妖精の仕業
文字数 1,641文字
「妖精さんが隠したんだよ!」
私じゃないもん。
どんなに泣いても叫んでも、ママは信じてくれない。
ママの真珠のネックレスがなくなってしまった。死んだおばあちゃんからママが貰ったもので、私のおもちゃの首飾りとは比べものにならないくらい、キラキラと輝くネックレス。
ママは私が大人になったら、今度は私にくれると約束してくれた。本当は今すぐに欲しかったけれど、ママが宝物のように大切にしていたから、私は大人になるまで待つと決めていたのだ。
それなのに、ママは待ちきれなくなった私が約束を破り、ネックレスをどこかに隠したと思っているらしい。
学校から帰ってきてから夕飯の時間を過ぎても、ママは私の言うことを信じてくれず、ずっと怒っている。私がネックレスを返すまで、許してくれないのだと思う。隠したのは私じゃなくて、妖精さんなのに。
「パパとママとあなた以外には、この家に入れないのよ! パパが盗るはずないのだから、あなたしかいないでしょう」
「妖精さんも入れるんだよ! ここにいるの見たもん。誰もやってないなら、あとは妖精さんしかいないよ!」
「自分がした悪いことを妖精のせいにする子は大人になれないよ。そんな子には、ネックレスをあげる約束もできません」
約束は守らなくちゃならない。
そう教えてくれたママが約束を無しにすると言う。
私はずっと約束を守ってきたのに。
零れてきた涙をぬぐう。すると、今まで涙でろくに見えていなかったママの顔が、はっきり見えてきた。ママはいつの間にか怒った顔をしていなくて、私と同じ悲しみで溢れていた。
ああ、私もママも、こんなにも悲しい想いをしているなら、こんな約束を守る価値なんて無いと思った。妖精との約束なんて。
踏ん切りがついた私は、今度は信じてほしいと祈りながら、ママの目をまっすぐに見て言った。
「ママ。本当は、妖精さんにママには内緒ねって言われたんだけどね……妖精さんはパパと仲良しなんだよ」
だから、パパに聞いてみようよ。
艶々した長い黒髪に、真っ赤な唇と爪、薄い水色のワンピースを着た、綺麗な人だった。
具合が悪くなり学校を早退して、パパが迎えに来てくれた日、家に帰るとその人はいた。ママはお仕事でいなかった。
突然現れた、テレビの中にいるようなその人に、妖精さんみたいだと言ったら嬉しそうに微笑んだ。その人はパパと仲良しで、パパだけの妖精なのだと言う。けれど妖精は大人と仲良しになってはいけない決まりがあり、他の大人に知られてしまうと消えてしまうので、ママには内緒にしてほしいと言われた。
私は消えてしまったら大変だと、パパと仲良しなことは絶対に誰にも言わないと約束した。
ママに話してしまった今、妖精は消えてしまったかもしれない。でも、ママの怒りも悲しみも無くなった。一瞬、ママの息が止まったけれど、すぐに「もういいよ、ごめんね」と私を抱きしめてくれた。
破っていい約束もあるのだと思ったし、後悔は無かった。だって、本当にネックレスを隠したのが妖精ならば許せないし、妖精と仲良しのパパにだって話を聞かなければいけない。それに、たった一度だけ会った妖精より、ママとの仲良しの方がずっとずっと大事だったから。たとえ妖精が消えてしまったとしても。けれど。
その日から消えたのは、パパだった。
しばらくして探偵という人が、真珠のネックレスと一枚の写真を持ってやって来た。
ママの元にネックレスが返ってきたことにホッとしたのも束の間、写真は私に見せられた。この人を知っているかと聞かれたので、妖精さんだと答えると探偵の人とママは笑った。
私は約束を破ったことで妖精が消えていなかったことに安心したけれど、消えたパパのことが気がかりで仕方なかった。
なぜかは分からない。でも、どうにも自分のせいで、パパが消えてしまったと思えてならなかった。
だからママに聞いた。どうしてパパは消えてしまったの、と。すると、ママは一言だけ答えてくれた。
「妖精さんがやったのよ」
私じゃないもん。
どんなに泣いても叫んでも、ママは信じてくれない。
ママの真珠のネックレスがなくなってしまった。死んだおばあちゃんからママが貰ったもので、私のおもちゃの首飾りとは比べものにならないくらい、キラキラと輝くネックレス。
ママは私が大人になったら、今度は私にくれると約束してくれた。本当は今すぐに欲しかったけれど、ママが宝物のように大切にしていたから、私は大人になるまで待つと決めていたのだ。
それなのに、ママは待ちきれなくなった私が約束を破り、ネックレスをどこかに隠したと思っているらしい。
学校から帰ってきてから夕飯の時間を過ぎても、ママは私の言うことを信じてくれず、ずっと怒っている。私がネックレスを返すまで、許してくれないのだと思う。隠したのは私じゃなくて、妖精さんなのに。
「パパとママとあなた以外には、この家に入れないのよ! パパが盗るはずないのだから、あなたしかいないでしょう」
「妖精さんも入れるんだよ! ここにいるの見たもん。誰もやってないなら、あとは妖精さんしかいないよ!」
「自分がした悪いことを妖精のせいにする子は大人になれないよ。そんな子には、ネックレスをあげる約束もできません」
約束は守らなくちゃならない。
そう教えてくれたママが約束を無しにすると言う。
私はずっと約束を守ってきたのに。
零れてきた涙をぬぐう。すると、今まで涙でろくに見えていなかったママの顔が、はっきり見えてきた。ママはいつの間にか怒った顔をしていなくて、私と同じ悲しみで溢れていた。
ああ、私もママも、こんなにも悲しい想いをしているなら、こんな約束を守る価値なんて無いと思った。妖精との約束なんて。
踏ん切りがついた私は、今度は信じてほしいと祈りながら、ママの目をまっすぐに見て言った。
「ママ。本当は、妖精さんにママには内緒ねって言われたんだけどね……妖精さんはパパと仲良しなんだよ」
だから、パパに聞いてみようよ。
艶々した長い黒髪に、真っ赤な唇と爪、薄い水色のワンピースを着た、綺麗な人だった。
具合が悪くなり学校を早退して、パパが迎えに来てくれた日、家に帰るとその人はいた。ママはお仕事でいなかった。
突然現れた、テレビの中にいるようなその人に、妖精さんみたいだと言ったら嬉しそうに微笑んだ。その人はパパと仲良しで、パパだけの妖精なのだと言う。けれど妖精は大人と仲良しになってはいけない決まりがあり、他の大人に知られてしまうと消えてしまうので、ママには内緒にしてほしいと言われた。
私は消えてしまったら大変だと、パパと仲良しなことは絶対に誰にも言わないと約束した。
ママに話してしまった今、妖精は消えてしまったかもしれない。でも、ママの怒りも悲しみも無くなった。一瞬、ママの息が止まったけれど、すぐに「もういいよ、ごめんね」と私を抱きしめてくれた。
破っていい約束もあるのだと思ったし、後悔は無かった。だって、本当にネックレスを隠したのが妖精ならば許せないし、妖精と仲良しのパパにだって話を聞かなければいけない。それに、たった一度だけ会った妖精より、ママとの仲良しの方がずっとずっと大事だったから。たとえ妖精が消えてしまったとしても。けれど。
その日から消えたのは、パパだった。
しばらくして探偵という人が、真珠のネックレスと一枚の写真を持ってやって来た。
ママの元にネックレスが返ってきたことにホッとしたのも束の間、写真は私に見せられた。この人を知っているかと聞かれたので、妖精さんだと答えると探偵の人とママは笑った。
私は約束を破ったことで妖精が消えていなかったことに安心したけれど、消えたパパのことが気がかりで仕方なかった。
なぜかは分からない。でも、どうにも自分のせいで、パパが消えてしまったと思えてならなかった。
だからママに聞いた。どうしてパパは消えてしまったの、と。すると、ママは一言だけ答えてくれた。
「妖精さんがやったのよ」