第1話

文字数 1,995文字

雅子が雅男と出会ったのはチェーン店の弁当屋だった。16歳から18歳までの青春を雅男と過ごした。
名前が似ていることから度々、友達やバイト先の先輩からからかわれたが雅子は嫌な気持ちはしなかった。むしろ、少女がみなそう考えるように二人の出会いは運命なのだと思っていた。
若いカップルが往々にしてそうするように、二人は将来結婚すると周りに宣言していたし、ことのほか雅子の母親には賛成されていた。
雅子の母は女手ひとつで朝から晩までラブホテルの清掃をしながら雅子を育てていた。
受付で利用客に渡す割引券を娘にあげていたほどだ。
雅子は雅男と何度か割引券を利用した。
母の苦労をみて育った雅子だったので、卒業したら早く家庭を持って母親を安心させたいと思っていた。

そんなふたりに高校卒業間近、突然別れがくる。
理由は雅男の浮気であった。
相手はバイト先の弁当屋の後輩だった。その後輩は他人の男にちょっかいを出す女で雅子の周りも被害を受けていた。
雅男はそんな女なぞ相手にしないから大丈夫と雅子はタカをくくっていた。
雅男はこういった。
「俺はあいつとしばらく遊ぶつもりだ。でも俺達の絆は変わらない。お前にまた必ず戻ってくる。お前と別れる気はない。いつか結婚しよう。信じて欲しい。」
雅男の説得は続いたが、雅子は当然だが受け入れなかった。
二人は完全に別れた。
その後、雅男は浮気相手ともすぐ別れた。雅男はあっけなく捨てられたのだ。
相手の女は略奪するまでが楽しくて、そのあとは男にすぐ飽きるらしかった。
雅子と雅男は高校卒業前に別れてそれきり会ってなかった。

あれから40年が経った。



今日は雅子の孫の誕生日だ。
雅子は通い慣れたショッピングモールのおもちゃ屋にいた。
孫は少々わがままに育てたかもしれない。
その証拠に、ねだられた仮面ライダーベルトの他に戦隊モノのおもちゃもカゴに入れている。我ながら甘いなと雅子は思う。子育て中はあまりお金がなかった。母親の苦労をみていたので少々の苦労は苦労ではなかった。高校を卒業して就職した会社で事務をしていたときに工員である夫と出会った。
夫婦で共働きをしてどうにか子供を育てた。子供にも多少の不自由をさせてしまった。いま選んでいるおもちゃは孫の笑顔みたさ以上に、自分の娘へのつぐないを兼ねたプレゼントでもあった。
会計を済ませた雅子はショッピングモール内にあるエスカレーター下に店を構えるアイス屋に立ち寄った。
事前に頼んでいたアイスケーキを受け取るためだ。
雅子が店を出ようとした時、視界の端に入った人物になぜか目がいった。その人は常設されているクッションシートに深く座り新聞を読んでいるどこにでもいる中年、いや初老の男性だった。くたびれたスーツに古ぼけたスポーツシューズ、メガネはセロハンテープで耳の辺りを補強してある。髭は数日は剃られていない無精髭。熱心に新聞を読んでいるようで何も視界に入ってないようなあやしさをまとっていた。たまに雅子はショッピングモールのイスや街角でそんな老人をみたことがあったが普段は気にしたことはない。というより、努めてあまり他人の人生を想像したり深く考えないようにしていた。考え始めたら深く落ち込んでしまう性格であったからだ。

いつものように最初は雅子も視線をすぐ外すはずだった。ただ何か引っかかることがあるのか視線を外すことができない。普段から雅子は、めんどくさいことに巻き込まれるのは真っ平ごめんというふうに他人とは一定の距離をとっていたし、あやしい人物にはことさら慎重であった。
なのにその男から視線を外そうとしなかった。
そして男にかつての面影をみつけた。
「…雅男…よね?」
しっかりした顎のライン、分厚い唇、メガネ越しでもわかる切れ長の目。
歳はとっているがあれは間違いなく雅男だと雅子は確信した。
何十年も会っていないのに、かつての男のことをはっきり覚えていた自分に驚いていた。そして自分から去った目の前の男がいま幸せとは到底思えなかった。
何故だか胸がキュッとする。
雅子がじっとみていてもこちらを見ようともしない男。
誰かに不躾にみられてるのに慣れているのか、単純に気づいてないのかは雅子にはわからなかった。

男との距離は3メートル。
気づいて欲しいような気もあるがこっちをみてほしくない気もある。
見たところで歳をとった自分をわかるわけもないだろうという安堵する気持ちと
いやすぐバレるかもしれないという不安、歳をとった自分が恥ずかしいから見られたくない。
見た目は立派な初老のおばさんだが中身は若い時となんら変わらないギャップにはいつになっても慣れない。我ながら困ったもんだと思う。
色んな感情が湧き上がる。
再会したところで何も変わらない。
楽しく昔話なんてできる仲じゃない。

でも…。

アイスケーキの保冷剤は何分持つんだっけ…ぼんやり頭によぎったが、
雅子はその場をずっと動けないでいた。
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