第1話

文字数 972文字

隣でうるさく「あーん」とか「んもー」とか繰り返す女友だちの声を聞いていた。
雨の日は湿気でうねるらしく、鏡片手に一生前髪を気にしている。

誰もあんたの前髪なんか見てないし
てかいつもと別に変わらないし

私のいいところは心の中で思うだけでなく、声に出して伝えるところで、だから私は少なかったが友だちには恵まれていた。

そんな私とわかって、付き合い続けることのできるたくましい子たち、に囲まれて、私はいつでも私らしくいられた。

男に関しても、私はその戦法でいきたかった。
いけると思っていた。


借金を重ね途方に暮れている目の前の男に、私はいいよいいよ、とか言わずに、どうすんの、アンタとか言いたかった。

高級食パン店を開けたはいいが、行列ができたのも最初の数週間、すぐ閉店に追い込まれ、残った借金を挽回する、とか言って無人冷凍餃子の店を出して、またすぐ閉めることになりさらに借金がふくらんで。

ばかじゃん

と口に出して言ってやりたかった。

だけどさ、お金は概念だから

とか言っちゃって。

借金五百あっても普通預金口座残高一億でも、変わらないと思うんだ、日々の暮らしは、
別に贅沢はいらないもの、
たまーに年に一度くらいは焼肉屋さんに行ったりして、どのみちそんなに食べられないから、タンとカルビと生中二杯飲んだら、あとキムチとナムルがあったらもうお腹いっぱいで

とか言っちゃって。

もう満足なの
てかあなたがいるなら、あとは何にもいらないの

とかまで言っちゃって。

だって離れていってしまうから。
誰もがお手上げの、あんな奴やめとけよって言われてしまう、やってけるのは私くらいのあなたじゃないと、離れていってしまうから。

それであくまで徹底的なさげまんな私につかまったら最後、私のいいところとあなたのいいところを足して2をかけたみたいな子をもうけて、いつまでもギリギリのラインを綱渡りするみたいにして生きてくの。
馬車馬みたいに働くこんなくそまじめに、朝から晩まできちいーと箱に詰められたバッテラみたいな私じゃなくて

あんたは私の前髪なんか見てないし
いつもと別に変わらなくとも

雨の日には「あーん」とか「んもー」とか言いながら、うねる前髪を鏡片手に一生気にしながら、どのみち前髪くらいしか気にすることなどこの世にはないから、そうやって私らしく生きてくの。

もう、それはそれは典型的な、ダメ男に溺れる私で。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み