運命の果物ナイフ

文字数 2,000文字

「悪いんだけど、部屋の片付け手伝ってくんない?」
 悠真( ゆうま)が気まずそうに頼んできた。
「やっと汚部屋掃除する気になったか!」
 悠真はモノとゴミであふれかえっている汚部屋を掃除をしろと何度言われても、絶対しようとしなかった。一番の親友である僕が言ってもだ。その悠真がやっと言うことを聞いてくれた気がして僕は嬉しかった。
 悠真の指示に従って、不用品を大きなゴミ袋に放り込んでいった。その不用品のなかに、古めかしい木製の十字架があった。
「これも捨てちゃうの?」
 僕は十字架を手にとって悠真に見せた。
「あぁそれ。中世ヨーロッパの十字架って言われて買ったんだけど、偽物だったから」
「もったいない気もするけど、まぁ汚部屋掃除だし仕方ないか」
 僕はその十字架をゴミ袋に入れた。
 大量のゴミ袋を近くのゴミ捨て場まで運んだ。するとタイミングよくゴミ収集車が来て、ゴミ袋を全部持っていってくれた。一人暮らしの彼のマンションに遊びに行くと、何もせずダラダラ過ごすのが常であったが、今日は長時間こき使われた気分である。

 しばらくしてから僕は家に帰った。テレビをつけると、小学生が行方不明というニュースが流れていた。チャンネルを変えようとすると、突然目の前に、暗い部屋でうずくまっている小学生の男の子らしき姿が見えた……ような気がした。
「なんだ今の……まさか行方不明の……そんなわけないか」
 しかし今度は自分の目の前にさっきの男の子が現れた。というよりさっき見た暗い部屋に自分が移動していたのだ。小学生は気絶しているようで動かなかった。
「ここ、どこ? きみ、大丈夫? この子、行方不明の子なのか?」
 あたふたしていると、周囲が台所らしき風景に変わった。相変わらず目の前には気絶している男の子がいた。
「今度はどこだ? 人がいるっぽいから、この子、ここに置いとけば大丈夫だよね……」
 また周囲が変わった。
「すごいじゃないか。行方不明だった小学生の男の子が、近所の家の台所で発見されたそうだ。お前は今日からスーパーヒーローだ」
 そう言ったのは、悠真だった。そこは彼の部屋だった。
「お前、何か知ってるな? 僕に何が起こったんだ!」
「俺がアメコミに出てくるスーパーヒーローが好きなのは知ってるだろ? そのことをネットの掲示板に書き込んだら、次の日、その掲示板に、日時と場所を指定した書き込みがあったんだ。俺をアメコミのスーパーヒーローにしてやるって。誰が書いたのかは知らん。そんなに遠くない場所だったから、ひやかし気分で行ってみたんだ。誰もいなかった。まぁそんなもんだろうと思って家に帰ると、見たことのない、古めかしい木製の十字架が置いてあったんだ。それから、俺に不思議な能力が出始めたんだ。最初はテレポーテーションと怪力だった」
「お前にも僕と同じことが起こってるのか?」
「俺にあった力は、お前に移った。スーパーパワーは、今日からお前のものだ。今はテレポーテーションと怪力だけだろうが、時間が経つにつれて、いろんなことができるようになる。まさにスーパーヒーロー」
「移った? どういうことだ? うあぁ! 腕が!!
 僕は右腕に焼けるような痛みを感じた。
「だが欠点があってな。痛むんだ、体中が。時間が経つにつれて痛みがどんどんひどくなる。半年後の痛みなんて、シャレにならんぞ」
「早く元に戻せ! 右腕が痛い!」
 僕は怒鳴りつけた。
 悠真は他人事のような顔をしながら話し始めた。
「解決方法を見つけるのに半年もかかっちまった。解決するのなんてアホみたいに簡単だった。あの木製の十字架を他人にさわらせればいいだけだ。さわったやつにスーパーパワーが移る。激痛付きのな。またあんな痛い思いをすんのはご免だから、移されないようにあの十字架をゴミに出しちまった。実際に捨てたのはお前だがな。今頃清掃工場で灰になってるだろうよ」
「この野郎!」
 僕は悠真につかみかかろうとした。
「おっと、下手に手出しして、俺が死んでもいいのかい? お前の怪力で俺が死んだら、お前のスーパーパワーが世間に広く知れ渡ることになる。そうなったら、間違いなく誰かがお前を危険だからと捕まえにくるだろう。そしてどこかの隔離施設で一生過ごすことになる。スーパーパワーは人様にバレないようにしながら、世界を守るために使わねぇとな」
 悠真はにやけ顔をしていた。僕は悠真を睨みつけた。
 ……痛いからって死ぬなよ。お前が死んだらあの痛みが戻ってきちまう……
 悠真の声だ。しかしやつの口は動いていなかった。僕は机の上にあった果物ナイフを取ると、自分に刃を向けた。
「もしかしてお前、もう他人の心の声が聞こえるようになったのか!!
 僕はナイフを自分の胸に刺した。右腕の痛みが引いていき、今度は胸が焼けるように痛くなっていった。薄れていく意識の中で、右腕を押さえながら痛みに顔を歪ませている悠真の姿が見えた。
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