二十四時五十分のメッセージ

文字数 962文字

最終電車は、忙しい一日を終えた疲労感を詰め込んだ空気に満たされている。
「今日もこんなに頑張ったんだ、ゆっくりさせてくれよ」 
同情してもらいたいのに、みんな同じ境遇のなか、「お疲れ様」と声を掛けられることはない。
どのくらいのお酒を飲めば、吐き出す息からアルコールの臭いがし始めるのだろうか。週の後半になるにつれ、車内は、居酒屋が移ってきたかのようになってくる。
そう思ってしまうのは、僕がお酒を飲まないから、というわけではないだろう。
駅に着いてから、歩いて二十五分。そこに僕の職場がある。バスはもう終わっている。雨が降っていなければ、静かで快適な散歩だ。
セキュリティドアを三つ通ると、そこに監視室がある。壁一面にディスプレイが並んでいる。そこに管理しているサーバーの稼働状況が映し出されている。
部屋の隅にある小さなドアの向こう側には、千を超えるサーバーが入ったラックが並べられている。
サーバールームは、あちこちに設置された空調で温度がコントロールされているが、ある場所の温度が閾値を超えて上がってしまうことがある。サーバーが熱を帯びて、壊れてしまうこともあるし、酷ければ火災に繋がってしまうこともある。異常があれば、誰かが現場に向かって、確認しなくてはいけない。
メールやチャット、SNSの投稿、ネットショップの注文情報、膨大な金融データなどが、照明を抑えたこの部屋の中でやり取りされている。ここの機械たちは眠らない。
ネットワークの監視の仕事と言うと、さぞ暇だろうと思われてしまうのだが、こちらの都合などお構いなし。遠慮なく色んなことが起きる。短時間の遅れや障害も、それだけで日本中の不快指数を上げてしまう。
職場に着くと、引き継ぎ書に目を通して、モニターを一通りチェックする。サーバー室をひと回りしてくると、既に小一時間が経っている。
「東日本、異常ありません。高木哲夫」
二十四時五十分。僕はメールを送る。業務マニュアルには書いてないけど、僕はいつも同じ時間にこの業務メールを送る。
「西日本も異常ありません。沢田智子」
まだ会ったことのない沢田智子さんは、数秒以内にメールを返してくれる。
メールのログが残るから、お互いそれ以上のメッセージは書かない。でも、僕はこれで随分元気づけられている。いつか会えるかな。
僕の一日が始まった。
(了)
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