山姥宿の一夜

文字数 17,562文字

〇御岳山(おたけやま)・山林
   うっそうとした森。
   何処からともなく、包丁を研ぐ音が聞こえる。
川島みどりの声「私が、この恐怖の体験を話す事にしたのには、二つの理由があります。一つ
 は、山姥という化け物の存在を、皆さんに知って欲しいということ。そして、もう一つの理由
 とは・・・」
   カラスがこちらに向かって飛んでくる。

○同・(夕)100年前の山
   うっそうとした森。
   セミの鳴く声が多い。
   タイトル「およそ100年前」と出る。
   薄暗闇の中に、男女の激しい息遣いが聞こえる。
   木に寄りかかり、平治(20)と、小雪(20)上半身をむき出しにして抱き合っている。二
   人とも、ひどい汗をかいている。
小雪「平治さん・・・日暮れが近いね。帰らねば、おっとうに、閉め出しを食らう」
   平治、興奮して小雪の胸を吸いながら、
平治「わからずやのおっとうめ」
   平治、より激しく小雪を抱きしめる。
小雪「いや・・・もう・・・」
平治「暗いほうが面白いんだ」
   小雪、平治を突き放す。
小雪「おっとうの悪口言わんで」
平治「悪口じゃねぇ。ホントの事だ。俺たちの事いつまでも認めねぇで」
   小雪、じわっと涙をためて、平治を突き放し、着物を直しながら、
小雪「平治さんのわからずや!」
   小雪、走り去る。
平治「小雪!」
   平治、追いかけていく。
   小雪の影が暗闇の中に消えていく。

〇同・川岸
   平治の額の汗。
   暗闇を不安げに歩く平治。
   平治、歩きながら、
平治「おーい」
   返事は無く、静かだ。
   「ポチャン」と、水をはじく音が聞こえる。
平治「小雪?」
   平治、慌てて音がしたほうへ走る。
   川に入浴している美しい女性、絹代(山姥)の背中が見える。
平治「小雪・・・?」
   絹代、くるりとこちらを向き、ニコッと笑う。
平治「(落胆する)・・・」
絹代「何がしか、お探しのご様子ですね」
平治「この辺に娘が来ませんでしたか? 小雪という、若い娘なんじゃ・・・」
   絹代、不気味に笑い、
絹代「あの方のお連れさん?」
平治「(驚いて)しっとるのか?」
絹代「えぇ、道をお尋ねになりましたので、   
 私の宿を紹介しましたの」
平治「宿? 泊まるはずがねぇ。帰るって言ってたんだ」
絹代「しかし、この山の夜道は危険です。この前も、山賊の生き残りが、旅人を襲ったばかり 
 でございます。私がそう言うと、素直に朝まで泊まると・・・」
平治「どこだ? その宿は・・・わしも行く」
絹代「結構ですとも。お二人なら、お安くしときますので」
   絹代、こちらに向かってくる。
   月明かりに照らされ、絹代の裸体が徐々に川から出てくる。
   思わず見とれてしまう平治。
絹代「夜の行水は心地良すぎて困ります」
平治「はぁ・・・」
   平治、額の汗を腕でぬぐう。

〇山姥宿・外(夜)
   平治と絹代が歩いてくると、薄い霧の向こうに、塀と灯りのついた提灯が見えてくる。
   平治、感心して、
平治「おっきな門構えだ。知らなかった。あんた、なんて名だ?」
絹代「へい、絹代と申します。宿の名前は・・・ございません」
平治「ほうぉ。名無しの宿か。面白い」
   平治と絹代、入っていく背中。
   濃い霧が、宿を覆う。

○同・中
   大広間に座り、周りをキョロキョロと
   見ている平治。
   音も無く障子が開き、絹代がお盆を持って入ってくる。
絹代「お食事、いかがですか?」
平治「それより、小雪はどの部屋に泊っておるのだ?」
絹代「へぇ。あのぉ・・・」
   絹代、言いにくそうにしている。
平治「どうした?」
絹代「・・・会いたくないと・・・」
   平治、肩を落とす。
平治「・・・そうか。しかし、ここにおるのは間違いないのだな」
   平治、自分で言い聞かせる。
絹代、平治に前にお盆を置き、
絹代「ささ、お召し上がりください。せっかくの料理が冷めてしまいます」
   平治、開き直ったように、
平治「(料理を見て)うまそうだ。初めて見る」
   お盆の上の料理は、魚のような白い肉や、野菜、煮物など。
   平治、一口白い肉を食べ、
平治「うまい! 魚か?」
絹代「へぇ。この辺におる川魚です」
   平治、上機嫌に、
平治「酒はあるか?」
絹代「(不気味に笑い)ありますとも」
   平治、不思議に思い、
平治「・・・何故笑う?」
絹代「・・・いえ、良いお酒が入りましたんで」
平治「持ってこい」
   平治、絹代を見つめてニッと笑う。
   ×   ×   ×   ×
   歌を歌いながら踊りを披露している絹代。
   散らかった空の酒ビンが数本、畳に転がっている。
   平治、満足そうに酒を飲んでいるが、眠くてたまらない様子。
   絹代が不気味な踊りをしながら、平治を見る。
   平治は、目を閉じていく。

○暗闇

〇同・(深夜)
   暗闇の中に、ロウソクの炎が揺らめく。
   その炎に照らされている、平時の寝顔。
   平治、ふと目を開けると、横に布団をかぶって寝ている誰かがいる。
   平治、小雪と思い、
平治「小雪!」
   平治、布団を剥がすと、そこには白髪の老婆がこちらを向いて寝ている。
平治「お主は・・・!?
山姥「・・・絹代だよ」
平治「何ィ? 嘘をつけ! 絹代殿はどうなされた?」
山姥「察しの悪い子だねぇ・・・ 私は、この山に住む山姥だよ。これからあんたを、食おうか
 どうしようか迷っているんだ」
   平治、薄ら笑いを浮かべて、
平治「山姥ぁ・・・! 何を言う・・・」
   山姥、起き上がると大きな包丁を手に持っている。
   平治、包丁を見て驚く。
平治「小雪はどうした!?
山姥「美味しかったんだろ?」
   山姥、ニヤッと笑う。
   平治、ワナワナと自分のお腹を見る。
山姥「あんたはどうするか?」
   平治、逃げようとするが、枕元のロウソクを倒してしまう。
   布団に燃え移り、一気に、火柱が立つ。
平治「うぉ!」
   山姥、笑いが止まらない。
   平治の顔を炎が包む。
平治「(絶叫)!」
   山姥、平治の顔に近寄る。
山姥「平治殿! 生きたいか!?
   笑う山姥。

〇同・外観(夜)
   燃える山姥宿。

〇 御岳山・空
   山岳救助のヘリが、空中を旋回している。
   タイトル「現代」

〇同・山中
   5人の若者、川嶋みどり(20)、工藤幸平(23)、朝倉勉(22)、細川ユリ(21)、田中
   雄二(23)が、空中のヘリを追って必死に走っている。
   走るみどりの顔。
みどりの声「その時私は、憧れていた工藤先輩の行動を疑いました」
  工藤、前の朝倉の肩をつかんで引き倒し、
工藤「おーい! ここだ! ここにいるぞ!」
   一人、大声でヘリを呼ぶ工藤。
   倒された朝倉の、険しい顔。朝倉のそばに寄り添うユリ。
   ヘリが飛んでいく。
   後ろで唖然とする四人。
   みどりの顔。
みどりの声「その後、私たちが発見されることは、二度とありませんでした」
   ヘリが、山の向こうに消える。
工藤「おい! どうして気付かないんだぁ!」
   工藤、空を仰いで両膝を地面に落とす。

〇同・川岸(夕)
   五人は、川岸に固まって座っている。
   田中、リュックを探ってチョコを見つける。
田中「(うれしそうに)あった」
   工藤、突然現れて、
工藤「おい、田中、みんなで分けるんだ」
   ほかのみんなの視線が、工藤に注がれる。
田中「え?」
   朝倉、怒りを抑えて、
朝倉「工藤さん、それは田中が決めることで
 しょ? 田中、自分で決めろ」
工藤「朝倉、リーダーは俺だ」
朝倉「よく言うよ。自分だけ助かりたいんだろ?」
工藤「うるさい!」
   みどり、たまらずに二人の間に入り、
みどり「工藤さん、怒鳴らないで」
   工藤、みどりを見る。
工藤「・・・(朝倉に)もういい。任せる」
   工藤、歩き去る。
朝倉「・・・もう暗くなるから、火を炊こう。分担して、今日もここで寝る用意だ」
   朝倉、りりしく言う。

〇同・森
   太陽が沈みかけている。
   朝倉が、ユリの手を引いてやってくる。
朝倉「ユリちゃん、怖くない?」
ユリ「うん、大丈夫」
朝倉「ここで、マキを取ろう」
   ユリ、動かずにお腹を押さえる。
ユリ「お腹すいた・・・」
   朝倉、ユリを諭すように、
朝倉「ユリちゃん、みんな腹ペコだよ。田中  
 が、魚を取ってくれるから。きっと」
ユリ「大丈夫かなぁ。田中さん」
朝倉「ユリちゃん、知らない? あいつ、昆虫とか、生き物に対しては凄い知識を持ってるんだ
 よ。だから、きっと、魚取りの名人なんだよ」
ユリ「ふぅん」
朝倉「さ、マキを集めて帰ろう」
   二人、マキを集め始める。

〇同・川の中
   一人、手づかみで、魚を取ろうとしている田中。
   川の中、狙っている魚。
田中、勢いよく手を出すが、逃げられる。
田中「くそ・・・」

〇携帯の画面
   メールの画面。
   『助けて 御岳山で遭難した サークルの皆と一緒です みどり』
   送信画面になるが、すぐに、
   『送信できませんでした』
   と、出る。   

〇同・川岸
   携帯をいじるみどり。
   電池が切れる音。
   工藤が、そばでテントを張っている。
工藤「どうだ? 川嶋」
   みどり、半笑いで、
みどり「私のも、とうとう電池無くなりました。あぁ、もう二日ですよ。私たち、どうなるんで
 しょう?」
   みどり、砂利に寝転び、空を見る。
   カラスみたいな鳥が、上空を飛んでいる。
工藤「大丈夫だ。俺がついているだろ?」
   工藤、みどりに抱きつこうとする。
   みどり、あきれて工藤を払い、
みどり「止めてください」
   工藤、真剣な顔をして、
工藤「みどり、帰ったら付き合ってくれ」
みどり「もう、こんなときに何言ってるんですか」
工藤「みどり・・・」
   工藤、またみどりを抱こうとして、みどりに嫌がられる。
   川から、田中の声がする。
田中「取れた! 取れたぞ!」
   工藤、みどりが見ると、田中が小さい魚を手に喜んでいる。

〇月(夜)
   雲が薄くかかっている月。
   
〇御岳山・川岸(夜)
   焚き火の火。
   火を見ている朝倉。寝そうになっている。
   そばのテントから、数人の寝息が聞こえる。
   朝倉、腕時計のアラームに驚く。
朝倉「やっとか・・・」
   朝倉、テントの中に入る。

〇同・テントの中
   朝倉、寝ている工藤を起こす。
工藤「(起きて)俺か・・・?」
朝倉「あぁ、もう限界・・・」
   朝倉、腕時計を工藤に渡し、すぐに横になる。
   工藤、時計を付けながら、ふらふらだが、
工藤「俺に任せろ・・・」
   と、テントを出て行く。

〇同・テントの外
   焚き火の火。
   工藤、焚き火にマキを入れる。
   工藤のお腹が鳴る。
工藤「一匹じゃなぁ・・・ 死ぬよ・・・」
   工藤、自分のお腹を押さえる。
   向こうから、「ポチャン」と水の音が聞こえる。
   工藤、目を凝らして見る。
   誰かが川に入っていく。
   工藤、立ち上がる。
   歩く工藤。
   川の中、徐々に白い肌が見えてくる。
工藤「・・・女・・・?」
   工藤、吸い寄せられるように近づく。
   白いきれいな背中を見せる絹代がいる。
工藤「あの!」
   絹代、ゆっくりとこっちを向く。
   白い豊かな胸ときれいな顔が見える。
工藤「あ、あの・・・?」
絹代「あら、こんな夜に・・・」
   絹代、胸を布で隠す。
工藤「あ、あなたは・・・?」
絹代「すぐ近くで小さな宿を営んでおります」工藤「宿? それは本当ですか?」
絹代「嘘をついても、得がございません」
   絹代、薄く笑う。
工藤「た、助けてください! 遭難して道が分からず・・・携帯も電池がなくなり、連絡が取れ
 ないのです」
絹代「まぁ・・・ それは不憫な・・・ ぜひよろしければ、私の宿で、一晩だけでも・・・」
工藤「あ、ありがとうございます・・・助かったぁ・・・」
   絹代が、川から岸に上がってくる。
絹代「夜の行水は、心地良すぎて困ります」
   絹代、笑う。
工藤「飯を、先に飯を頂けないかな?」   
絹代「はぁ?」
工藤「昨日から何も食べてない」
   絹代、岸に着き工藤の前に立ち、
絹代「あなた、お一人ですか?」
工藤「あ、あぁ。一人で山に来た」
絹代「向こうの火は? あなた一人で居るのですか?」
   向こうに、焚き火とテントが見える。
   工藤、一旦テントの方を見て、
工藤「そうだ、俺、一人だ」
   絹代、工藤をにらんで、
絹代「あいにく、一人分のお料理では出す気が起こりません。失礼します」
   絹代、去ろうとする。
   工藤、絹代の肩をつかみ止め、
工藤「何を生意気な事を言う! 俺一人分の料理を出せないだと!」
   絹代、しわくちゃの恐ろしい顔になり、
絹代「仲間を連れて来い! この外道が!」
   絹代の凄さに驚き、工藤、動けない。
絹代「あいつらを叩き起こして連れて来い! お前の仕事だ!」
   工藤、返事を忘れている顔。
絹代「分かったか?」
工藤「・・・あ、ハイ・・・」
   絹代、穏やかな顔に戻り、
絹代「良かった。分かってもらって」
   絹代、薄く笑う。
   工藤、ボーっとしてゆっくりテントに向かう。

〇同・テント
   工藤、ボーっと立って見ている。
   テントから、眠たい目をこすり、みんなが出てくる。
朝倉「なんだ、工藤、みんな起こして」
工藤「・・・宿を見つけた・・・」
ユリ「やど?」
朝倉「お前の夢に付き合ってられるか! み
 んな戻るぞ」
  工藤、朝倉の肩をつかんで、
工藤「ほんとなんだ。信じてくれ。凄く良い人がいて、宿を貸してくれるって言うんだ」
   工藤の真剣まなざしを見て、
朝倉「みんな、いいか?」
   つっ立って見ていた、みどり、ユリ、田中、うなづく。
工藤「あの人だ」
   工藤、指をさす。
   その先の暗闇には、おいでおいでをする絹代が居る。
   朝倉、ゾクッとして、
朝倉「だ、大丈夫か・・・? みんな見える?」
   ユリ、怖がって、
ユリ「私、怖い・・・」
   工藤が、ボーっと歩き出す。
   絹代が、おいでをしている。
朝倉「おい、あいつ行っちゃうよ。どうする?」
みどり「付いていって連絡はしなくちゃ。携
 帯さえ充電できて、電波が届けば・・・」
田中「そうですよ。電波さえ届けば、あとは何とかなるでしょ」
朝倉「よし、じゃ、行ってみるか」
ユリ「朝倉さん。わたし・・・」
朝倉「大丈夫、ユリちゃん。安心して」
   朝倉、ユリの肩を抱く。

○月

〇同・山道
   絹代を先頭に歩く一団。
   工藤、以下全員は不安げな顔をしている。
   周りの木が、風に揺れる。
   絹代、うれしそうに話し出す。
絹代「しかし、良かったですねぇ。この山の夜道は、たいそう危険なんです。この前も、山賊の
 生き残りが旅人を襲ったばかりです」
ユリ「(小さく)山賊・・・? そんなものまだいるの?」
みどり「いる訳無いじゃない」
   みどり、絹代に、
みどり「携帯とか、充電できますか?」
絹代「・・・(真っ直ぐ前を向いて歩いている)」
   朝倉、みどりに、
朝倉「聞こえてないぞ」
   みどり、大きな声で、
みどり「聞いてます?」
絹代「さぁ、着きました。あれです・・・」
   絹代が指す方に、大きな門構えが見える。提灯に火がついている。
   その怪しさに、一同見入る。
絹代「ささ、美味しい料理をご用意してます
 ので、どうぞごゆっくり・・・」
工藤「(唾を飲み込む)」
田中「ご飯食べられるのかぁ・・・良かったぁ。俺、腹ペコ」
   みどり、何も言わず田中を見る。
   一同、絹代について歩いていく。

〇山姥宿・中
   大広間に通される一同。
   その豪華な内装に驚く。
   すでに5人分の小さな机が用意されており、前菜が置いてある。
田中「すげぇ・・・!」
   田中、喜んで朝倉を見る。
   朝倉は怪訝な顔をしている。
朝倉「どうして?」
   絹代、無視して、
絹代「お肉は後で用意しますので、先に前菜
 からどうぞ」
  みどり、カチンと来て、
みどり「どうしてこんなもてなしが、夜中に出来るんですか? しかも、人数分用意してるなん
 て」
朝倉「そうだ。おかしい」
工藤「俺が、先に頼んだんだ」
ユリ「うっそ。意外と気が利く」
絹代「へぇ。先に聞いて、うちの者に用意させたんです」
   絹代、不気味に笑う。
朝倉「工藤が? なんか気に入らんな」
   工藤、ボーっとしている。
絹代「さ、席について。ゆっくりしてください。お酒は?」
田中「おれ飲む」
   田中、嬉々として席につく。
   ほかのメンバーも、ぞろぞろと席につく。
   ×   ×   ×   ×   ×
   絹代がお盆に料理を運んでくる。
   田中、一気に酒を飲み、絹代にお代わりを要求する。
   みどり、携帯を出して、絹代に
みどり「あの、充電、出来ますか?」
絹代「・・・」
   絹代、無視する。
みどり「あの・・・」
   隣の朝倉が、みどりを制して、
朝倉「おい、聞いているのか?」
   絹代、朝倉をギロッと見て、
絹代「一里先の蛙の合唱が聞こえますよ」
朝倉「じゃ、なぜ無視するんだ? 俺たちは遭難してるんだ。助けを呼ぶ事が先決なんだよ! 
 こんなところでのんびり出来ないことぐらい判るだろ?」
   朝倉の声のトーンが上がり、一斉に視線が集まる。
絹代「こんなところ? あなたたちはもう助かっているのですよ。私が助けたのです。侮辱する
 のですか?」
朝倉「助かってる? バカにするな! 普通は、料理よりまず連絡だろ? 何処かに救助の連絡
 を入れたか? 俺たちには家で心配してる家族がいるんだ! 判るか?」
   ユリ、朝倉を制し、
ユリ「ちょっと、朝倉先輩!」
朝倉「ユリ、もう限界だ。何かおかしいぞ」
みどり「そうよ。何かおかしいの」
   工藤、料理を食べ続けている。
   田中、酔って笑って見ている。
絹代「大きな子供がいるんだねぇ。そろそろ、お肉を出しましょう」
   絹代が、襖の方を見る。
   勢いよく襖が開き、焼け爛れた顔の平治がズカズカと出て来る。
   みどり、ユリ、朝倉、悲鳴を上げる。
   平治、一目散に朝倉に向かう。
   朝倉、驚いて逃げようとする。
   平治、朝倉を掴んで、羽交い絞めにして連れて行く。
   絶叫に近い朝倉の悲鳴ともがき。
   みどり、ユリ、怖くて動けず悲鳴を上げるのみ。
   平治、朝倉を連れて襖の向こうに消える。
   田中、酒を手にポカンと口を開けて見ている。
みどり「何処に連れて行ったの!」
ユリ「先輩!」
みどり「今の何よ! どういうこと?」
   みどり、絹代に言う。
絹代「いえ、頭を冷やしてもらうんですよ。すぐに戻って参りますとも」
みどり「バカにしないで。ユリ、すぐに帰ろう」
ユリ「(震えて頷いて)うん」
   みどり、田中と工藤を見るが、二人ともポカンと見ている。
みどり「工藤先輩、どうしたんですか? 飲み過ぎですよ!」
   みどり、あきれる。
田中「お前も飲めよ。みどり」
   田中、酒を手に笑う。
みどり「・・・田中先輩も・・・完全に酔ってる」
   「イヒヒヒ」と、不気味な笑い声が聞こえる。
   みどり、見ると、絹代がこちらを向いている。
絹代「そうねぇ・・・。飲み足りないねぇ。お肉が出るまで、飲みましょうか?」
   工藤が、お酒を注ぎ、みどりとユリの元に持ってくる。
みどり「先輩・・・いったい・・・」
工藤「飲まないと、地獄だ」
   工藤の目は、何も見ていないように遠くを見ている。
   絹代が、不気味に笑う。
   みどり、ユリ、震える手で酒を掴む。お互い、目を合わせてゆっくり飲みだす。
   ×   ×   ×   ×
   不気味に包丁を研ぐ音が、暗闇に聞こえる。
絹代の声「さぁ、お肉の出番ですよ」
   襖が開き、お盆を持った絹代がいる。
   広間。
   みどりとユリが、お酒を持って笑いあっている。
   工藤は、ボーっとしている。
   田中は、黙々と飲んでいる。
   一同の前に焼けた肉が並ぶ。
絹代「お待たせしました。新鮮な方が美味しいかと」
  絹代、ユリの前に置きながら言う。
ユリ「へぇ。獲れたて?」
   ユリ、一人で大笑いする。
絹代「えぇ、えぇ、そうです」
ユリ「お先です」
   ユリ、一口食べて、
ユリ「美味しい! みどり、食べてみて」
   みどりも食べる。
みどり「ほんと、おいしい」
   食べだす一同。
   みどり、お酒を口につけるだけにして、飲まないようにする。
ユリ「飲まないの?」
みどり「わたし、弱いから、もう止めておくわ」
絹代「では、お肉が出たところで・・・」
   絹代、着物を脱ぎだし、長襦袢になる。
   田中、ごくりと唾を飲む。
絹代「気分が良いので・・・躍らせてください」
   三味線の音が聞こえる。
   いつの間にか、平治がそばに座って弾いている。
   長襦袢の絹代が踊りだす。
   見入る一同。
   妖艶な踊りが続く。
   みどり、三味線を弾く平治に目が行く。
   平治もみどりを見て、三味線の音程が狂う。
   絹代が、平治をにらみ付ける。
   田中、キョロキョロとして、
田中「おれ、ちょっとトイレ」
   田中、立ち上がるが、ふらついてみどりに向かってこける。
   みどり、田中を助けて、
みどり「行けますか? 田中先輩」
田中「いける。いけるとも」
   田中、ふすまの向こうに消えていく。
   工藤、ユリは、目をこすって眠たそうにしている。
   絹代、踊りを止めて、
絹代「そろそろ、お開きにしますか?」
   工藤、一人で拍手する。
   みどり、ユリも工藤を見て拍手する。
   ユリ、一気にお酒を飲み干し、
ユリ「酔っ払っちゃた・・・」
   みどり、心配そうに、
みどり「朝倉先輩、帰ってきてないよ、ユリ」
ユリ「大丈夫でしょ」
   と、赤い顔で笑うユリ。
絹代「どうも、つたない踊りですが、最後まで有難うございます。すぐに寝床を用意しますの
 で」
   絹代、一礼してふすまの向こうに消える。
   絹代、思い出したように、
絹代「それから、夜更けに蛍を見にいきませんか?」
ユリ「蛍? 見たい!」
   はしゃぐユリ。
   怪訝な顔のみどり。
   絹代、笑って、
絹代「では、後ほど、お連れいたします」
   絹代、襖を閉める。
   平治、布団の用意をしだす。
   みどり、不安げに平治を見つめている。

〇山姥宿・外観(夜)
   提灯の火が消える。

〇同・中
   ロウソクの炎が揺らめく。
   広間に布団を並べて寝ているみどり、ユリ、工藤。
   ほかに、誰もいない布団が2つある。
   みどり、その空の布団を見ている。
   寝ているユリと、工藤。
   みどり、ユリを起こそうとするが、ユリは起きない。
   みどり、空の布団をまた見つめる。
みどり「田中先輩まで・・・ どうなってるの? なんでユリは寝られるの?」
   みどり、頭を抱える。
   遠くから物音が聞こえる。
   みどり、その音の方向を見る。
   寝ているユリの顔。
   みどり、恐る恐る立ち上がる。

〇同・廊下
   ふすまを開けてみどりが出てくる。
   「ギィ」と床が軋む音。
   みどり、恐々歩き出す。

〇同・庭
   みどり、庭を見る。
   幻想的な、霧が立ち込める。
   骨で作ったような灯篭。
   池には、大蛙が無数にいて、一斉に大合唱が始まる。
   みどり、びっくりして歩き出す。

〇同・ロビー
   みどり、がらんとしたロビーに来る。
   イノシシの剥製が、勇ましく、不気味に並んでいる。
   床をゴキブリが這っている。
   みどり、小さく悲鳴をあげて、ロビーの奥にあるドアを開ける。
   
〇同・台所
   みどり、ロビーから逃げ出してくる。
   誰もいない、ひっそりとした台所。
   地面に、大きな血だまりがある。
   みどり、ハッとして驚いた顔。
   ほかに、釜が二つ、大きな包丁が数本、まな板に、切り刻んだ魚が残っている。
   みどり、ホッとする。
   と、「バシッ」と叩く音がする。
   みどり、あたりを見る。
   台所の奥の扉。
   みどり、ゆっくりそこへ向かう。
   また音がする。
   「バシッ」
   みどり、奥の扉に手をかける。

〇同・台所の奥
   ドアが少し開き、みどりの顔が見える。
   みどりの驚く目。
   絹代が、平治を鞭で叩いている。
絹代「何だよ、あの三味線は! 今日から一週間、虫しか食わせないから。肉なんか、100年早い
 よ!」
   絹代、髪を振り乱し、平治を叩く。
   平治、「フンフン」と鼻を鳴らし、謝っている様子。
みどり「!」
   みどり、思わず声が出そうになり止める。
   平治が、絹代にぶたれながら、みどりを見つける。
   みどり、平治と目が合う。
   平治の何かを訴えるような目。
   絹代、気配で後ろを振り返る。
   扉が少し開いている。みどりはいない。
絹代「誰かいるのか?」
   絹代、歩き出す。

〇同・台所
   釜の後ろに隠れているみどり。
   絹代、辺りを見回して歩く。
   みどり、ふと、人間の足を発見する。
   思わず声が出そうになるが、それは田中である。
   田中は、明らかに寝ている。
   田中、小さな寝息を立てている。
   みどり、田中の口を押さえる。
   絹代が釜の近くに来て立ち止まり、
絹代「いるわけないよねぇ。あの薬飲んで平気な奴はいないよ・・・」
   みどり、自分の口と、田中の口を押さえて呼吸を整える。
   絹代、歩き出す。
   絹代、また扉の奥に消える。
絹代の声「さぁ、もう一回弾いてごらん!」
   みどり、その隙に田中をゆり起こす。
   三味線の音が、微かに聞こえてくる。
   田中、目を開けて、
田中「あぁ、みどり?」
   みどり、また田中の口を押さえて、
みどり「(小声で)先輩、早く戻りましょう。ここ、おかしいです」
田中「おしっこ・・・」
みどり「したんじゃないんですか?」
田中「えへへ」
   笑う田中。

〇同・広間
   襖が開いて、戻ってくるみどりと田中。
   みどり、田中の肩を抱えている。
   田中、すぐに布団にもぐる。
   みどり、ユリを起こそうとする。
みどり「ユリ、起きて」
   ユリは、寝返りを打つ。
   みどり、諦めて工藤を起こそうとする。
みどり「工藤さん。起きて。工藤さん」
   工藤、寝息を立てて起きない。
みどり「何よ・・・」
   「ギィ、ギィ」と、廊下を歩いてくる、音がする。
みどり「朝倉先輩?!
   みどり、襖を見る。
   女の歩く影。異常に長い髪の毛が、蛇のようにクネクネと空中を舞っているような影。
   みどり、驚いて布団に隠れる。
   襖が開く。
   絹代が顔を出す。
絹代「さぁ、皆さん、蛍を見に行きましょう」
   工藤、ユリ、田中、ムクムクと起き出す。
   みどり、慌てて、合わせて起きる振りをする。
絹代「すぐそこの小川に蛍がたくさんいますので……ご用意を」
   絹代、不気味に笑って、廊下を戻っていく。
   みどり、工藤に、
みどり「工藤さん、逃げましょう!」
   工藤、ボーっとしている。
   みどり、ユリの肩を揺らす。
みどり「ねぇ、ユリ! みんなどうしたの?」
   ユリ、ボーっとしている。
田中「もう飲めないですぅ・・・」
   みどり、田中を見てイライラする。
   みどり、ロウソクを手に取り、炎を田中の顔に近づける。
田中「あち!」
   田中、飛び跳ねて逃げる。
田中「何すんだ!」
みどり「(怒って)起きたの!?
田中「あちぃ・・・ ったく・・・ あれ? ここどこだ? 俺たち助かったのか?」
   みどり、田中を見て、
みどり「大ピンチよ」
   ×   ×   ×    ×
   工藤の顔に、ロウソクを近づける。
工藤「あちぃ!」
   みどり、田中、ユリが真剣にその様子を見つめる。
   工藤、自分の頬を触りながら、
工藤「いてて・・・ 頭がガンガンする」
   みどり、ユリを見て、
みどり「朝倉先輩を見つけて逃げるのよ」
   ユリ、うなづく。
   廊下を歩いてくる「ギシ、ギシ」という音。
みどり「来た。あいつには、まだ酔ってる振りをしたほうがいいわ」
工藤「そうだな、しばらく様子を見よう。さりげなく朝倉の居所を聞き出す」
みどり「出来るの?」
田中「来たぞ」
   みんな、ボーっとした顔をする。
   絹代、襖を開けて顔を出す。
絹代「準備はいいかい?」
   絹代、笑う。
   襖の向こう、手には大きな包丁を持っている。

〇御岳山・山道
   田中を先頭に、ユリ、工藤、みどりが一列になって歩いている。
   絹代、みどりの背後について歩いている。
   全員の不安げな表情。
   一匹の蛍が、飛んでいる。
田中「あ、ゲンジだ」
   絹代、懐から大きな包丁を出す。
   ユリ、走り出し、
ユリ「きれい・・・」
   辺り一面に蛍の発光が見られ、無数の星が点滅しているように見える。
   みどりも、目を奪われて走りだし前に行く。工藤も前に出てみる。
   絹代、恐ろしい形相に変化していく。髪の毛は白くなり、皺が増え口が裂け、目が釣りあ
   がっていく。
   田中、嬉しそうに、
田中「これは、凄い。こんな大群今まで見たこと無い・・・」
   絹代、田中の背後に付き、包丁を振り下ろす。
   包丁が、田中の頭を割る。
田中「ギャ!」
   みんなが振り返ると、恐ろしい形相をした山姥と、頭に包丁を差したまんまの田中がい
   る。田中の頭から血が吹き出ている。
全員「ギャァ!」
   逃げ出す、工藤、みどり、ユリ。
   山姥、田中の頭から包丁を抜くのに手間取っている。
山姥「あいつらぁ・・・ もう覚めちゃったのかぁ」
   睨む山姥の顔。

〇同・山道
   猛スピードで森を走るみどり達。
ユリ「田中さんが・・・ 田中さんが・・・」
みどり「ユリ、泣いてる暇ないよ!」
   鬼の形相で、包丁を手に走る山姥。
   走る工藤、みどりの手を握ろうとして拒否される。
工藤「みどり!」
みどり「あっちに小屋があるわ!」
工藤「よし!」
   みどり達、小屋へ向かう。

〇同
   走る山姥。
   嬉しそうに包丁を振り乱し、笑っている。
   不気味な笑い声。

〇同・山小屋・中
   みどり達、小屋に入って扉を閉める。
   ユリ、見渡し、
ユリ「何も無いわ。ここ」
   中には、藁で作ったノミが二つしかない。
工藤「二人でこれをかぶって身を潜めて」
みどり「工藤さんは?」
工藤「ドアの横に隠れて、あいつが入って来たら、これで殴る」
   工藤、木の棒を持っている。
みどり「無茶よ、止めて」
工藤「じゃ、どうすればいいんだ?」
   外で物音がする。
みどり「シッ!」
   静まるみどり達。
   工藤が、こっそり外を見る。

〇同・同・外
   山姥、辺りを見回しながらこちらへ向かって歩いている。
   
〇同・同・中
   工藤、振り返る。
工藤「こっちに来てる」
みどり「どうする?」
ユリ「私、隠れる」
   ユリ、一人ミノに隠れる。
   ドアの近くにいる工藤とみどり。
   小屋の隅に、膨れたミノ。
工藤「みどりも、早く」
みどり「いやよ」
工藤「いいから・・・」
   その時、工藤の腕時計のアラームが鳴る。
   凍りつく工藤とみどり。
   突然ドアを蹴破り、山姥が入ってくる。
   山姥は、勢い良く入り、ミノに隠れるユリに近寄りミノを剥がす。
   山姥を見上げたユリの絶叫する顔。
   山姥、笑いながら包丁を振り下ろす。
みどり「ユリ!」
   工藤、目を伏せる。
   山姥、痛がるユリを抱えて振り返る。
   山姥と対峙するみどりと工藤。
   ユリ、山姥に抱えられたまま、足をばたつかせている。
山姥「ここで待ってろ」
   山姥、みどりと工藤の間を走りぬけていく。
   みどり、工藤、動けない。
工藤「・・・逃げるぞ・・・」
みどり「助けること、出来ないの?」
工藤「もう・・・」
みどり「・・・」
   みどり、泣き出す。
   工藤、みどりを抱きしめる。
   物音がする。
   二人が見ると、まだ肉の付いた骨が転がっている。
   みどり、悲鳴を上げる。
   次々と、ドアから骨が投げ込まれる。
   工藤、みどりの目を覆って、ドアを見ると、向こうでしゃがみ込んで、ユリにむしゃぶり
   付く山姥が見える。
工藤「見るな」
   工藤、みどりの肩を支えたまま、ゆっくりドアから出て、走り出す。
   山姥は、食事に夢中である。

〇御岳山全景(朝)
   朝日が出てくる。

〇同・山中
   木に寄りかかって工藤とみどりが寝ている。
   二人はボロボロの服。
   工藤、目を開ける。

〇同・山道
   手をつないで歩く、工藤とみどり。
   疲れきっている。
みどり「もう・・・ だめ・・・」
工藤「がんばれ」
   川の流れる音が聞こえる。
工藤「水の音だ」
みどり「水でも何でもいい。お腹に入れたい」
   二人、早足になる。

〇同・川
   釣りをする杉作がいる。
   工藤、みどりが山から出てくる。
   工藤、杉作を見つけて、
工藤「人がいるぞ」
みどり「助かったぁ・・・」
工藤「すいません!」
   工藤、大声で手を振る。
   杉作、こっちを振り返る。

〇同・山小屋・中
   刺身を食べる工藤と、みどり。
みどり「おいしいわ」
工藤「(頷いて)生き返る」
杉作「昨日捕れた川魚だ」
   台所でスープを混ぜる杉作。
杉作「今度は、あったけぇスープを作ってるから」
   奥で食べるみどりと工藤。
工藤「ほんと助かりました」
   みどり、真剣に、
みどり「早く連絡してもらおう」
工藤「そうだな、警察と自衛隊にも要請が必要だろ。すいません、料理より、連絡お願いできま
 すか?」
杉作「いやぁ、料理が先だろぉ。こんなうまいもんめったと食えねぇぞ」
   みどり、顔をしかめる。
   工藤、「まさか」という顔をして、
工藤「あの、信じて貰えないでしょうが、僕たちの仲間が得体の知れない婆さんに殺されたんで
 す。早く連絡しないと・・・」
   杉作、スープを混ぜながら笑って、
杉作「知ってますよ。この辺りは昔から、お前らみたいな迷い人を、捕らえては食って生きてい
 る山姥っていう化け物が、いるんだよ。良く覚えておきな」
   杉作、振り返ると、白髪の老婆になっている。
みどり「あぁ・・・」
工藤「くそっ!」
山姥「このスープ、うまいよ。最初の男の脳みそをとろけるまで煮込んであるんだ」
工藤「バカにしやがって!!
山姥「この辺りは私の土地だ。誰が助けに来るって言うんだ」
みどり「化け物め!」
山姥「さぁ、お次はどっちだい?」
   山姥、包丁を振りかざす。
   工藤、意表をついて山姥に突進する。
工藤「うあぁ!!
   タックルされた山姥、包丁を落とす。
   包丁は、みどりと山姥の間に転がる。
   山姥、工藤を蹴りつける。
   もがく工藤。
   山姥、包丁を見る。
   みどり、包丁にめがけて飛ぶ。
   山姥も飛ぶ。
   一歩早くみどりが包丁を掴む。
   みどり、山姥の肩を包丁で刺す。
   山姥、笑う。
   みどり、もう一度胸を刺す。
山姥「我は不死身じゃ」
みどり「そ、そんな・・・」
   山姥、みどりを抱えてしまう。
   みどり、包丁を投げ捨てる。
   工藤、再び山姥にタックル。しかし、今度は跳ね除けられる。
山姥「うるさいハエねぇ」
工藤「みどり!」
みどり「先輩!」
   山姥、みどりを抱えたまま、
山姥「付いて来な」
   と、走り出す。
   工藤、みどりの捨てた包丁を手に、後を追う。

〇同・山の中
   森を走る工藤。
工藤「みどり!」
   微かにみどりの声が聞こえる。
工藤「みどりぃ!」
   必死に走る工藤。
   ふと気付くと、最初の大きな宿の門が見えてくる。
   薄く霧が立っている。
工藤「また・・・」
   工藤、包丁を握り締めて、入っていく。

〇山姥宿・中・台所の奥
   山姥、みどりを落とす。
   みどり、目の前にうずくまる平治を見る。
   みどり、小さな悲鳴。
山姥「仲良くするんだよ」
   山姥、ドアを閉める。
   鍵をかける音がする。

〇同・庭
   工藤、ゆっくり息を潜めて歩いていると、山姥が前に現れる。
工藤「みどりを返せ」
山姥「やだねぇ。私の食事ですから」
   山姥、ケケケと笑う。
   工藤、山姥に襲いかかるが、山姥は家へ逃げる。
   工藤、追いかけて家の中へ入る。

〇同・中
   工藤、入ると山姥がいない。
   辺りを見渡しながら歩いていると、突然、山姥が現れる。
   山姥、工藤の左腕に噛み付き、
山姥「踊り食いじゃ!」
   工藤、痛さに絶叫する。
   山姥、あごに力を要れて、血を噴出させる。
   工藤、右腕の包丁で、何度も山姥を刺すが、一向に山姥は動じない。
   山姥、肉を噛み千切る。
   工藤、痛さに眩暈がする。
   山姥、クチャクチャと肉を噛み、ゴクリと飲み込む。
工藤「はぁ・・ はぁ・・・ 化け物め・・・」
   工藤の目は、かすみ始め、山姥がかすんで見える。
山姥「生きたままは、そうそう味わえない・・・ 格別だよ」
   山姥、工藤に襲いかかる。
   工藤、たまらず逃げ出す。

〇同・台所
   工藤、逃げてくる。
   奥の扉から、みどりの声がする。
みどりの声「先輩!」
   鍵の掛かったドアの隙間から、わずかにみどりの顔が見える。
   山姥が来る。
工藤「みどり! 何処だ?」
   工藤、キョロキョロしていると、山姥   が背後から来る。
みどり「先輩!」
工藤「みどり!」
   山姥、工藤の首元に噛み付く。
工藤「ギャァ!」
みどり「いやぁ!」
   工藤の首から血が出る。
   工藤、ドアの隙間にみどりを見つける。
   みどり、悶絶する工藤と目が合う。
みどり「(泣く)先輩!」
工藤「・・・逃げろ! 早く!」
みどり「誰か助けてぇ!」
工藤「いいから、早く逃げろ!」
   みどり、藁にもすがる思いで、平治に目を向ける。
   平治は、みどりを見つめている。
みどり「ねぇ! 助けてよ!」
平治「・・・うううう」
   みどり、諦めて、ドアに体当たりを始める。
   山姥、工藤の首の肉も食いちぎる。
   工藤、もはや声が出ない。立っているのがやっと。
   みどり、隙間から見る。
   工藤の肩にまた食らいつく山姥。
   みどり、ドアに体当たりをしようとする。と、平治がみどりの肩に手を置く。
   みどり、振り返って見ると、平治がみどりを移動させる。
   平治、ドアに体当たりする。
   強烈な音と、煙が辺りを包み、平治が台所に立つ。
   山姥、平治を見て、
山姥「なんだいあんた。恩知らずだね。思い出しでもしたのか?」
平治「ううううう」
   平治、山姥をにらんでいる。
   工藤、倒れる。
みどり「先輩!」
   みどり、工藤に駆け寄る。
工藤「すまん・・・ みどり」
   工藤、絶命する。
   みどり、生き絶えた工藤を抱きしめて、泣く。
   平治、山姥に掴みかかる。
   山姥、平治の圧倒的な力に押されていく。
   山姥、平治の指を噛み砕く。
   平治、思わず力を緩める。
   山姥、さっと移動して包丁を手に取り、
山姥「仕方ない。お前はもういらん」
   山姥、平治に飛び掛る。
   平治、山姥の攻撃を受けて立ち、みどりを守る。
   みどり、二人の戦いを見ながら台所を出る。

〇同・外
   走って出てくるみどり。
   木々の間をすり抜け、少し広いところに出る。
   みどり、立ち止まり振り返る。
   宿が見える。
   みどり、ほっとして歩き出す。
   突然、落とし穴に落ちる。
みどり「きゃぁ!」
   底に落ちるみどり。
   5Mはある深い穴。
   底から見る空。
   気を失っているみどり。
   ×   ×   ×   ×   
   目を覚ますみどり。
   穴から見える空は、星空。
   みどり、頭をさする。
みどり「うう・・・ 痛い・・・」
   みどり、足を見る。
   変に曲がっている足。
   みどり、泣き出す。
   泣き声が、辺りを埋め尽くしている。
みどり「助けて・・・」
   みどり、穴の星空を見つめる。
   そこに、山姥の顔がのぞく。
   みどり、声にならない驚きの顔。
山姥「ヒヒヒ・・・ イノシシを捕まえる穴だよ」
   みどり、体が震えだす。
山姥「あんた、生きたいか?」
   みどり、震えながらコクリと頷く。
山姥「ヒヒヒ・・・」
   山姥、笑いながら飛び降りてくる。

〇暗闇

○御岳山・全景
   清々しい山の風景。
   みどりの声がする。
みどりの声「私が、この恐怖の体験を話そうと思った、もう一つの理由。それは」

〇同・山の奥深く
   こんもりとした地面。
みどりの声「私がまだ生きているということを、誰かに伝えたかったからです」
   地面が少し動く。
   そこに、カラスが止まる。

                   完

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