第1話

文字数 556文字

今や超大物指揮者であるM氏がロンドンデビューをした時の演目がモーツァルトのレクイエムだったそうです。しかも代役で。

「レクイエムは指揮したことがあるから大丈夫」

ロンドンの大手マネジメントに確約したのだとか。大成功の公演の後、実は指揮したのは初めてだったと白状したそうで、

「指揮者たるもの、かようにして成功をつかむべし」

と、そのマネジメントの社長は私に教えてくれました。


それから数年後、場所はヘルシンキ。マネージャーからの電話で起こされました。

「おはよう。あなたモーツァルトのレクイエム振れる?」

「ん?振れるよ。ロンドンでリハーサルを振ったことがある。いつ?」

「今日が合唱合わせで、あさってオケとリハーサル」

「OK」

「じゃあよろしく」

え?これは夢じゃないよな。モーツァルトのレクイエムを指揮できるのか!

リハーサルで振ったことがあったというのは本当ですが、アマチュアオケの練習を初見で指揮しただけ。まあ、嘘ではないか。頭に浮かんだのはM氏の顔でした、もちろん。

若かったあの頃。何も怖くなかった。本番までやってしまいました。

もっといろんなことを分かった上で指揮したかったなあ、とさえ思わないです。この曲を1度でも指揮できたことが、とにかく指揮者になって良かったこと。

今日もよく寝ます。明日電話で起こされないとも限らない。





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