第1話

文字数 1,787文字

風が吹くと船なら転覆してしまうこともありますが、女性は強いんです。転んでも、タダでは起き上がりません。なんなら、人生の風向きさえもいい方向にもっていくことができたりします。

強い風がビュンと吹いた、ある日の昼さがりのこと。

一人微笑みながら歩いている女子がいた。

「いつもと雰囲気が違いますね、って先生、言ってくれたなぁ」なんて、にやけていたら、突風だ。慌てて両手でスカートを死守したけれど、しまった、今の私は、押さえなきゃならないものはスカートだけじゃなかった。マリリンモンローみたいな姿にならなくてよかったが、私の髪は、ギャグ漫画のように空高く舞った。治療が始まって数ヶ月になるのに、まだウイッグに慣れてない。いや、馴染み過ぎて、髪同様に感じてるからこその失態かもしれない。

駆け寄って拾おうとしたら、また風が吹いて、ふわりと浮くウィッグ。両手で押さえつけようとしたら、今度はスカートがワッとまくりあがって。
あぁ、なんてこと…!
泣きたくなるほど恥ずかしいのに「こんな格好のお化け、ゲゲゲの鬼太郎に出てきたなぁ」とか頭の隅で考えてしまう。もう、こうなったら、見ている人、笑ってくれたほうが気が楽なんだけど。でも病院の敷地内ゆえ、皆、私の事情を想像し、見て見ぬフリの様子。ああ、一秒でも早くこの場から、消えてしまいたい。
とその時、「えっと、ほら、あれ、フクロ茸だ!」と朗らかな声。
聞き覚えがある。だって、さっき、診察してもらった担当医だから。
この先生に密かに憧れを抱きだしてから、辛い治療も平気。診察の日が待ち遠しくて、今日は、おニューのスカート履いてきたのだから。
「ごめんごめん。ちょうど、診察終えて、何食べようかと考えてたところで。おかげで、八宝菜が食べたくなったよ」と、近寄ってきた先生。
「なるほど、フクロ茸ですか。私は傘お化けを思い浮かべました」
と照れ笑いの私。その頭に先生は手をやり、ウィッグを少し深めにかぶせてくれながら、
「ウィッグも似合ってるけど、最初に診察にきた頃の髪型も、よかったな。すぐ伸びるから、もう少し頑張ろう」と言って、
「笑ったお詫びに、中華でよかったら御馳走するよ。どう?」と続けた。
神さま、髪さま、ありがとう。

ちょうど同じ頃。浮き足だって歩いている女子がいた。

「高校卒業以来だから、5年か。素敵な大人になってるはず」と、妄想してたら、突風だ。同窓会の会場に行く前に、そのそばにあるドラッグストアに立ち寄るつもりだった。あるものをゲットしてから行こうという計画していたのだ。
もしかして、ほろ酔いになれば、勢いで高校時代に憧れていた彼に急接近できるかもしれない。でも、本当に酔ってしまったら、いいムードになった時にゲーゲーしちゃうかもしれない。そんな失態を避けるために、ウコンのパワーを借りなければならないのだ。いくつもコンビニを素通りしてきたのには、わけがある。案外、ウコンのドリンクは高い。だから、30%オフの割引券を持っているドラッグストアを目指していた。それなのに。

「まさか忘れてないよね?」と不安になって、財布を開けた途端に風が割引券をさらっていった。蝶のようにひらり、と前方に。すれ違う人に、割引券にやっきになっていると思われたくないので、さりげなく、早足で近づき、そっと足で押さえようとした。でも、そこにまた風が吹き、嘲笑うかのようにひらりと飛び上がる。
「まったく、電子クーポンが当たり前の時代に紙のクーポンなんて、ありえないわ」とぼやきつつ車道に出てしまったら終わり、と焦り、獲物を狙う獣のように慎重に近づいていく。と、一足先に、前から来た人が拾い上げてしまった。
「あ!」
「久しぶり!はい、これ、追っかけてたやつ」
手渡してきた彼の顔、恥ずかしくてまともに見られない。
「30%割引かあ。これは、大事だね」というセリフは、からかっているわけでなさそう。なぜなら「いい嫁さんになるタイプだな」って続けてきたから。
思わず舞い上がってしまった私は
「で、その割引券で何買うつもりなの?」と聞かれ、正直に「ウコン」と言ってしまった。
あああ、今日の同窓会、オワッタ。そう思ったところに
「いいね!今日は飲みながら、昔話で盛り上がりたいね。俺も、一緒に買いにいこ」と彼。
「残念、割引券は一枚しかないわ」と言いながらもにやけてしまう。
神さま、紙さま、ありがとう。
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