Chapter 6 折れた刀、折れぬ心

文字数 2,957文字

 日が山脈にかかり暗くなり始めたころ。プロスタン砦に一つの騒ぎが起こっていた。

「どういう事だ!! それは!!

 伝令の報告にユーベルが激怒する。
 報告の内容からすると、それは当然の事であった。

「はい!! どうやら砦に侵入者があったようで……!! ギヨーム技術主任が拉致され……、補給物資転送用のポタールが破壊されていました!!
「馬鹿な!!

 それはユーベルにとって寝耳に水であった。ポータルが破壊されたと言うことは、補給線が切れただけではなく、ヘルム侯国への帰還手段も失ったという事であり――。

「これでは孤立無援ではないか!!

 そう――、統一使徒軍の兵にとっては、まさしく敵の領域奥深くで、帰る手段を失った孤軍そのものである。
 これでは、兵の士気がダダ下がりどころの騒ぎではない。

「見張りは何をしていた!! 馬鹿が!!
「申し訳ありません!!
「申し訳ないで済むか!!

 ユーベルの激怒は当然のことである。このままでは全滅必死なのだ。

「落ち着きください……閣下」

 不意に隣のカッツがユーベルに声をかける。ユーベルはその声の主を睨み付けて叫ぶ。

「カッツよ!! どうしてくれる!! お前の作戦に従ったらこうなったぞ!!
「だから……落ち着いてください。……と申しています」

 カッツは至極冷静にユーベルに答える。

「今回の事はイレギュラーです。さすがのわたくしに見抜けるものではありませんよ」
「だから許せと言うつもりか!! このバカが!!
「別にそんなことは思ってはいませんよ……。ただ、こうなった以上、冷静に事を運ばねば、あなたはここで戦死と言うことになりますぞ?」
「なんだと?!!

 ユーベルはカッツの言葉に青くなる。
 確かに彼の言う通りだ。

「どうすればいい?! カッツ!!
「我々の装備で山を越えることは無理でしょう。ならばとるべき手は、少数の人員で西の統一使徒軍本隊に合流する事でしょうな」
「く……情けないが。仕方がないか……」
「ええ……とりあえず。撤退のための準備を行ってください。貴方はここで孤軍奮闘して死ぬことが望みなのですか?」
「馬鹿が!! そんな馬鹿なことが出来るか!!
「ならば決まりですな」

 カッツが恭しく頭を下げる。ユーベルは爪を噛んで悔しがった。

「おのれ……黄の民の猿どもが!! この屈辱忘れんぞ!!

 その叫びはプロスタン砦にむなしく響き渡ったのである。


◆◇◆


 その時、ソーニャは信じられない人物の姿を見ていた。
 砦に潜入していたはずのアスト達が、自分たちのもとに駆けつけたのである。

「アストさん……どうして……」
「呼ばれたのさ……グウィルムにね」
「え?」

 ソーニャは隣にいるグウィリムを見る。グウィリムは笑いながら手にした笛を見せた。

「それは……まさか狼笛?」
「そう、予備の狼笛を念のためにと預かっておったのじゃよ」

 アストは答える。

「こうなる可能性は考えていたからね。グウィリムと相談して、いざというとき駆けつけられるように準備をしていたんだ」

 アストは腰の刀をすらりと抜く。そして、強化甲殻兵に相対する。

「さて……。もうそろそろ、お前らの活動限界も近いだろう?」

 そのアストの言葉に、強化甲殻兵が後退る。

「ならば、もう少し遊んで行けよ!!

 アストは強化甲殻兵に向かって駆けた。
 戦場で両者が激突する。――そして、それがデンバートの反撃の狼煙ともなった。


◆◇◆


 後方部隊を襲っていた強化甲殻兵の前に、前線にいた兵士たちが次々に駆けつける。
 強化甲殻兵達は撤退の隙を失い、敵のど真ん中で右往左往する。そのうち活動限界になって停止する強化甲殻兵も出始めた。
 もはや戦況は一つの方向に傾きつつあった。


◆◇◆


 最悪の戦況に、強化甲殻兵が最後の抵抗に出る。
 相対するアストに、その長竿武器を振るったのである。

「この!!

 アストは姿勢を低くして、敵の長竿武器を頭上に通すと、そのまま一気に懐へと突撃する。片手で刀を持ち、もう片手を刃の背に添えて、敵の首に刃を押し当てる。一気に引き抜く。

 ブシャ!!

 凄まじい鮮血が強化甲殻兵の首から噴き出す。
 強化外骨格の弱点である鎧の隙間を切られて、その強化甲殻兵は絶命した。

「く!!

 だが、アストはそれだけで油断はしない。
 アストは強化甲殻兵を支えて、自分の体をその影に潜める。そこに別の強化甲殻兵の長竿武器が振るわれた。

 ザク!!

 長竿武器が死んだ強化甲殻兵に突き刺さる。
 アストは、さっき倒した兵を、敵の攻撃から身を守る盾にしたのだ。そのまま兵を投げ捨てたアストが、次の強化甲殻兵に躍りかかる。そして――、

「ガハ!!

 アストは的確に敵の首を刀で切り裂いた。
 ――と、不意にアストの背後で悲鳴が上がる。それはソーニャのものであった。

「ソーニャ!!

 アストは慌ててソーニャ達のいた方を向く。
 そこにもう一体強化甲殻兵がいた。ソーニャに向かって長竿武器が振るわれる。
 グウィリムとゲイルがその前に立ちはだかって盾になろうとする。

「糞が!!

 一気にアストは加速した。戦場を疾風のごとく駆ける。
 ゲイルがソーニャを背負って長竿武器の一撃を回避する。グウィリムは真言を唱え始めている。一撃を回避された強化甲殻兵はすぐに長竿武器を持ち替えて、更なる一撃を振るおうとする。
 ゲイルの回避も、グウィリムの魔法も間に合わない。

「させない!!

 加速したアストが強化甲殻兵に躍りかかる。そして――、

 ガキン!!

 軽い破砕音とともにアストの刀の刃が折れて宙を舞った。
 自分の愛刀が折れた――。その事に気付きながらも、無心でアストは残った刃を振るう。そして――、

「が……は……」

 強化甲殻兵がその首を切られてその場に崩れ落ちた。

「はあ……はあ……」

 アストは大きく息を吐きながら周囲を見回す。
 戦場はもはや動向が決していた。多くの強化甲殻兵が活動を停止し、簡易拠点に静けさが戻ってきていた。

「アストさん!!

 そう言ってソーニャがよろよろと走り寄ってくる。
 アストはただ笑っソーニャを迎えるのであった。


◆◇◆


 かくして、後方支援部隊を襲った強化甲殻兵は、その多くが討ち取られるか活動限界を悟って撤退した。
 もはやデンバート軍の勝利は確実であり。補給用のポータルすら失った統一使徒軍に、抵抗する余力は残されてはいなかった。

 その時、ユーベルとカッツは少数の兵を連れ、山肌に隠れつつ砦から逃走を図っていた。彼らが目指すはカディルナ中部地方に展開する本隊である。
 ユーベルは悔し気に燃える砦を見つめながら爪を噛む。

「忘れん……忘れん……。この屈辱は絶対忘れん……。そして、必ず帰ってくる……。黄の民どもを八つ裂きにするために……」

 ユーベルのその歪んだ復讐心は、目前の砦のごとく彼の心の中で燃え上がったのであった。


◆◇◆


 大陸歴990年6月――。
 デンバート付近で起こっていた、聖バリス教会統一使徒軍との戦争は、デンバートの勝利で終結を迎えた。その時に捕虜として確保されたギヨーム技術主任によって、赤の民のギフト開発の全貌が明かされ、後の黄の民の反抗において有利に働くこととなった。
 その戦争を勝利に導いた希少なる魔龍討伐士たちの名は、多くの人々の間で語り継がれることとなる。

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登場人物紹介

名前:アスト

小学生だった頃に、姉であるカナデと共に異世界サイクレストへと転移してしまった少年。

ソーディアン大陸での八年間の生活によって逞しい戦士へと成長した。

刀を扱う大銀狼を駆る騎兵ではあるが、実は弓矢の方がメインウエポンであり、その技術は同じ人間の中でも上位に位置する凄腕である。

名前:リディア

黒の部族である少女。雷系の魔法を操る魔女でありアストの義妹でもある。

アストをとても慕うブラコン気味の少女であり、どんな苦難があろうと離れずついてくる。

メイン魔法は『雷槍光条(ライトニングボルト)』。


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