花束

文字数 766文字

その廃墟には、化け物が棲んでいる。
花の匂いが漂ったらすぐに逃げないと化け物に殺されるよ。
この廃墟にはそんな噂が流れている。

それは半分本当。
向日葵に囲まれた木造の二階建て。二階の床は抜けていて、天井は隙間が空いて、隙間から抜けるような青空が見える。
奥まった部屋、崩れた襖の奥から出てくる化け物。僕は今日も実態を失いそうな身体を保つための生け贄を探している。

半分は、僕にもわからない。
僕は花の匂いなど発しない。どちらかというと腐臭でも発してるのではないだろうか。
しかし、僕も感じている。
僕が獲物に気付いて這い出る時、濃密な、甘ったるい花の匂いが常に漂っている。
初めは人間の香水の匂いだと思っていた。しかし、それよりも瑞々しい、生々しい匂いだと気づいた。

「花が供えられてる!」
僕に食い殺される前の人間が叫ぶのを聞いた。
断末魔が途絶え、血溜まりから我に返った僕はその言葉を思い出し、部屋を彷徨った。玄関からすぐの居間だった部屋に、それは捨てられている。
確かに、新鮮な花束だった。
桃色の、大きな薔薇のような花が束ねられてある。それを握り潰すと、甘ったるい空気が広がった。いつの間に。
僕はにやりと笑った。次は逃さない。

それは数日後、すぐに現れた。向日葵を乱雑にはね除け、手に大きな花束を抱えている。それは、同じく、巨大な、何枚も花弁が重なった、花が重すぎて頚が折れそうな花。

僕は居間から様子を伺った。取り逃がさないように、気配を消して。
彼は臆することなくゆっくりと玄関に足を踏み入れ、少し笑った気がした。
今だ。

長い爪が彼の頸に食い込む。その頭に食らいつこうとする瞬間、彼は笑っていた。
「気付いてくれたね。」
彼は僕の口に唇を重ね、瞬間、僕の身体は霧散した。

その廃墟には化け物が棲んでいる。
花の匂いはずっとしているし、
二体いるから、逃げられないよ。
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