大統領の命をお守りします。ただし……。

文字数 821文字

「これは……大統領閣下……。この度はまことに……何と言いますか……その……」
 一九七〇年代も半ばとなっていたが、その国では、何か有った時に祈祷師を頼る人々が一定数存在し、祈祷師達の顧客の中には、政治家・軍人・検察官・高級官僚も居た。
 祈祷師達は、その国の伝統的なやり方の者も入れば、キリスト教徒系の者も居た。
 彼女は……伝統的な流派に属し、「お得意様」は……この国の大統領だった。
『貴様……どうなっている? どう云う事だ?』
 電話越しとは言え、大統領の怒りは伝わってきた。
「確かに……私は、閣下の生命をお守りする祈祷を行なって参りました……。その効果は有ったかと思いますが……その……」
『ふざけるな……確かに私は生き延びたが……』
「えっと……では……その……次からは……」
『次に私が狙われた時には、私は何を失なう事になるんだ? 息子か? 娘か? それとも大統領の地位か?』
「ですので……その……」
『貴様はインチキか? それともマヌケか?』
「閣下……お待ち下さい……」
『何を待てと言うのだ? 待っていれば、私が失なったモノが戻って来るのか?』
「ですので、大統領、まずは落ち着いて……」
『私が命の代りに何を失なったか知っている筈だ。私のような目に遭った者が落ち着いていられると思うのか?』
 その時、玄関のドアを何者かが叩いた。
『もう貴様になど頼らん。貴様がマヌケでもインチキでもなければ……その力で今から貴様の身に降り掛る危機から逃れてみるんだな』
「えっ?」
 次の瞬間、玄関のドアを蹴破って……。
「警察だ。おい、インチキ祈祷師、御同行願おうか? ああ、そうだ。俺達は、お前が、抵抗または逃亡を行なおうとすれば射殺して良いと上から言われてる」

 当時の韓国の大統領・朴正煕は、自分を標的にした暗殺者の銃弾で妻を失なって以降、前にも増して極端に暗殺を警戒するようになった。
 だが、皮肉にも、妻の死より約5年後、身を護ってくれる筈の側近により暗殺された。
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