第1話
文字数 2,000文字
ありえないトンネルだ。
100人以上の男たちに俺は囲まれている。
一人の男がジリっと俺に詰め寄り言った。
「にいちゃん、俺たちの生まれ変わり、手伝ってくんねえべか。そろそろ時期でよ、人間なんてクソに生まれたくないんだけどさ、行くしかなくてよ。教えてくれねぇか」
俺の額から冷や汗がポタリと落ちた。
俺は生粋の鉄道マニアだ。今日は夏の北海道旅行で迫力ある汽車の写真を求めて、常紋峠をひとり訪れた。
北から南へと急勾配線の山あいを縫うように敷かれた線路の上を、力強いドラフトの音を響かせ列車が登ってくる。俺はその勇姿を写真に収めて帰る途中だった。
「にいちゃん、その前に何か食うものあるか?俺たち死んでるんだけどさ、もう習慣で腹減るんだよ。あ、お握りか、有難てぇ。
ん、でお前もあれか?鉄オタっちゅう暇な奴らの一人か?」
その男はボスらしい。意外と気さくに話しかけてきた。
俺はトンネルに招かれ、そこにチョコンと正座をして、幽霊達の話に耳を傾けた。
そう、俺には若干の霊能力がある。
「にいちゃん、平和ボケした顔してんな。この100年で日本も随分と人権だコンプラだ何だとお偉いこと言うようになったようだけどさ、人間の根本なんて変わってねぇの知ってるか?
今だって世界中のあちこちで俺たちみたいなタコ人間が沢山いるんだよ」
おめぇ、よく知ってんな、と後ろから男たちがザワザワ話している。
「そりゃ、俺は定期的に報告会に出てるからさ、お前たちもたまには出席すれよ。
いつまでもタコ部屋に押し込められた記憶を引きずらないで、死んだ後も学ばないと、次の人間界でもまた騙されるのが落ちだぞ」
おお、そうだな。と男たちは首を縦に振った。
過酷で暴力にまみれて生きてきた人間は、往々にしてその環境に順応しようとする。
死後も支配されること、逃げ出すための努力を放棄する思考から抜け出せない人も多い。
ボスは簡単に経緯を話してくれた。
「大正の時代、囚人労働者にかわって使われたのが、俺たち他雇 労働者で、厳しい労働をさせられた。
入ったら出ることのできない蛸壺のような恐ろしい世界でさ、自分の命を削って生きるしかなかった。
本州から騙され雇われてよ、悪いことしてないのに、人間ですらなかった。死に方も酷かったな」
男たちの一人が言った。
「俺は怪我したら使えねぇって、生きたままコンクリートに放り込まれた」
俺もだべ!
俺は逃げようとして頭かち割られたぞ!
俺は餓死したらトンネルに埋め込まれてた!
次々に声が上がった。
男たちは薄汚れた服装をしているが、どこにでもいる男たちであり、その瞳は邪悪ではなくむしろ澄んでいた。
「で、ぼ、僕にどのようなお手伝いが出来るのでしょうか?」
ボスはそうだったと改めて言った。
「俺たちの思いは一つなんだ。今度人間になったら、どんな環境でも騙されず、一人で飯を食うぐらいの稼ぎがあって、どんな時勢でも人を傷つけずに自分を守る人間になりたい。
そう言った人生選ぶためには、何が必要なんだ?
いや、俺たちはこんな人生を生きたから、神様から二つだけ記憶を持って生まれて良いと言われててさ、生き抜くために最低限必要な記憶を持って行きたいんだよ。
だってよ、人間なんて戦争になったり状況が変われば、誰もが俺たちみたいな状況になるんだぞ。知らぬが仏ってやつだけどよ、にいちゃんも肝に命じときな」
はい。と俺は頷き、真剣に考えた。
「思うんですけど、ますは知識です。学ぶことは自分の大きな武器になります。でもそれだけでは人の心は分からず、自分も最低限しか守れません。
そして次は、自分が何を求めているかはっきりと言える人になることです。
それだけで人を引き寄せ、知識も豊富になる。そして、求めるものが手に入る確率も高くなると考えます」
なるほどな、とボスは自分の顎に手を添えた。
「つまり、知識をつけること、次の世で何を成したいかを明確にしておけば、次にどっかに生まれても飯が食えるんだな。
お前らも聞いてただろ?俺がレビューしてやっから、この後、決まった順に報告しろ!」
レビューってなんだべ?
男たちがざわめく。
「バカ野郎、神様に言う前に俺が聞いてやるってことだよ。変な願い事だと、万一、またあんな思いしたくねぇだろ?」
そうだなぁ。と男たちは笑いあっている。
死後の彼らは穏やかな世界で安らいで、互いを大切に過ごしていることが伺える。
「にいちゃん、悪かったな。人間って臆病でよ、話しかけると皆んなキャーって逃げるんだよ。
俺たちもこの世に来る時、この格好しか許されてなくてさ、本当はイケメン天使なんだぞ、ハハハ。
にいちゃんも頑張って生きろよ。くれぐれも人を騙したり傷つけんなよ。じゃあな!」
気づくと、俺は写真を撮影していた高台にいた。
過酷な生を経験した労働者たち。
彼らの次の世界が安らぎに満ちていることを祈って、俺はそっと手を合わせた。
優しい風がふわりと舞って、空の彼方に消えていった。
100人以上の男たちに俺は囲まれている。
一人の男がジリっと俺に詰め寄り言った。
「にいちゃん、俺たちの生まれ変わり、手伝ってくんねえべか。そろそろ時期でよ、人間なんてクソに生まれたくないんだけどさ、行くしかなくてよ。教えてくれねぇか」
俺の額から冷や汗がポタリと落ちた。
俺は生粋の鉄道マニアだ。今日は夏の北海道旅行で迫力ある汽車の写真を求めて、常紋峠をひとり訪れた。
北から南へと急勾配線の山あいを縫うように敷かれた線路の上を、力強いドラフトの音を響かせ列車が登ってくる。俺はその勇姿を写真に収めて帰る途中だった。
「にいちゃん、その前に何か食うものあるか?俺たち死んでるんだけどさ、もう習慣で腹減るんだよ。あ、お握りか、有難てぇ。
ん、でお前もあれか?鉄オタっちゅう暇な奴らの一人か?」
その男はボスらしい。意外と気さくに話しかけてきた。
俺はトンネルに招かれ、そこにチョコンと正座をして、幽霊達の話に耳を傾けた。
そう、俺には若干の霊能力がある。
「にいちゃん、平和ボケした顔してんな。この100年で日本も随分と人権だコンプラだ何だとお偉いこと言うようになったようだけどさ、人間の根本なんて変わってねぇの知ってるか?
今だって世界中のあちこちで俺たちみたいなタコ人間が沢山いるんだよ」
おめぇ、よく知ってんな、と後ろから男たちがザワザワ話している。
「そりゃ、俺は定期的に報告会に出てるからさ、お前たちもたまには出席すれよ。
いつまでもタコ部屋に押し込められた記憶を引きずらないで、死んだ後も学ばないと、次の人間界でもまた騙されるのが落ちだぞ」
おお、そうだな。と男たちは首を縦に振った。
過酷で暴力にまみれて生きてきた人間は、往々にしてその環境に順応しようとする。
死後も支配されること、逃げ出すための努力を放棄する思考から抜け出せない人も多い。
ボスは簡単に経緯を話してくれた。
「大正の時代、囚人労働者にかわって使われたのが、俺たち
入ったら出ることのできない蛸壺のような恐ろしい世界でさ、自分の命を削って生きるしかなかった。
本州から騙され雇われてよ、悪いことしてないのに、人間ですらなかった。死に方も酷かったな」
男たちの一人が言った。
「俺は怪我したら使えねぇって、生きたままコンクリートに放り込まれた」
俺もだべ!
俺は逃げようとして頭かち割られたぞ!
俺は餓死したらトンネルに埋め込まれてた!
次々に声が上がった。
男たちは薄汚れた服装をしているが、どこにでもいる男たちであり、その瞳は邪悪ではなくむしろ澄んでいた。
「で、ぼ、僕にどのようなお手伝いが出来るのでしょうか?」
ボスはそうだったと改めて言った。
「俺たちの思いは一つなんだ。今度人間になったら、どんな環境でも騙されず、一人で飯を食うぐらいの稼ぎがあって、どんな時勢でも人を傷つけずに自分を守る人間になりたい。
そう言った人生選ぶためには、何が必要なんだ?
いや、俺たちはこんな人生を生きたから、神様から二つだけ記憶を持って生まれて良いと言われててさ、生き抜くために最低限必要な記憶を持って行きたいんだよ。
だってよ、人間なんて戦争になったり状況が変われば、誰もが俺たちみたいな状況になるんだぞ。知らぬが仏ってやつだけどよ、にいちゃんも肝に命じときな」
はい。と俺は頷き、真剣に考えた。
「思うんですけど、ますは知識です。学ぶことは自分の大きな武器になります。でもそれだけでは人の心は分からず、自分も最低限しか守れません。
そして次は、自分が何を求めているかはっきりと言える人になることです。
それだけで人を引き寄せ、知識も豊富になる。そして、求めるものが手に入る確率も高くなると考えます」
なるほどな、とボスは自分の顎に手を添えた。
「つまり、知識をつけること、次の世で何を成したいかを明確にしておけば、次にどっかに生まれても飯が食えるんだな。
お前らも聞いてただろ?俺がレビューしてやっから、この後、決まった順に報告しろ!」
レビューってなんだべ?
男たちがざわめく。
「バカ野郎、神様に言う前に俺が聞いてやるってことだよ。変な願い事だと、万一、またあんな思いしたくねぇだろ?」
そうだなぁ。と男たちは笑いあっている。
死後の彼らは穏やかな世界で安らいで、互いを大切に過ごしていることが伺える。
「にいちゃん、悪かったな。人間って臆病でよ、話しかけると皆んなキャーって逃げるんだよ。
俺たちもこの世に来る時、この格好しか許されてなくてさ、本当はイケメン天使なんだぞ、ハハハ。
にいちゃんも頑張って生きろよ。くれぐれも人を騙したり傷つけんなよ。じゃあな!」
気づくと、俺は写真を撮影していた高台にいた。
過酷な生を経験した労働者たち。
彼らの次の世界が安らぎに満ちていることを祈って、俺はそっと手を合わせた。
優しい風がふわりと舞って、空の彼方に消えていった。