第3話 波乱から始まるイブ 董花SIDE(聖なる夜の軌跡.EP3)
文字数 3,518文字
久々の外での待ち合わせ。
朝から気分が上がっていて、時間が過ぎるのがとても遅く感じてしまう。
大学時代は、外で待ち合わせが当たり前だったけれど、一度私たちは別れてしまって、次に再会した時は私は入院していた。
無事に退院できてすぐに、龍樹と一緒に住むことになったけれど、龍樹も今はベンチャー企業の社長。
色々と忙しそうで、休日に外でデートの機会も少ないし、一緒に住んでいるのだから外で待ち合わせる必要も無く、こんな恋人同士のデートみたいに外で待ち合わせをするのは本当に久しぶりだった。
一緒に暮らして常に側に居られて、いろんな龍樹を見れる幸せでも十分なのだけど、こういうことで更に幸せな気持ちになってしまうと、仕事終わりに待ち合わせてデートするということをもっとしたくなる。
人は強欲な生き物なんだなって思う。
「私も働きに出ようかな。そうした仕事終わりに待ち合わせて、食事したりお酒を飲みに行ったり……」
想像してにやけてしまう。
今の状況では非現実的なことだけど、それでも想像してしまう。
私は入院は必要なくなったとはいえ、まだまだ経過観察が必要な状態ではあるし、龍樹の収入でも十分に生活が出来る状況なので、今は働きに出る事は難しいし必要も無い。
だからさっきのは、あくまでも想像だけのお話。
でも私がもう少し元気になったら。
経過観察が必要じゃなくなるくらいまで回復したら。
龍樹の仕事終わりにあわせて待ち合わせしてデートしてみたいって、わがままを言っても良いのかな。
そんなことを考えながら、一通りの家事をこなす。
良い感じの時間になってきたので、いつもより入念に時間をかけてメイクをする。
大学生の頃に比べると、幾分やつれてしまったし肌つやも悪くなっている。
龍樹がそんなことで私を嫌いになったりしないと解っては居るけれど、どうしても気になってしまって、何度かメイクをやり直してしまう。
私だって女なのだから、それに久々のデートなのだから、龍樹に綺麗だと思われたい。
だから頑張ってこの冬の新色のアイシャドウとリップをこっそり通販で買っていた。
今日初めて使うのだけど、私のブルベ系統の肌に合うのか、ネットの写真で色味を見ただけなので少し不安になりながら、丁寧に肌に色を乗せていく。
ラベンダーピンクのアイシャドウにナチュラルローズカラーのチークを薄く。
唇はナードピンクのリップティント。
龍樹は綺麗って思ってくれるかな。
メイクを仕上げた後、じっと鏡を見つめる。
不安そうな顔をした女がそこには写っていた。
(こんな顔をしてたらだめね。笑顔にならないと)
そっと目を閉じて深呼吸を一つ。
大学時代には一度も感じたことがない不安。
あの頃は望むと望まざるとにかかわらず、男子から声をかけられてた。
綺麗だと男子からも女子からも言われていた。
だからもっと自信を持っていたし、堂々と振る舞えていたと思う。
だけど今は違う、他の人の評価なんてどうでも良い。
たった1人だけに綺麗と言われたい。
その人が私をどう評価するかがとても気になるし、だからこそ感じる不安もある。
でも暗い顔をしていてはいけない。
だって龍樹は私の笑顔が好きだと言ってくれてるから。
+++++++++++++++++++
メイクに手間取り、着ていく服でさんざん悩んだ私は、時間の余裕を持って準備していたはずなのに、いつの間にかちょうど良いくらいの時間になってしまっていることに気がついた。
オフホワイトのチェスターコートに、ワインブラウンのニットのトップスにモールチェックフレアスカート。
それにアイボリーカラーのレースアップブーツ。
それが本日の私のコーディネート。
落ち着いた大人っぽさの中に、カジュアル感を取り入れてみたのだけど、これでいいのかなとまた不安になる。
だけど時間的に、もう服選びをしている余裕はないので、私は覚悟を決めて出かけることにした。
お気に入りのkate spadeのマディソン スモール サッチェルにスマホやお財布なんかを慌てて詰め込んだ。
家を出る前から、龍樹に会える事をこれほど楽しみにしているなんて、本当に彼とであったあの時には予想もしていなかったななんて、ふと懐かしく思ってしまう。
待ち合わせ場所はマンションから3駅離れた繁華街の駅。
電車に揺られる時間は15分くらい。
ちらっと腕時計を見る。
龍樹が退院してすぐに送ってくれたエルメスのHウォッチが誇らしげにそこにあった。
小ぶりでスクエアなデザイン、ホワイトシェルの文字盤。
鮮やかなオレンジ色のレザーストラップに目を奪われていた私を見て、龍樹は即それを購入してくれた。
それなりのお値段がする腕時計だったので、私は激しく遠慮したのだけど……。
「おしゃれには疎い僕の目から見ても、とっても董花に似合っていると思うから。着けてほしいな」
ちょっと恥ずかしそうに頭をかきながら言う龍樹を見て、断れなくなってしまったことを思い出す。
金額の話ではなくて、そう言った一言や私を大切にしてくれているという振る舞いの全てが愛おしい。
そして愛されてるという実感を強く感じる。
本当に困ってしまうくらい、龍樹が好き。
逢う前からもう、気持ちが最高潮になってしまうくらい、彼のことを考えるだけで好きがあふれそうになる。
17時50分。
もうすぐ龍樹に会える。
++++++++++++++++++++++++++++++++++
「ねぇねぇ、お姉さん美人だね。モデルか何かやってる人?」
駅から出てすぐにあるタクシー乗り場。
その横にあるのが、毎年この時期になるとライトアップされる「恋人たちの木」と呼ばれる待ち合わせスポット。
そこで龍樹が来るのを心待ちにしている私に声をかけてくる男の人が居た。
「今からどこか遊びに行こうよ、お姉さん美人だから何でも奢るよ」
なれなれしく肩に手を伸ばそうとしてきたので、私はその手をさけながら相手をにらみつける。
「大切な彼と待ち合わせしていますから」
わざと”大切な彼”の部分を強調して相手に告げるが、相手はそんなことは気にしていないようだ。
「えー、いいじゃん。絶対俺と一緒の方が楽しいって、後悔させないからさ、ね?いいだろ」
私の手首を強引につかんできたので、それを振り払おうと大きく手を振ったら、鞄が相手の顔に当たってしまったようで、男の顔つきが豹変する。
「ってぇなぁ……ちょっと美人だからってスカしてんじゃねぇぞ!俺にこんなこと、したからにはタダじゃ済ませねぇからな」
先ほどの軽薄な笑みを浮かべていた表情は何処に消えたのかと思うほど、獰猛な目つきへと変貌した男が私に手を伸ばしてくる。
(龍樹!助けて!)
声に出せず心の中で叫ぶ。
恐怖で身体が動かない。
思わず目を閉じてしまう。
「いっいててて……畜生!なにしやがる!」
「僕の大事な女性 に、何をしようとしているんですか?」
痛みを訴える声と、聞き覚えがあるけれど、私の知っている優しい声とは違う声が聞こえた。
状況を確認したくて、閉じていた目をゆっくりと開くと、そこには男の腕をねじ上げている龍樹の姿があった。
(龍樹……助けてくれたんだ……あれ、そういえば僕の大事な女性 って言ってなかった?)
先ほどの言葉を思い出し、恐怖などすぐに吹き飛んでしまい、心臓がドキドキとしてしまう。
目の前の龍樹の姿が、出会った時のタツキの姿とオーバーラップする。
あの時に龍樹は、こうやって立ち向かうことが出来ずに、私の手を引いて逃げたんだっけ。
当時を思い出して、温かい気持ちになる。
「董花……ごめんね、大丈夫だった?」
いつの間にか男の姿が消えていて、目の前には見慣れた龍樹がちょっと困った顔をして立っていた。
「董花が1人でこんな所に立ってたら、こうなるって予想してなかった、ごめんね。怖かった?」
困った顔になっていた原因はこれかと思った。
私が怖がってしまったこと、そうなるかもしれないと言うことを失念していたこと。
それを龍樹は自分自身で責めてしまっているんだ。
「龍樹があやまることじゃないよ。それにすぐに助けてくれたでしょ。私は嬉しかったよ」
だから私は龍樹に微笑む。
彼が好きだと言ってくれた笑顔で。
「董花、今日も綺麗だね。その服とてもよく似合ってる。なんか目元が大人っぽく見えてドキドキする」
出だしは最悪だったけれど、私はこの言葉だけで十分だった。
心の底からみたされた。
だからね龍樹、そんな申し訳なさそうな顔をしなくて良いの。
私はこんなに幸せな気持ちになっているんだから。
朝から気分が上がっていて、時間が過ぎるのがとても遅く感じてしまう。
大学時代は、外で待ち合わせが当たり前だったけれど、一度私たちは別れてしまって、次に再会した時は私は入院していた。
無事に退院できてすぐに、龍樹と一緒に住むことになったけれど、龍樹も今はベンチャー企業の社長。
色々と忙しそうで、休日に外でデートの機会も少ないし、一緒に住んでいるのだから外で待ち合わせる必要も無く、こんな恋人同士のデートみたいに外で待ち合わせをするのは本当に久しぶりだった。
一緒に暮らして常に側に居られて、いろんな龍樹を見れる幸せでも十分なのだけど、こういうことで更に幸せな気持ちになってしまうと、仕事終わりに待ち合わせてデートするということをもっとしたくなる。
人は強欲な生き物なんだなって思う。
「私も働きに出ようかな。そうした仕事終わりに待ち合わせて、食事したりお酒を飲みに行ったり……」
想像してにやけてしまう。
今の状況では非現実的なことだけど、それでも想像してしまう。
私は入院は必要なくなったとはいえ、まだまだ経過観察が必要な状態ではあるし、龍樹の収入でも十分に生活が出来る状況なので、今は働きに出る事は難しいし必要も無い。
だからさっきのは、あくまでも想像だけのお話。
でも私がもう少し元気になったら。
経過観察が必要じゃなくなるくらいまで回復したら。
龍樹の仕事終わりにあわせて待ち合わせしてデートしてみたいって、わがままを言っても良いのかな。
そんなことを考えながら、一通りの家事をこなす。
良い感じの時間になってきたので、いつもより入念に時間をかけてメイクをする。
大学生の頃に比べると、幾分やつれてしまったし肌つやも悪くなっている。
龍樹がそんなことで私を嫌いになったりしないと解っては居るけれど、どうしても気になってしまって、何度かメイクをやり直してしまう。
私だって女なのだから、それに久々のデートなのだから、龍樹に綺麗だと思われたい。
だから頑張ってこの冬の新色のアイシャドウとリップをこっそり通販で買っていた。
今日初めて使うのだけど、私のブルベ系統の肌に合うのか、ネットの写真で色味を見ただけなので少し不安になりながら、丁寧に肌に色を乗せていく。
ラベンダーピンクのアイシャドウにナチュラルローズカラーのチークを薄く。
唇はナードピンクのリップティント。
龍樹は綺麗って思ってくれるかな。
メイクを仕上げた後、じっと鏡を見つめる。
不安そうな顔をした女がそこには写っていた。
(こんな顔をしてたらだめね。笑顔にならないと)
そっと目を閉じて深呼吸を一つ。
大学時代には一度も感じたことがない不安。
あの頃は望むと望まざるとにかかわらず、男子から声をかけられてた。
綺麗だと男子からも女子からも言われていた。
だからもっと自信を持っていたし、堂々と振る舞えていたと思う。
だけど今は違う、他の人の評価なんてどうでも良い。
たった1人だけに綺麗と言われたい。
その人が私をどう評価するかがとても気になるし、だからこそ感じる不安もある。
でも暗い顔をしていてはいけない。
だって龍樹は私の笑顔が好きだと言ってくれてるから。
+++++++++++++++++++
メイクに手間取り、着ていく服でさんざん悩んだ私は、時間の余裕を持って準備していたはずなのに、いつの間にかちょうど良いくらいの時間になってしまっていることに気がついた。
オフホワイトのチェスターコートに、ワインブラウンのニットのトップスにモールチェックフレアスカート。
それにアイボリーカラーのレースアップブーツ。
それが本日の私のコーディネート。
落ち着いた大人っぽさの中に、カジュアル感を取り入れてみたのだけど、これでいいのかなとまた不安になる。
だけど時間的に、もう服選びをしている余裕はないので、私は覚悟を決めて出かけることにした。
お気に入りのkate spadeのマディソン スモール サッチェルにスマホやお財布なんかを慌てて詰め込んだ。
家を出る前から、龍樹に会える事をこれほど楽しみにしているなんて、本当に彼とであったあの時には予想もしていなかったななんて、ふと懐かしく思ってしまう。
待ち合わせ場所はマンションから3駅離れた繁華街の駅。
電車に揺られる時間は15分くらい。
ちらっと腕時計を見る。
龍樹が退院してすぐに送ってくれたエルメスのHウォッチが誇らしげにそこにあった。
小ぶりでスクエアなデザイン、ホワイトシェルの文字盤。
鮮やかなオレンジ色のレザーストラップに目を奪われていた私を見て、龍樹は即それを購入してくれた。
それなりのお値段がする腕時計だったので、私は激しく遠慮したのだけど……。
「おしゃれには疎い僕の目から見ても、とっても董花に似合っていると思うから。着けてほしいな」
ちょっと恥ずかしそうに頭をかきながら言う龍樹を見て、断れなくなってしまったことを思い出す。
金額の話ではなくて、そう言った一言や私を大切にしてくれているという振る舞いの全てが愛おしい。
そして愛されてるという実感を強く感じる。
本当に困ってしまうくらい、龍樹が好き。
逢う前からもう、気持ちが最高潮になってしまうくらい、彼のことを考えるだけで好きがあふれそうになる。
17時50分。
もうすぐ龍樹に会える。
++++++++++++++++++++++++++++++++++
「ねぇねぇ、お姉さん美人だね。モデルか何かやってる人?」
駅から出てすぐにあるタクシー乗り場。
その横にあるのが、毎年この時期になるとライトアップされる「恋人たちの木」と呼ばれる待ち合わせスポット。
そこで龍樹が来るのを心待ちにしている私に声をかけてくる男の人が居た。
「今からどこか遊びに行こうよ、お姉さん美人だから何でも奢るよ」
なれなれしく肩に手を伸ばそうとしてきたので、私はその手をさけながら相手をにらみつける。
「大切な彼と待ち合わせしていますから」
わざと”大切な彼”の部分を強調して相手に告げるが、相手はそんなことは気にしていないようだ。
「えー、いいじゃん。絶対俺と一緒の方が楽しいって、後悔させないからさ、ね?いいだろ」
私の手首を強引につかんできたので、それを振り払おうと大きく手を振ったら、鞄が相手の顔に当たってしまったようで、男の顔つきが豹変する。
「ってぇなぁ……ちょっと美人だからってスカしてんじゃねぇぞ!俺にこんなこと、したからにはタダじゃ済ませねぇからな」
先ほどの軽薄な笑みを浮かべていた表情は何処に消えたのかと思うほど、獰猛な目つきへと変貌した男が私に手を伸ばしてくる。
(龍樹!助けて!)
声に出せず心の中で叫ぶ。
恐怖で身体が動かない。
思わず目を閉じてしまう。
「いっいててて……畜生!なにしやがる!」
「僕の大事な
痛みを訴える声と、聞き覚えがあるけれど、私の知っている優しい声とは違う声が聞こえた。
状況を確認したくて、閉じていた目をゆっくりと開くと、そこには男の腕をねじ上げている龍樹の姿があった。
(龍樹……助けてくれたんだ……あれ、そういえば僕の大事な
先ほどの言葉を思い出し、恐怖などすぐに吹き飛んでしまい、心臓がドキドキとしてしまう。
目の前の龍樹の姿が、出会った時のタツキの姿とオーバーラップする。
あの時に龍樹は、こうやって立ち向かうことが出来ずに、私の手を引いて逃げたんだっけ。
当時を思い出して、温かい気持ちになる。
「董花……ごめんね、大丈夫だった?」
いつの間にか男の姿が消えていて、目の前には見慣れた龍樹がちょっと困った顔をして立っていた。
「董花が1人でこんな所に立ってたら、こうなるって予想してなかった、ごめんね。怖かった?」
困った顔になっていた原因はこれかと思った。
私が怖がってしまったこと、そうなるかもしれないと言うことを失念していたこと。
それを龍樹は自分自身で責めてしまっているんだ。
「龍樹があやまることじゃないよ。それにすぐに助けてくれたでしょ。私は嬉しかったよ」
だから私は龍樹に微笑む。
彼が好きだと言ってくれた笑顔で。
「董花、今日も綺麗だね。その服とてもよく似合ってる。なんか目元が大人っぽく見えてドキドキする」
出だしは最悪だったけれど、私はこの言葉だけで十分だった。
心の底からみたされた。
だからね龍樹、そんな申し訳なさそうな顔をしなくて良いの。
私はこんなに幸せな気持ちになっているんだから。