素敵な女だった。少し胸が小さいのが難だがこの際仕方がない。俺は歩きながら件の女に電話をかけ始めた。


 許さない。絶対にあいつは許さない。私を弄んだ上に他の女と歩いていた。歩いているだけならまだしもあいつはそのままホテルに入っていった。やろうとしていることは明白だ。あいつは最中に私を愛していると散々言い続けていたにも関わらず他の女に手を出した。つまり私は遊びだったのだ。許せない。
 私はその男に復讐するために自宅にあった包丁を持ち出して彼の家へと向かう。片道電車で二十分。しかし、凶器を持って人目の多い場所に行くわけにもいかず、私は徒歩で彼の家へと行くことにした。それも苦ではない。これから果たせる復讐のことを思えば軽いものだ。スマホのアプリで何時間かかるか調べると片道四時間と出た。構わない。私を弄んだあいつを絶対に許さない。この四時間、色々と考えながら歩いていた。仕事のこと、親や兄弟のこと。しかしやはり私は自分の全てを捨ててでも彼に復讐することに決めたのだ。あいつを殺して私も死ぬ。そして二人は天国へと旅立つのだ。


「いや、突然なのに悪いね。さ、入って入って」
 先ほどとは打って変わって俺は上機嫌だ。駄目元でかけた電話が繋がって、しかも都合もつくとのことだった。彼女とはもう何回目かも忘れるくらいの仲だ。それなりに彼女が感じる場所も把握している。楽しい夜になりそうだ。
「ホント久しぶり!圭介ってマジで気まぐれだよね。でもちゃんと月一で連絡してくれるからアタシとしても嬉しいな。……ね?早くしよ?」
 おっと、その一言で身体中が熱くなってきてしまったぜ。特に下半身が。ここからは大人の時間だ。見たいなら作者に土下座でもして頼むんだな。
 俺はドアを閉めて二人っきりの空間を作る。これ以上は描写できない。大人の世界なのだから。


やっとここまできた。奴の家の最寄り駅まで歩いてきた私は少しの疲れを感じながら次の目的地へと歩を進める。奴の家は駅から目と鼻の先。緊張のせいかそれとも夜の寒さのせいか手が震える。大丈夫。私ならやれる。根拠がなくとも少しでも自信をつけるために私は自分に言い聞かせる。懐に大事にしまってある包丁を服の上から握りしめる。私はあいつを許さない。それだけ考えていれば良いのだ。そうしていると安心したのか震えが止まる。彼の存在が私の精神安定剤となっているのだ。それを実感しつつも彼を殺す衝動を止めることができない。やはり心中するしか方法はないのだ。


 事後、タバコを吹かしながらベッドに寝転ぶ。いやぁよかった。溜まった欲求も発散され、俺の欲求は食欲に向かっていた。女に頼んで食事を作ってもらう。もちろん裸エプロンで。またしても欲望がむくむくっと膨れ上がりそうになるがそこは我慢我慢。まずは腹ごしらえだ。それは俺の腹もぐぅと間抜けな音を立てて了承している。
「出来たよ〜」
そんな風に過ごしているとすぐに女が料理を運んできた。
「お、うまそうじゃん」
 女が作った料理はオムライス。子供の頃に親に頼み込んでも何故か作ってくれなかった俺の大好物。この女、本気で俺をオトそうとしているな?と勝手に冗談半分の疑心暗鬼になる。
「いただきまーす」
「ふふっ召し上がれ」
 俺はスプーンを持ってオムライスにがっつく。うん、うまい!このチキンライスが堪らないんだ。ケチャップの甘みと酸味がご飯全体に行き渡ってどこから食べても美味しい。卵はうまく半熟になっており、まるでレストランやテレビで見るような美しい黄金色に輝いている。
 俺がオムライスを平らげた時、突然チャイムの音が部屋に響き渡った。
「誰だ?」
「あたし行くよ」
「いや、そんな格好で出るなよ。俺が行くから」
 そう、俺は気の利く男でもあるのだ。俺はズボンを素早く履いて玄関へ向かう。こんな時間に誰だろうか?
 ドアを開けた瞬間、俺の満腹の腹に衝撃が伝わった。


 やった!やった!私はやったんだ!あいつに一矢報いることができたんだ。私は来た道を戻るように走る。本当はあそこで私も死ぬ予定だったが想定外のことが起きてしまったので仕方がない。他の女がいたのだ。よくよく考えていればそれも想定内となるはずだろうが、往路での私の頭の中は復讐を完遂することだけで一杯だった。気が動転した私は彼の腹に刺した包丁をその場に落として逃げ出してしまった。
 しかし、今の私の頭の中は復讐を実行した高揚感で脳内物質が溢れかえっている。私が冷静さを取り戻したのは走り疲れて立ち止まってからだった。時計を見ると二十分も走っていたことになる。さてこれから私はどうやって死のうか。一つの目的を果たしてしまった高揚感の後に訪れたのは何かを失ってしまったような虚無感だった。


——何だ?一体何が起こったんだ?
 俺は何が起こったかもわからず、体の力が抜けその場に倒れこむ。寒い。ドアが開けっ放しだ。動こうとすると体の痛みに気がついた。声も出ないほどの激痛。痛む腹を触ると暖かい血がとめどなく溢れているのがわかる。倒れ込んだ目の前には血に塗れた包丁。
——誰だ?誰がこんなことをしたんだ?
 現状を把握することができない。脳みそは既に機能を停止しかけている。
 すると後ろの方から人が歩いてくる音が微かに聞こえた。
——お前か。俺を傷つけたのは。俺をこんな風にするなんて絶対に許せない。
 怒りが俺を包む。もう誰にも止められない。止まるとすれば俺の体が動かなくなる時だ。
 俺は朦朧とした頭と体を引きずって包丁を握る。そして後ろから忍び寄る人間に包丁を突き立てる。
 それは思っていたよりもあっけなく、抵抗もなく、スッと彼女の胸に刺さった。


「ふぅ、やっと終わった」
 私は椅子の上で伸びをしながら呟く。帰宅する前にコーヒーでも飲んでゆっくりしようかと立ち上がると部屋のドアが開いた。
「あー疲れた」
 おやおや私の先輩が帰ってきたようだ。
「お疲れ様です先輩」
 私は先輩が何に疲れているのかは知らんがとりあえずの労いの言葉をかける。
「おお、望月か。どうした。お前も事件か?」
「はい。深夜にも関わらず飛び降り自殺があってそれの処理をしてました」
「自殺か。こっちも同じようなもんだよ。心中自殺だと。男女がマンションの一室で。もっと人目のつかない場所でやれよな。こんな夜に呼び出される身にもなってほしいぜ」
「それは不謹慎すぎる発言じゃないですかね」
「死んだ人間のこと気にしてたらこの仕事は務まらんよ。それになんか引っかかるんだよなぁ」
「何がですか?」
「心中って普通寄り添って死ぬもんだと思ってたんだけどよ。一人は奥の部屋の中、一人は玄関で死んでるんだ。なんかおかしいというか心中っていうにはなんか違うっていうか……」
「へぇ」
 ここは私の推理力の見せ所のようだ。
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