第19話 返

文字数 1,810文字

 ケイト・デライト、旧姓ホワイトは男運がなかった。
といっても付き合う男たちがろくでなしばかりというわけではない。
彼女はいつだって好意を抱いた男が関わることによっていつもひどい目にあっている。
彼女はもう二度、死にかけている。

 あれは彼女が銀行に勤めていたとき。
いつものように仕事をこなしていると客の男がカウンターに小切手を差し出した。
男の立ち居振る舞いは礼儀正しく紳士だ。
不景気のせいか最近は横柄な態度のものも多い。
好感を覚えたケイトは小切手の名前を見て男に話しかけた。
「Wのホワイトなんて珍しいですね。私もWです。お名前も父と同じですね」
男の顔色が変わった。目をむき出して凶暴な顔つきになるとケイトに拳銃を突きつける。
「畜生! ばれたのか」
拳銃が火を噴く。ケイトは後ろに倒れしたたかに頭を打った。
目の前が真っ赤になる。打たれた腕の傷と頭ががんがんと痛んだ。
すぐに警備員が駆けつけ男が取り押さえらるのをケイトは下から見上げていた。
幸いにも腕の怪我だけで済んだケイトは病院のベッドの上で刑事から事情を聞いた。
小切手は偽造されたものだった。男は偽造犯だったのだ。
男は小切手の主の名前を電話帳から探したという。
そして、ほんのいたずら心から少し変わった名前であるケイトの父を選んだ。
さらに偶然にも娘のケイトの勤める銀行へやってきたのだ。
ケイトが娘であると聞いてばれたと焦った男は発砲したという。

 他にも学生時代にはこんなことがあった。
ケイトは免許を取るとよく車で出かけていた。
その日は天気がよく気持ちのよい風が吹いていた。
車は少し調子がおかしいので整備に出し昨日帰ってきたばかりである。
車を運んできた整備士は好青年で料金も思ったよりずっと安かった。
ケイトがお気に入りの海岸沿いの道を走らせていると急にハンドルがおかしくなった。
目の前に対向車が見えたと思った次の瞬間ケイトは激しい衝撃を感じた。
ケイトが目覚めたのは病院だった。
刑事がやってきて車の整備に手抜きがあったことを説明した。
相手のドライバーを心配するケイトに刑事は複雑な表情を浮かべる。
間抜けなことに相手はあの整備士だった。
ケイトは入院を余儀なくされたが男の怪我はたいしたことがなく打ち身だけですんでいる。
刑事のあの表情は笑いをこらえていたのかもしれない。
これが他人の話ならケイトも笑っていただろう。

 彼女は二度死にかけた。金輪際男と関わるものか。
ケイトは強い決意を固めたがその決意を変える男が現れた。
今の夫リチャード・デライトである。ケイトは夫を愛していた。
二人は眺めのいいマンションに住んでいる。だがケイトは幸せではなかった。
毎日のように無言電話や気味の悪い手紙が届いている。
ケイトは夫に相談したがまともに取り合ってもらえなかった。
それというのも電話は夫がいるときにかかってくることは絶対に無く
手紙はいつの間にか消えてしまうからだ。
ときには動物の死骸がケイトのベッドの上や化粧台の中
さらには服のポケットに入れられていることさえあるのだ。
しかしそれさえもいつの間にか消えてしまっている。
本当に自分はリチャードが言うようにおかしくなってしまっているのだろうか。
いいや誰かが必ず嫌がらせをしている。
ケイトは神経をすり減らしながら日々を過ごしていた。
最初は心配してくれていたリチャードも段々と苛苛するようになってきている。
朝出かける前の喧嘩があたりまえになりはじめた。

 その日はいつものように、けれどいつもより激しい言い争いは
リチャードが出て行くことで終わった。
ケイトはすっかりまいっていた。
このままでは自分は病院に入れられるだろう。
電話が鳴った。きっとまたいつもの電話だろう。
ケイトは発作的に飛び降りた。

 ケイトが目覚めたのはまたしても病院だった。
少し体が痛いだけで特に怪我はなかった。
当惑するケイトの元へまたいつものように刑事がやってきた。
「奥さん。大変残念ですが旦那さんが亡くなりました。あなたの下になったのです」
ケイトは言葉を失った。代わりに涙があふれてきた。
「これは旦那さんの持ち物です」
刑事は携帯電話の履歴を見せる。
「あなたへこんなに電話をかけている。そして脅迫のような文面の手紙も持っていた。
何か心当たりはありませんか」

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