第1話

文字数 2,714文字


病室の中から窓越しに桜の木を見る。
特に見たくて見ているわけではないけど、窓の外のだけが唯一、この真っ白な部屋の彩だったから。まぁ、花は咲いていないのだが。
医者に余命を宣告されてから一年。入院してこの部屋に閉じ込められてから一年。永遠に続くようにも感じられた。いっその事早くその日が来てくれないかと願ってしまうほどには。
一応今日がその日なのだが、宣告されてから丁度一年きっかりで死ぬ、なんて事はそうそうないだろう。しかし、来てしまえば早いような気がするもので、この気が狂いそうなほど白い部屋との別れとも感慨深くなってくる。
病状が急変、なんてドラマチックなことも無く、ただ、少しずつ少しずつ生きずらくなっていく。ちょっとずつ出来ることが減っていくもどかしさ。だんだん見舞いにも人が来なくなっていく孤独感。
ずっと変わらない白。





ずっと変わらない君。





君だけはずっと俺の傍に居てくれた。君が、俺の悲観的な言葉や目に浮かぶ憂いを、自分の事のように悲しそうにするから、申し訳なくて、嬉しくて、愛しいから、俺は一年生きていた。耐えた。独りでこの白に呑み込まれて居なくなるんだと思ってた人生に暖色を塗ってくれた。
本当はこんな事する柄ではない。生まれた時から性格、頭、容姿全て三流な俺だ。自分に自信なんて持てた試しがない。自分が居なくなった後、俺がどうにも出来ないところで人に何かを遺すなんて傲慢なこと、出来るはずがないと思っていた。昨日までは。

でも

どうしても、君だけには。
俺を居なかったことにしないで欲しい。
ただそれだけの理由で傲慢なことをすることを許して欲しい。良いだろ、人生で運なんて使ったことないから沢山あるはずだ。きっと良い方に転ぶと期待してもバチは当たらないだろ。死ぬ間際くらい自分の為に何かしたい。
白い便箋に綴る文字は汚くはないが綺麗でもない。
書き終えた時に俺がやり残したことはもうなかった。










サクラへ

まずは、退院おめでとう。
俺の病室に既に手馴れた様子で松葉杖を操りながら報告に来てくれた時は、めちゃめちゃ嬉しかったよ。凄く楽しみにしてたもんな、学校行けるようになるの。リハビリも頑張ってたし、学生生活楽しめよ。
お前と初めて会った時は、お前もまだ車椅子状態だったな。未だにどうしてそうなるのか分からないけど病室間違えて俺のベットで寝た挙句、起きた瞬間体調崩してゲロるって(笑)。俺あの時マジでお前のこと骨折とか関係なく投げ飛ばしてやろうかと思った。しかも、お前病室隣ならまだしも階がそもそも違うし。仕方ないからお前の体調が良くなるまでは病室入れ替えて生活したんだよな。お前の両親が菓子折持って俺(お前)の部屋に謝りに来た時は一周回って面白くなってきてたけど(笑)。部屋が元通りになってから、お前が罪滅ぼしする犯罪者みたいに毎日毎日俺の部屋に来るからどんどん面白くなって、話すようになって、友達みたいになって、恋人になった。
お前の黒くて長い髪を風が揺らして、病院の中に居すぎて真っ白になった肌に光が差し込む。光の中でお前が「涼しいね」って笑う顔が好きだ。本当にあの日から一日も欠かさずに俺のところに来た義理堅いところとか、部屋を大幅に間違える間抜けなところとか、感情を隠す気が毛頭ないようなコロコロ変わる表情も全部好き。
お前が話す未来の話に俺が当たり前のように居て、嬉しかった。
余命のこと、話さなくて悪かった。もしかしたら今知ったかもしれないな。俺、お前と会った時には余命八ヶ月だったんだ。俺が告白することで、お前の未来の想像に俺が居なくなることが嫌だった。お前の想像の中だけでいいから、今のまま、お前の隣に居座りたかった。重いよな、ごめん。けど、お前がこれから見る光景を、未来を、恨むくらい羨ましい。お前と、これからを歩める人が。
お前が俺に話す未来が本当に起こったらって毎日願った。でも目に見えて分かるほど出来ることが減る俺を、諦めずに励まして、変わらず愛してくれたお前を俺は心から愛してる。だから、俺はお前の幸せを望むよ。誰と出逢って、誰と恋をして、誰と結婚して、誰と子供を作っても、俺はお前を祝福する。それでお前が幸せになれるなら俺はなんでもいい。俺に縛られなくていい。これがお前との約束を何一つ果たせない俺ができる最善のことだから。どうか笑顔を絶やすことがないように。お前みたいに黄色とオレンジが混ざったような暖かい表情、誰にでも出来るわけじゃないからさ。な?

居なくなった後のことなんか俺には分からないけど、お前を愛してる今はずっと変わらないから。俺の時間がここで止まるとしても、お前だけは進め。
俺の知らないお前の未来の話、むこうで聞けることを楽しみにしてる。今までありがとう。愛してる。


オウより











桜咲く季節。私は晴れて退院する。
荷物は少ない。櫛と、さっき来てたパジャマと手紙だけ。目は重たいけど心は軽い。
あなたは知らないかも知れないけど、私とあなたの名前の漢字、どっちも「桜」なんだよ。それが私にとってどれほど嬉しかったか。
あなたの好きな私の笑顔が黄色とオレンジなら、あなたの笑顔はきっと薄ピンク。控えめに、小さな花が開くように、儚く笑うあなたが好き。でもその儚さがすごく危うかった。薄ピンクの桜の花びらが、太陽の光に照らされて白むみたいに、薄ピンクのあなたの笑顔に光が差し込んで、壁の白に溶けて消えてしまいそうだったから。あなたの病室に通う目的が、知らない間に消えてしまわないように見守ることに変わったのはいつからだったかな。もしかしたら薄々勘づいてたのかもしれない。あなたがいつか居なくなること。
あなたと交わした三つの約束。お互いの退院を見届けること、退院した後にデートに行くこと、約束は絶対守ること。
ごめんね、これはあなたを繋ぎ止めるために交わした約束なの。私が私のためにあなたに繋いだ言葉の鎖。
重いのは、お互い様だよ。

あなたは私との約束を破ったから、私もあなたの遺した言葉を破ります。だからといって不幸になるわけではない。あなた以外をもう愛さないだけ。進まないだけ。誰とも恋をしないし結婚しない、もちろん子供も産まない。黒い髪を揺らして、白い肌のままで、あなたの元へ逝った時にちゃんと気付いてもらえるように。
土産話を沢山持って行けるように、笑って生きていきますね。
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