第3話あの時の心のままで

文字数 1,707文字

大人になった、僕は今日、いよいよ入社試験だ。緊張して心臓の音が満員電車の中なのに鮮明に聞こえた。ここはあの田舎の子供みんなが憧れる大都会だ。ビルだって高いしよくわからないタワーもある、でっかい寺にでっかい駅、そしてこの電車。でもそんな憧れなんてもうとっくに忘れて入社試験の事しか考えられなかった。駅に着いて、電車を降りて、気付いたら入社試験の時間ももう近かった、何も乗ってない手のひらを握りながら会社に入っていった。面接にグループワーク、たくさん試験はあったがやがて入社試験は終わった。結果は思ってた以上にすぐにやってきた。受からなかった、でも涙は出なかった。正直、自信はなかった頭が真っ白くなってなにも言えなくなって、グループワークだって友達なんて居ないからよくわからなかった。家の中で一人、どうしたらいいんだろう、口から言葉が溢れる。そんな時、母親から電話がきた。「たける、結果は出た?さすがにまだかな?」
「出た、でも受からなかったよ。全然ダメだ。」
「そう。」少し間が空いて母親は言った。
「まだ就活時間あるでしょ?他にも受けるところ色々あるんでしょ?ならさ、たまには帰ってきて気分転換してからまた試験受けたらいいんじゃない?」
「んーどうしようかな。」
「100円あげる。それで駄菓子でも買いなさい。お母さんわかってたよ、たけるがずっと100円欲しがってたこと。」
「え?なんで、」少し食いぎみで言ってしまった。
「図星ね。私もあの駄菓子屋にたけるが中学生だった時にたまに行ってたのよ。そしたらあのおばあちゃん、私に言ってきたの。たけるくんずっとわざと遠まわりして学校を毎日登下校してるって。本当はこっそり毎日見てたんでしょ?あのお店の中の様子。全部バレてたみたい。」
顔が熱くなった。
「わかった!もう恥ずかしいからやめてくれ...とにかく帰るから待ってて。」
「はーい」
電車から見上げないと見えなかったあのでかいビルが小さい田んぼに変わった。
母親はすぐ僕に手伝いを頼んだ。
「洗濯物畳んでくれる?」
「わかった。」
一人暮らしになって雑だった洗濯物の畳み方も変わった。何もかもを思い知った。真面目に勉強してたみんなも今はどこにいるのだろうか?エリートだろうか?何もかもを思い知った。洗濯物を畳み終えると、あの夏の日のように、僕の手のひらに100円玉が乗った。お金なんて持ってきていた、長い財布の中にはクレジットカードも1万円札も入っていた。でもこの100円玉にはどんなお金も勝てなかった。100円玉を手汗でびちょびちょにしながら田んぼ道を走って行った。駄菓子屋の前につくと、あのよく座っていたベンチがすぐに目に入った。「まだあった。よかった。」
僕は何故かまた緊張しながらお店に入った。
「いらっしゃい。」その言葉はいつもの声とは違った。店の奥からゆっくり出てきたのは、30代くらいの若い男性だった。確かに、覚悟しておくべきだったかもしれない。でも聞いてしまった。
「あの、おばあちゃんはいらっしゃいますか?」あの時の癖と今の癖が混合した。
「もしかして、たけるさんですか!?」
「え?なんで僕の名前を?」
「おばあちゃんがよくたけるさんの事を話していたのを覚えています。ああそうか。私、親戚のもんで。このお店継いだんです。」
「そうなんですか、、」
「なんでも買ってってください。」そんな暖かい声に涙が出てきてしまった。
「はい、、これで、お願い、します。」僕はレジの近くにあった舌の色が変わるガムを手に取って差し出した。会計は20円。80円が余ったけどもうこれでいいや。あの時のワクワクは忘れていた。でもガムをベンチに座って食べた時、思い出した。というか、どんどん大人になった心が戻って行った気がした。僕は間違っていなかった。そう、やっと気付くことができた。僕はこのお店が青春だったと胸を張って言える。僕は変じゃなかった、少なくとも変でなければ僕はこのお店とおばあちゃんと会うことは無かったはずだ。僕は立ち上がってあの頃の商品をレジに並べて言った。「舌の色変わってます?」
「変わってる、すごいね!」
その時おばあちゃんの声が聞こえた気がした。
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