第1話

文字数 1,149文字

「ホットケーキか………」

僕は身を乗り出して斜め前の席の幸坂さんの机を覗いた。
長い髪を揺らし、どこからか出したのか
フォークとナイフで上品に朝食を食べている彼女。

朝のホームルームが始まる10分前、甘い香りが漂ってきて僕は思わず話しかけてしまった。

「うん。甘くておいしいね、ホットケーキ」

もぐもぐ頬を膨らませて美味しそうに食べる
幸坂さんは「欲しい?」と一切れを僕に差し出しながら言った。

「………僕はいいや」

「なんだ、欲しいから声掛けてきたのかと思った」

「いや……」

学校で堂々とパンケーキをお皿で食べていたので驚愕しただけだった。
ことの原因は僕にあるにしても、やはりショックは大きい。


「パンケーキ食べるって言ってもお皿とカトラリーまでしっかり持ってきてるし。気合入ってるなって思って」

「パンケーキをお弁当箱に詰めるのは失礼だから」


誰に失礼? とツッコミたくなったけれど
僕は大人しく「はあ、そうか」と曖昧な返事を返す。

幸坂さんは先生が教室に入ってきてもまだ優雅に朝食を食べていた。マイペースだなと頬杖をついて眺めてると、案の定彼女は先生に「それはなに?」と言及されていた。

「朝ごはんです」

全く悪気のない幸坂さんに先生はどう接していいのか戸惑っているようだった。

今日に限っては僕も共犯者みたいなものなので下手に助け舟も出せない。


取り上げたりしたら可哀想なくらい純粋な目で先生を見つめる幸坂さん。

そんな風に見つめ合ってないで、
食べるなら早く食べ終わってくれと僕は思った。





昨日、僕は屋上に幸坂さんを呼び出した。
僕は幸坂さんのことが好きだった。

「ずっと君のことが好きだったんだ」

心の奥底に留めていた想いを、満を持して吐露したわけだったけれど、

彼女は僕が「君のことが好………」くらいのタイミングでもうすでに断る構えをしていた。

それは数メートル先に見えた猫がこちらに警戒して逃げ腰になっているのに似ていた。

「わ、わかった。こうしよう」

秒殺されるのだけは避けたかった。
いや、面と向かって振られたら僕は今ここで泣きべそをかいてしまいそうだったから、どうにか引き延ばせないかと考えた。

「なあに、提案でもあるの?」

幸坂さんはどこか楽しげだった。

「もし、告白を受け入れてくれるなら明日の朝は食パンを食べたと僕に伝えて欲しい。で、告白を断る場合は『パンケーキ』を食べたと」

「なるほど……面白いね」

無茶苦茶な提案だったのに幸坂さんは乗り気だった。

ここで振られたくないから考えた苦肉の策を幸坂さんは二つ返事で受け入れた。

そこでその愚かな僕は期待してしまったのだった。

まさか、付き合えるのでは? と。
アホである。阿呆の中のアホである。


そして翌日、淡い期待を抱きながら登校した僕を、彼女は涼し気な顔でホットケーキを食べて振ったのだった。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み